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球と鎖


「……なぁ、どうしてこうなったの?」

「アハハ……ゴメン、ウチにもあの純真無垢で悪気ゼロの彼を説得するのは、中々骨が折れて……」


 運動会まで後2週間ほど、竹中と組んだマナは、どうにも空回りしがちな竹中の手綱をどうにか握り、委員としての業務を果たしていた。しかし騎馬戦やムカデ競走などの競技のチーム分けをする際には、流石のマナも竹中への言いくるめに失敗していた。


「よくよく考えてみれば、ウチ全然運動せぇへんし、ガチ運動部の竹中相手に自分の意見を押し通すのはキツかったわ……」


 うちの学校のムカデは、男女混合で少人数制のリレー形式だ。しかしムカデという奴は背丈や体格が違いすぎると厳しいので、背格好が同じくらいの人間で纏まることになる。

 そして困ったことに、俺と絵梨華は背丈がほぼ同じである。勿論体格的には俺の方が男女差もあって大きいのだが、とにかくうちのクラスが勝つことしか考えていない竹中は、体格が同じくらいだからと、平気で俺と絵梨華を同じチームに放り込んでしまった。他にも仲不仲や男女比をまるで考えず、結果としてトンデモない編成が出来上がってしまったのだという。


 余りに勝利以外の要素を無視しまくったチーム分けに、流石のマナが待ったをかけたのだが、竹中はこれが戦略的に最も正しいだろうと主張。男女配分の歪さ是正や、多少の身長差を大目に見てもらうことで、どうにか人間関係を含めた諸々に配慮した編成にしたらしいのだが……


「で、その結果俺とマナが一緒のチームになったと……」

「元カノさんほどじゃないけど、ウチもトッキーと数センチしか身長変わらんしねぇ……」


 俺はめでたくマナと一緒のチームに分けられてしまった。因みに残りのメンバーは智と、もう1人薄い髪色に丸メガネをかけた大人しそうな女子である。

 月曜日の朝、やる気十二分の竹中が朝練をすると言い出し、こうして俺たちは強制招集をかけられて校庭に集まっている。というよりバスケ部もこの時間朝練のはずなのだが、バスケ部のエース様はそれで大丈夫なのだろうか。他人事ながら心配である。


「諸君! よく集まってくれた! さあ練習を始めよう! まずはムカデからだ! 目指せ優勝ぉ!」


 俺たちの目の前で近所迷惑レベルの大声を張り上げる竹中。しかしそのテンションについていける人間は中々いない。竹中がどうした! 聞こえないぞぉ! と声を張り上げるも、それに押される形で反比例して他の人間の声量は下がっていく。

 別に張り切るのは構わないし、俺もクラス対抗という形式上、流石に頑張っている人間の足を引っ張るのは忍びないと思うから、練習に付き合うのはやぶさかではない。だがこのハイテンションに人を付き合わせるのは勘弁してほしい。


 しかも8時半始業で6時半集合とかいう異常な早さの為、クラスの半分以上が欠席である。サボり以前に物理的に来られない人間がそこそこいた。

 なお俺は朝5時起きで一応来てはみたが、俺より家が近いはずの絵梨華の姿は見えない。俺も正直サボりこそせずとも途中参加くらいにはしたかったのだが、曲がりなりにも運動会委員の相方がいないのは問題があるので、渋々やって来ている。


「……というか、竹中の自宅はどこなんだ?」

「くはぁぁぁ……確か学校から徒歩10分くらいだったかなぁ……いつもダッシュで来てるから3分くらいらしいけど」

「運動会委員が、かたや通学時間片道3分で、かたや片道1分足らずか……」

「一応言っとくけど、ウチは反対したからね?」


 とにかく眠そうにしながら智が大きな欠伸をし、恨めしそうな声でボヤく。それを聞きつけてマナが非常に不服そうな顔をしつつ返す。何しろ新学期2日目から寝坊寸前だったことから分かるように、本来マナも朝方人間ではないのだ。

