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好意と合意


「いや欽二……それはよくないよ、うん。どう考えてもそれデートだし」

「やっぱダメか? でも俺以外にマナを案内できる人間はいなかったしなぁ……俺もマナも小学校の時の同級生とはほぼ没交渉だし、まさか母親連れ回す訳には……」

「そもそも君、瀬川さんの存在は彼女に伝えてるのかい?」

「勿論伝えてるし、案内をすることも話したけど」


 そう俺が何気無しに口にすると、智はもうそれはオーバーリアクションの極みで肩を竦めて頭を振り、俺をそれはもう呆れ返った目で見ながら、訳の分からない言葉を口にした。


「今なんて言った?」

「全くおめでたい話だね、我が友には悪魔が憑依しているらしい」

「俺そこまでか? そこまでのことをしたか?」

「欽二、考えても見たまえよ。僕や悠人はこの間存在を知ったばかりだけど、君と彼女はまだ1ヶ月も経ってないんだろう? それでその行動は、控え目に言って結構鬼畜な所業ってやつだと思うよ? というよりよくそれで向こうも納得したねぇ……」


 言われてみれば、俺はこの間絵梨奈に対して独占欲染みたものを抱いた後で、よくそんなことができたなと今になって思った。遅すぎる、下手に童心に返り過ぎたらしい。


「確かに言われてみれば焦りがみるみる生じてくるな。これは不味ったぞ、今度の週末に急遽約束でも取り付けて謝らなければ……」

「やれやれ、恋人が同じ学校でも気苦労は絶えないけど、違う学校だとより多そうだね。というより前の相手の影響かな?」

「まぁ……それもあるだろうなぁ……余り絵梨華にばかり責任を押し付けるのもどうかと思うが、クラスの女子と話すのにも制約つきだったからな」


 その通りだろうと頷きつつ、俺は心中ため息ばかりであった。絵梨華は学校ではキャラを保って、俺に接触してくる機会自体は付き合っていた頃から少なかった。だが外ではいちいちクラスの誰それと親しげだったと後からとにかく煩かったので、俺は中学時代、クラスで女子と殆ど話せていない。グループワークですら最低限の話しかけに留めないと、その後機嫌を取るのがとても大変だった。

 なのでもし絵梨華と付き合っていたままなら、マナのこともガン無視せざるを得ない状況だっただろう。下手に縛りがキツかったぶん、絵梨奈に対して独占欲を抱くのを忌避しておきながら、一方でその反動で幼馴染に平気で話しかけて2人で街を歩くとか、矛盾していないようで大いに矛盾である。何故ならその独占欲の忌避は相手への信頼で成り立っているのに、俺がしているのは裏切り行為に等しいからだ。

 

 双方気を遣い過ぎるのはよろしくないと、集合時間の件で話したばかりでこれである。そりゃ気を遣い過ぎるのはよろしくないが、俺は気を遣わなさ過ぎるというか無遠慮かつ失礼に過ぎる。


「今すぐメール送って、今度の土曜にどこか行って謝ってくるわ」

「そうしなよ、取り繕いは早くした方が被害が少なくて済む」


 さかさか急いでメールを打つ俺に、智は机に左手で頬杖をつきつつ、右手で全力ペン回しをしながら答える。ペン回しをやめないまま、智は更に俺にこう問いかける。


「ところで、どうせなら瀬川さんにも彼女の存在をお知らせしてもいいんじゃない?」

「マナに? まあ、マナならあちこち言いふらすことはないって言えるだろうけど……」

「第一、君が最初から話しておけば、向こうもそういう誘い方はしなかっただろうしね。君まだ金子にフラれた話しかしてないだろう?」


 言われてみればそうかもしれない。マナは絵梨奈の存在を知らないから、俺が絵梨華にフラれたところまでしか俺の現状を知らない。だから軽く俺を誘ってきて、俺が何も考えずに昔のノリで即答したから、俺がフリーだと勘違いしたのだろう。


「迷惑かけるのはこっちな訳だし、言っておくのが筋か……」

「そうだと思うよ? ついでに瀬川さんにも怒られてきたら?」

「ウチに怒られろって、なんの話?」

「ううぇぃ!?」


 突然肩を叩かれ、思わず奇声をあげる。振り返るとカバンを机の上に置いて悪戯っぽい笑みを浮かべるマナが立っていた。


「丁度いいところに瀬川さん、ちょっと内緒話できるかい?」

「お? ええでええで。ウチこう見えて口硬いんよ?」


 いつも思うのだが、こう見えてとはどう見えてなのかよく分からないことが多い。まあ印象や見た目で咄嗟に判断してしまうことが全くないとは言わないが、逆にどんな見た目や印象なら正解なのだろうか。そう思ってしまうのは、第一印象や外見で決めつけまいと思っていても、ついそうしてしまう故だろうか。

