第1話 C級からスキルからのスタートライン
この世界では、強さは生まれつき決まるものではない。
少なくとも、そう信じられている。
剣と魔法が支配する大陸〈エルディア〉。
人々は皆、冒険者として覚醒する際に「スキル」を授かる。
スキルは神からの祝福であり、戦うための“術式”だ。
だが、スキルには明確な格付けが存在する。
最下位のC級。
そこからB級、A級、S級、そして伝説とされるSS級の5段階。
C級スキルは、誰もが最初に覚える基礎中の基礎。
《殴る》《守る》《ファイヤー》といった、
技とも呼べない単純な力だ。
多くの者は、ここで足踏みする。
才能がなければ、ランクは上がらない。
だからこの世界では、最初に覚えたスキルが、その人間の未来を決めるとまで言われている。
そんな世界で。
俺たちは、全員がC級から始まった。
勇者アレス。
ファスト王国が選んだ勇者候補で、真っ直ぐな剣士。
彼が最初に覚えたスキルは、C級 《返し斬り》。
攻撃を受け止め、即座に切り返すだけの、地味な技だ。
「C級か……」
そう言いながらも、アレスは不満そうな顔をしなかった。
むしろ剣を握る手は、楽しそうにすら見えた。
「いいじゃないか。ここからだ」
魔法使いリナが覚えたのは、C級 《ファイヤー》。
小さな火球を飛ばすだけの魔法。
僧侶カインは、C級 《守る》。
自分か仲間一人を、薄い光の膜で覆う防御スキル。
そして俺、モブオ。
覚えたのは、C級《殴る》。
……名前通り、殴るだけのスキルだった。
派手さはない。
英雄譚に出てくるような力とは、ほど遠い。
だが、その時の俺たちは――
「全員C級なら、条件は同じだろ?」
そう言って笑うアレスの言葉を、疑いもしなかった。
最初の任務は、王都郊外に出没するスライムの討伐。
初心者向けの依頼だ。
ぷるぷると揺れる半透明の魔物を前に、
アレスが前に出る。
「俺が引きつける。モブオ、横から頼む」
「了解」
俺は回り込み、《殴る》を叩き込む。
スライムの体が歪んだ。
「今です」
カインが《守る》を展開し、リナの前に立つ。
「いっけぇ!」
リナの《ファイヤー》が炸裂し、
スライムは蒸発するように消えた。
C級――殴る。
C級――守る。
C級――ファイヤー。
C級――返し斬り。
C級スキルだけの、拙い連携。
それでも、確かに勝利だった。
夜。
草原で焚き火を囲み、簡単な食事を取る。
炎の向こうで、アレスが剣を見つめながら言う。
「なあ、みんな」
「俺たちは今、まだC級だ。弱い」
一瞬、沈黙が落ちる。
だがアレスは、顔を上げて笑った。
「でもさ。強さはこれからだ」
「俺たち、きっと最強になれる」
リナが笑い、
カインが静かにうなずく。
俺も、その言葉を疑わなかった。
同じC級から始まり、
同じ夢を見て、
同じ未来へ進んでいく。
この時はまだ。
この世界が、
「同じスタートライン」など用意していないことを、
俺たちは知らなかった。
ファスト王国を旅立つ四人の背に、
朝日が差し込んでいた。
ただ夢と希望だけが、そこにはあった。