 準備体操を竹中含め数人が機敏に、残りはノロノロと開始する。そしてとりあえず揃っているメンバーで練習である。


「で、順番はどうするんだこれ」

「とりあえずこの中で1番背の高い欽二が1番前は確定として……ひょっとして1番背が低いのは僕か」


 そしてサッと智が並べ替えを行なった結果……


「……こうなると」


 俺、マナ、長谷川—もう1人の女子の名前である—、そして智という順番に。単純な背の順なので何も言えない。マナと智の3人ならともかく、他の人間がいるところで下手にマナを避けるのもこれまたよろしくないからである。学校で俺は一応フリー、ないし絵梨華と未だに関係がある人間なのだから。

 マナもその件に関しては何も言及せず、ひょいひょい俺たちの足を紐で結わえていく。物理的に固定されるというのは何とも気持ち悪い。


「なんか、足を縛られると囚人みたいやな。足に何か巻かれること普通ないし」

「テーピングや包帯はあるかもしれんけどな……後、巨大鉄球を鎖でジャラジャラ繋がれてるのはもう今の囚人相手にはやらないからな? アメリカにも奴隷はもうおらんぞ」

「a ball and chain……いやなんでもない、忘れて」


 智が何を言っているのかは不明だが、竹中が急かしてくるのでとりあえずスタート地点に向かう。なお190近い竹中は、同じくガタイの良い人間たちと組んでいたので、非常に威圧感をもたらすチームになっていた。

 当然こういうのに慣れていない—足を数珠繋ぎに縛られるのに慣れている相手とか想像しなくてもヤバそうだが—人間が、足を縛られた状態で前の人間に掴まれずに歩けるはずもなく、マナも俺の肩に手を乗せてくる。智が掛け声をかけて、よろよろしながらもムカデが進む。どうにも色々と格好がつかない。


「むぅ……これ、意外と、おっと、ムズイなぁ……」

「いや、これ4人でこのザマとか、大ムカデってどうやって走ってるんだ?」


 俺は不思議で仕方がない。マナが後ろにいるので何か言われやしないかとか、これは不可抗力だからとか思っていたが、いざ歩いてみると歩く方に神経が行ってそういうくだらないことを考えていられない。


「よし揃ったな! 人数は少ないが、今から予行練習をする! いないチームの順番は抜かして本番通りに走るんだ!」

「……最初は歩くことに慣れてからにしようやって、ウチ言ったんやけどなぁ……」

「なまじできる人間の基準でやられると困るんだが……」

「とにかく僕たちは後ろの方だし、足踏みで歩く練習をしながら待とうか」


 何故こうも竹中は前のめりすぎるのか、勝手に1人で前転していてほしい。後ろからため息つきつきマナが肩を落とす。そのため息が首をかすめてくすぐったい。智の声かけもあって歩くテンポを合わせる練習でその場で足踏みをする。


「1、2、1、2……」


 とりあえずタイミングさえ合わせてしまえば格好が付くだろうと、智の声に合わせて足並みを文字通り揃える。しかし1番前の俺の眼の前では、先に走っているチームがあちこちでこけまくっているのがよく見える。因みに竹中のチームはよろけこそしたものの、一度もコケることなく走りきっていた。


「しょ、正直、これ合わせるだけで結構疲れるんやけど……」

「いやそりゃそうだろうなぁ……俺はまだ多少は運動してるからマシだけど……」

「1、2……いや、ゴメン、声出すの辛くなってきた。ちょっと休憩しない?」

「それはいいが……あー、すまん智。適当にしか流れ見てなかった俺も悪いんだが、そろそろ俺等が走る番だわ」

「……せめて歩かない?」

「走るフリはしないと、竹中が絶対五月蝿いから走るフリだけ……」


 とまあ、身も蓋もない会話を密かにしながらも、とりあえず前のチームからバトンタッチして、掠れた掛け声の元えっちらおっちら走る。

 が、まあ歩くのと走るのとではやはり雲泥の差があり、速攻で蹴っつまづく。


「おおっふ!?」

「うわっ!」


 当然先頭の俺が蹴っつまづいたので、後続も引っ張られて将棋倒し様になる。勿論俺が1番下になり、砂の上に押しつぶされる。俺の背中に感じるマナの体重。ウェーブしたマナの髪の毛がかかってくるが、普通に視界を遮って邪魔である。


