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恋の火花が飛び火する


「おい欽二、多分遂にお呼び出しだぞ」


 昼休み、弁当を食っていると、普段より低い声で俺に突然耳打ちしてきた悠人。振り返って教室の扉の方を見ると、数週間ぶりに見る絵梨華の顔があった。その顔は学校での常であるクールな表情を纏っていたが、その視線は普段の冷静さをどこか欠いているように見えた。

 その右横には険しい表情の竹中、更に竹中の横には興味なさそうな素振りでこちらを見る安藤の姿もあった。竹中は恐らく絵梨華が用心棒扱いで呼んだのではないだろうか。安藤は絵梨華の親友とか言ってたし、絵梨華への加勢要員だろう。


 絵梨華は近くにいたクラスメイトに声をかけ、俺を呼びに行かせている。複雑な表情で俺を呼びにきたクラスメイトを皆まで言うなと手で制し、最後のだし巻き卵を口に突っ込んで弁当箱を片付ける。


「まあお前とアイツの問題だし頑張れ。もし暴力沙汰になったら骨は拾ってやるから。竹中のやつもそこまでガキじゃないとは思うけどな」

「骨になる前に助けろよ」


 いつもの悠人の減らず口に適当に返しつつ、重い腰を上げて席を立ち、絵梨華の方へ歩いていく。俺が近づいてくると、絵梨華はスッと廊下に出て、同じく廊下に出た俺と向かい合った。久しぶりに近くで見た絵梨華の姿は、見た目は去年見たときと変わっていないようだった。


「そろそろ冷静になったかしら、と思って」


 そう俺に話しかける絵梨華の声は、寧ろ軽く弾むような声で、多少険しくさえ見える表情とはまるで噛み合っていなかった。その乖離した見た目と言動が、かえって絵梨華の心中が穏やからなぬものであることを俺に知らせてくれた。だから俺は絵梨華の一挙手一投足に対し動揺することなく、冷静に言葉を返すことができた。


「ええ、あの時は思わず貴方の酷さと心無さに、衝動的に言葉を吐いてしまったわ。でもちゃんと心から謝ってくれるのなら、考えてあげなくもないわよ」

「俺の酷さと心無さとは何のことだ?」

「白々しいわね、クリスマス・イブの時の一連の貴方の言動に決まってるじゃない。あれだけ噂になってるでしょう?」


 この時点で、絵梨華は大げさに膨らんでいる噂の内容に事実誤認があると否定する気がない。つまり一応存在した「絵梨華とは関係のない誰かが噂を面白おかしく膨らませている」という線がほぼ消えた。もしそうだったとしても、それを利用しようとしている。

 絵梨華の意図しないものだったら俺も素直に話しを聞こうと思っていたのだが、故意に俺に冤罪を着せようとしているのなら話は別だ。


「俺がクリスマス・イブのデートの時、気づかず絵梨華の気分を害してしまったのならそれに関して謝罪することはいい。だけれども自分がやってもいないことに謝罪するつもりはない」

「まだ言うかお前! お前は……」

「竹中君、これは私と欽二との間の話だから……」


 竹中が俺の言葉にいきり立つが、それを絵梨華が諭すように止める。俺からすると何とも芝居臭いが、絵梨華はともかく竹中は恐らく素でこれなので俺的にはタチが悪い。安藤はその様子を黙ってジッと見つめている。


「謝るなら許してあげると言っているのに」

「身に覚えのないことをどうして認めなきゃいけないんだ? それは幾ら何でもおかしいぞ」

「おかしいのはそっちでしょう? 自分がやったことにもしらを切って認めないんだから」

「それはそっちの一方的な主張だし、認識の違いにしても酷すぎる。俺は2時間どころか1分1秒たりとも遅れて来たりはしなかった」


 これまでの俺は、基本的に絵梨華の性格も考えて、多少のことは謝って解決してきた。それもあるのかどうにか俺に非を認めて謝罪させ、優位を保ちたいように見える絵梨華。

 しかし今回は俺がいつまでも認めず平行線なので、その顔はドンドン険しさを増し、その声は次第に低くなっていく。竹中は介入したいらしくて、立っているのに貧乏ゆすりをしているかの如く体を動かしている。


「どうして分かってくれないのかしら……今回はとことんまで強情ね」

「そりゃ強情にもなるさ……」


 感情論的な部分や多少の認識の違いはある程度仕方ない。だが事実をここまで捻じ曲げられては、今後どれだけの言いがかりをつけられるか分かったもんじゃない。すると絵梨華はスッと声のトーンを変えて、妙なことを言い出した。


「こちらが譲歩してあげているのに、誰かしらね欽二に入れ知恵したのは」

「はい?」

「剣道部のいつも煩い彼かしら? それとも中学から一緒の彼の方? その辺りよね、貴方が仲良いのは。それともどこか別の方向からかしら?」


 本気で何を言っているのか理解できない。私と欽二の問題とか言っていたはずなのに、どうしてそこで悠人や智と思しき存在が話に出てくるんだ?


