三法とコノハズク
「ハハハ! そいつは難儀なこって!」
「まるで労いを感じられんセリフどーも」
放課後、剣道場で今朝のことを話すと、悠人が口を開けて可笑しそうに笑う。いつものことなので笑い声を聞き流しつつ、さっさと袴を脱ぐ。
4月になり、深水先輩や藤堂部長は3年生になった。俺たちも2年生になり、新しく後輩を迎え、自分たちが指導役に回ることも増えてきた。尤も、中学でも同じ流れは経験しているから、新鮮味は然程なのだが。
「お前のところはどうなんだ?」
「別に、そこまで運動会に熱入れてる奴はいないかな……まあ竹中のテンションがちょっとおかしいってのもあるんだろうが、そもそも運動ができる奴があんまりいないしな」
「1年の頃は多少なり張り切りはしたが、2年にもなるとなぁ……」
そもそも運動ができれば運動会が好き、できなければ嫌いという一方的な思い込みもどうかと思う。まあ運動会というのが連帯や協力を重視するとか言いながら、「運動が得意な人間が輝ける日」という扱いを受けているせいなのだろう。
「でも1年生たちはそこそこ運動会楽しみにしてるしな」
「元気だよなぁ、1年……」
「いや1つしか違わないのにその反応はどうなんだ?」
今年は結局初動で6人の新入部員を確保した。とはいえ既に体験入部他多少の振い落としは終わっているので、この6人は今後も部に残ってくれる可能性が高い。そう考えると、6人いれば一応ちゃんと代が保てるだろう。
そして先ほど言ったように、俺たちも新入部員を教える側に回っている。自然6人いる新入部員の中でも、関わりの濃い人間と薄い人間は分かれてくるわけで。
「先輩、本日もご指導のほど、誠にありがとうございました」
「なぁ、堀部。いつも思うんだが、いくら俺や欽二が先輩だからって、口調硬すぎやしないか? うちの部活、そんなスパルタ式でも上下関係厳格でも無いぞ?」
まあ先輩方はオンオフ激しすぎて、活動中は近寄りがたいが、活動が終わるとタメ口きいても許されそうなくらい緩くなってしまうので、そういう意味では上下関係が時と場合でガタガタな部活でもあるのだが。
そんなことを思いつつ、俺は半笑いの顔でこちらを見てくる悠人と、おかっぱ頭にキリリとした顔の後輩、堀部千代を見ながら、何とこの堅物後輩に声をかけたものかと頭を巡らせていた。
「いえ、先輩にはしっかり敬意を払い接するよう、母上から教えられましたので」
「うん、別にね堀部さん。貴方の御母堂様がおっしゃったことは正しいことだし、練習中は特段それを否定することも無いんだけれどもさ。うちって寧ろ練習外だとその辺り崩壊するのがデフォなんで」
母上なんて堀部が言うものだから、つい御母堂様なんて敬称を使ってしまったが、ともあれ堀部はどこの名家か士族の生まれなのか、俺たちに対する態度が硬すぎて岩である。
すると丁度そこにオフ状態の深水先輩が通りかかったので、声をかけて堀部への説明材料になってもらおうと手招きする。
「深水先輩、ちょっとこちらへ」
「ほいほい、なんでっしゃろ?」
「あ〜、ちょっと堀部さんが常時肩肘張りすぎな気がするので、緩めるのを手伝っていただこうかと」
「いえ、別に肩肘を張ってなどおりませんが……」
「ふ〜む? 自己申告通り肩肘なんて張ってないしいいんじゃないか?」
そう言われても、これほどガチガチに堅苦しく接されてしまうと、こちらの方が困惑する。いや困惑しているのは俺だけか。悠人は寧ろ「この堅物後輩をうちの部活に染めて、タメ口でダラダラした後輩になったら面白いだろうなぁ」とか思っていそうである。その薄く笑った顔が物語っている。
「肩肘張るって、つまり意気込んでいる状態だけど、堀部ちゃんこれが自然体っぽいしねぇ……」
「いや、正直こっちがやりづらいんですけれど……」
「もし先輩方が私の態度にご不満でございましたら、勿論改める努力はさせていただきますが……」
「あ〜、いいのいいの。真の自由ってのは、緩くても硬くても関係ないない。大事なのはそれを人に押し付けないことさね。堀部ちゃんの好きにすればいいさ」
そう朗らかに気の抜けた表情で語る深水先輩。そう言われると、確かに「気を張らなくていい」というのを押し付けるのもよくないのかもしれない。それはそれでレアな状況ではあると思うが。
とはいえ、そういう態度を取られるとどうしてもこちら側がかしこまってしまう。真っ当な敬語にタメ口で返すとかどうなの? という話である。尤も、後輩相手だからって妙な区分分けをしなきゃいい話なのだが、それにしてもやりづらいことに変わりはない。
「まあどうにもやりづらいって気持ちも分かるけどさ、つまり向こうに畏まられているのに、こっちの態度がぞんざいだと立場の差を加味しても等価交換にならないって話でしょ? でも別に世間様の為替レートに無理に合わせる必要なくない? 価値判断基準は人それぞれなんだしさ、堀部ちゃんも君たちがタメ口で返して怒るわけじゃないんだし」
まあ世間様の価値基準に合わせる場所である学校で言うセリフじゃないけどね。そう言いながら、深水先輩はフラフラと向こうへ行ってしまった。
「……礼に始まり礼に終わるって、剣道の言葉だったよな?」
「ええ、その通りです。良き言葉だと思います」
「まあ、つまりTPOを弁えて、それこそ必要ない場面で肩肘張って無理に楽にしなくていいってことじゃねぇの?」
どうにもそこまで真面目人間ではない俺には、肩肘張って楽にするというのがよく分からない。だが、人にしたことに自分が見返りを求めるから、人にされると見返りが返せないと恐れるのかもしれない。堀部とは出会って1ヶ月と経たないし。
「でも深水先輩レベルに達観するのは厳しいぞ……」
「あの人、漫画やアニメでよくある『構えのない構え』とか平気でやりそうだしな」
「僭越ながら、あの様な創作物の構えをするくらいなら、脇構えをした方が遥かに良いと思われます。特にそうした創作物では、実戦であることが多いですので」
「マジレス補足ありがとさん。まあ俺たちは申し訳ないけど堅苦しいのは苦手だから、普通に喋らせてもらうよ」
「いえ、私にお断りなさらなくとも差し支えはございませんので……」
そんな堀部と悠人の掛け合いを見ていると、ふと絵梨奈のことが思い浮かんだ。このあいだのことを思い出し、愛情は気持ちだと分かっていてもつい量や質を追い求めてしまうのは人間の性なのだろうかと、少し自嘲気味になった。
堀部にちょっかいをかける悠人を横目に、礼儀とか道徳ってのは難しいんだなぁと思いながら、俺は剣道用具入れをひっ担いだ。ズシリとくる重さは、人生を生きる重みの様であった。
すみません、ちょっとリアルが切羽詰まっていまして、書くのが追いついてません……
(この話も寝る直前の1時間弱での突貫作です)
申し訳ありませんが、明日はちょっとお休みさせていただくやもしれません……
追記(2020/10/25):お待たせしてしまっております、申し訳ございません。リアルが忙しいのに小説書きに精を出しすぎた結果、普通に体調を崩して寝込んでおりました……(巷で話題の例の病気ではございませんのでご安心を)しかも結果としてリアルの仕事が溜まりに溜まって小説書きの時間が取れておりません。できるだけ早く続きをあげたいと思っておりますので、今しばらくお待ちくださいませ……