「グエッ!?」

「あぁ、ゴメン! 重くない?」

「いや、重い重くないはともかく、起き上がれないから誰か頼む……」

「ちょい待ち、もう紐解いちゃうから……よっこいしょういちぃ……」


 俺の背中にマナが手をつき、俺の体の上からどいて足の紐を解く。長谷川ともつれ合って倒れている智も、足の紐を解いているようだ。どうにか俺たちが起き上がって一息つくと、竹中が向こうから駆け寄ってくるのが見えた。


「おぉ、大丈夫か? 林はもっと声出さないとダメじゃないか! それに解いたらその瞬間失格で負けだぞ!」


 そのセリフにマナがピタリと動きを止める。俺がマナの方を振り向くと、スッと感情の抜けた笑顔をしているマナがそこにいた。ゆっくりと立ち上がったマナは、一瞬で竹中の方に距離を詰めると、ガッシと竹中の手首を掴み、


「おお?」

「ちょっと……お話しよか?」

「おお、おお! ちょっと待て瀬川! そんなに引っ張るな!」


 そう冷え切った笑顔のままで言うと、身長差頭1つ分近くを物ともせずズリズリと竹中を引きずって校庭の隅へ歩いていく。


「あぁ〜……マナをキレさせたかぁ……」

「なんだい? 彼女、そんなに怒らせると怖いの?」

「こう、淡々とした口調で諭されることへの怖さ、分かるか?」

「あぁ、うん、理解したよ」


 マナは竹中に切々と語っているようだが、竹中のこちらにも聞こえてくるデカい声の返事からして、よく理解していないようである。智とその様子を遠巻きに見守っていると、そこに近寄っていく第三者の影。


「……アレ? 安藤じゃね、あれ」


 ズンズンと近寄っていくのは、いつから練習に紛れ込んでいたのか不明だが、金髪をたなびかせた安藤の姿だ。安藤はマナと竹中に近寄っていくと、何やら竹中と話をする。すると、何やら竹中が猛ダッシュで戻ってきて、


「すまんみんな! 今怒られたんだが、少し俺の基準でやりすぎたようだ! 申し訳ない!」


 と、突然のストレート謝罪。こちらが唖然としている間に、ムカデで歩く練習から始めようと、マナの言っていた通りの練習を始めようとする。コケてへばってへたり込んでいた周囲の人間も、まあ無理に走らされないのならとそれを受け入れ、ゆっくり歩く練習を始めた。


「はぁ〜、いやあの子スゴいわ。いとも簡単にと竹中君を説得しちゃったし、竹中君もそれをあっさり受け入れたし」

「お疲れ……? まあ無茶な練習をさせられないならいいだろ」


 竹中に付き合うこともなくのんびり帰ってきたマナの関心しきりな声に、適当な答えを返しながら俺は同じくこちらに帰ってきた安藤を見つめていた。安藤は竹中の方を不機嫌さの混じった呆れた顔をして見ていたが、その顔にはどこか得意げな笑みが浮かび、そのキツめの視線には柔らかいものが混じってるような気がした。


 その後の練習は、多少ダレながらも怪我人もおらずつつがなく終わり、俺は智と共に教室へ向かっていた。すると智が小声で話しかけてくる。


「いや、ゴメンよ。本当は僕が後ろにつければ良かったんだろうけど」

「まあしょうがないだろ。それに、正直歩くのに必死でそんなの考えてもいられなかったからな」

「ふむ……ま、金子がどう思うかは知らないけど、下手なことしなきゃ大丈夫だろうとは思うよ。何しろ男女混合チームは多いから、他と比べて何もなさそうなら変な噂は立たないさ」

「そうだといいけどねぇ……」


 どちらかと言うと、俺は運動会で負けた時に、竹中が何をしでかすかが今から心配でならなかった。俺はこの先当分晴れという天気予報を思い出し、雨乞いでもしようかと思った。でも竹中なら天気相手にも喧嘩を売りそうで、やっぱりやめておこうかと思った。空には羊雲が行儀よく並んでいた。


このところ死ぬほど忙しくて、執筆に時間が全然割けていません……

眠くて仕方ないので多少の誤字脱字とかはご容赦をば……表現の推敲もまともにできてないんですよね……

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