 そんな関係のない考えを頭から排除し、3人で顔を近づける。俺が真ん中なので、智とマナの双方が俺の方に顔を近づけてくる。どうにも2人が動いて自分が動いていないときまりが悪く、無駄に頭を少し下げる。


「で、内緒話って何なん?」

「いや、ほら俺がこの前フラれたって話したじゃないか」

「あぁ、そうやね。それでウチが本当に幼馴染なのか疑われてる奴やろ?」

「それに関しては巻き込んですまん。それでその件に関して話しておいた方がいいと思って」

「もうそれはええって。それで話しておいた方がええ話って?」

「……実は、俺もう既に新しい彼女がいるって話」


 今1番聞かれたらマズい話なので、聞こえるか聞こえないかのギリギリまで声のトーンを下げる。しかし昔から地獄耳だった聴力の良さは健在で、マナは目を丸くし、口を多少開けて俺の方へゆっくりと顔を動かす。やがてその自然と開いた口が横に広がっていき、その琥珀色の瞳が怪しく煌めく。


「ほほぉ……? 今聞き捨てならんことを聞いたような気がするなぁ……ははぁん、怒られろってこういう話やな?」

「そういうこと。折角優しい彼女さんを手に入れたのに、幼馴染との再会でつい彼女持ちってことを忘れた欽二に、ちょっと言ってやってくれない?」

「トッキー、そらあかんで〜。女ってのは見た目以上に繊細なんやで? ちゃんと埋め合わせはしぃひんとぉ……! ウチが直接謝りになんて喧嘩のバーゲン開きに行くようなもんやから行かへんけど、ウチからも知らんかったとはいえ謝っておいてや」


 囁きながら語気を強めるという高等技術を披露しながら、人差し指をメトロノームのように振りつつ俺に怒ってくるマナ。それに俺は低くした頭を更に低くして聞き入る他なかった。


「面目次第もない、ちゃんと謝ってくるよ」

「そうしぃや。で、お相手は誰なん?」

「これがまた、今新しい恋人の話が内緒話な理由でね。この間フラれた相手の妹さんだそうだ」

「……アレ? ひょっとして、怒られろってまさかこっちの話もやった?」

「いや、彼女とは絵梨華を通じて間接的に知り合いはしたけど、決して、誓って、腹いせに乗り換えたとか、姉の代わりとかじゃないからな。それはどっちとも確認済みだ」


 スッと細まるマナの瞳にプレッシャーを感じながらも、俺は胸を張ってそのことを主張する。前かがみだから胸を張るも何もないのだが。


「それならええんやけどね……いやぁ〜、思った以上に面倒ごとなんやな、そりゃ疲れた顔もするわ。姉にフラれて妹と今付きおうとるとか」

「そう、だから今バレると、変な噂に信憑性が出ちゃうかもしれないからね。まあ今から下手によそよそしくしても、ひたすら新しい噂のタネになるだけだし、僕としてはできれば瀬川さんにはこれまで通り欽二に接してもらえると嬉しいかな。まあ僕が2人の関係性に口を突っ込むのはよくないのは分かっているけれど」

「ほいほい、了解〜。で、どんな子なん? あ、勿論話したくないならええけど」


 マナがとても良い笑顔を近づけて俺に聞いてくる。どんな子と言われてどこから説明すべきかと口ごもり、ふと気づいた。そういえば絵梨奈の写真を俺は1枚も持っていないと。外見を口で説明しようとして初めて気づいたのである。流石に待ち受けにはできないが、謝る傍新しく思い出を作り、それを形に残して絵梨奈への思いを確認するのもありかもしれない。そう、冴えた考えかやらかした苦し紛れか、双方兼ね備えた次のデートプランが思い浮かんだ。


「そういえば、写真1枚もまだ無いなぁ……次の時に一緒に撮るかな」

「いやツーショットすらまだなんかい! ほんまに出来立てほやほやカップルなんやなぁ……」


 そのキレたツッコミに少し右頬を緩めながら、俺は絵梨奈を形容するにふさわしい言葉を脳内で探していた。次第にごちゃごちゃ生徒が詰まっていく教室の中で、結局怪しまれないように内緒話をやめるまでに、俺は上手いこと絵梨奈のことを表現できなかった。

 それは自分の語彙力が乏しいからか、自分が絵梨奈に対して抱いている思いが言語化できないほど高尚なものなのか……あるいは、表現できるほどに絵梨奈のことをよく知らない、見ていないのか。できれば最後であって欲しく無いと切に願った。彼女の笑顔に惚れた身として。そして、俺が曇らせたその笑顔を再び磨き上げなければと、決意を固めたのであった。


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