「誰かに何か変なこと吹き込まれているなら、今すぐ縁を切った方がいいわよ。これは貴方の為を思って言ってるんだからね?」


 その言葉に、沸々と怒りが沸き起こってくるのを感じた。何故絵梨華に俺の交友関係に口出しされ、あまつさえ意味不明な忠告まで受けなければならないのか。


「おい、金子……その言い方は……」

「そんなことはされていない。そちらこそ俺の友人が人の色恋沙汰に無闇矢鱈に干渉してくるような人間であると断定しないでくれ」


 それまで憤怒の表情を浮かべていた竹中が、初めて怒りのトーンではなく戸惑いの表情で絵梨華に話しかけようとする。だが俺はそれを無視して怒りを抑えつつ、しかしハッキリと絵梨華に告げる。


「じゃあ誰かしら、貴方に近い知り合いって他にいたかしら。それともお母さん?」


 そう言われた瞬間、俺の心は怒りの余り凪いだ。確かに絵梨奈が俺の知らなかった絵梨華の側面を教えてくれたのは、絵梨華的には「誰かに変なことを吹き込まれた」の部類なのかもしれない。当然絵梨華は俺が絵梨奈と知り合いだと知らないから、絵梨奈の名前が出て来ないのは分かる。

 だがこれは何だ。どうして俺は絵梨華にそこまで言われなければならないのだ。どうして悠人や智や、うちの母親が詐欺師紛いの扱いをされなければならないのだ。


 何よりその目は、それまでの苛立ちの篭ったキツい目ではなく、まるで俺を憐れみ蔑むような目だった。まるで駄々をこねている俺を仕方なく相手しているような。


 ……恋人にそんな目を向けられる奴がどこにいる? そんな奴を恋人と呼べるのか?


「いい加減にしろ、もういい。これ以上話すことは何もない。終わりだ」


 否だった、俺にとっては。自分では相当冷たく低い声を出そうとしたのだが、自分の声帯は自分が思うより器用ではないらしく、思った以上ではなかった。とはいえ、俺に終わりだと言われた絵梨華の顔は完全に面食らった様子で、これまで俺でさえ見たことのない顔をしていた。

 俺は会話を強制的に打ち切ると、教室に戻る。絵梨華か竹中が追いかけてくることも予想していたが、どちらも追いかけては来なかった。絵梨華に残った未練が、プレパラートが割れるような音を立てて粉々になっていくのを感じた。


 その時、ああ、俺はプレパラートくらいの厚みしか、絵梨華に未練が無かったんだと、悟ってしまった。数週間の冷却期間と、その間に垣間見た絵梨華の知らなかった側面は、俺の恋心を完全に磨り減らしてしまっていた。







「今日はやっぱりいつもより気合入ってたな」

「こぼれたミルクを嘆いても仕方ないってことだよ」


 放課後、俺はいつものように剣道部の練習に出ていた。悠人に言われたように、今日はかなり気合を入れて練習に臨んでいた。絵梨華に対する決別を示す為、常に気迫で負ける悠人を圧倒せんとした。

 結果として悠人もそれに応えてくれて、1回だけではあったがガチで対決してもらい、一本をもぎ取った。悠人もあの時教室に帰ってきた俺の様子から察したらしく、絵梨華を置いて帰ってくると無言で肩を叩かれたのだった。


「お疲れ様。今日は明らかに時任のやる気が違ったねぇ、また何かあった?」

「まあちょっと重々しい言い方をしますと、悩み事が決別という形で解決しまして」

「おっと? これ結構重い奴?」

「重い奴ですね、なので気合を入れ直してたんだと思いますよ」


 決別という言葉に、話しかけてきた深水先輩が悠人に確認する。悠人の返しにそうかぁ、とゆっくり頷き、いい笑顔で親指を立てる。


「よし若人よ、今日は思いっきり食べなさい。そして食い過ぎで胃もたれと腹痛に苦しむのです」

「やけ食いしろってことですか?」

「腹痛と頭痛は、あらゆる思考を鈍らせてショックを和らげてくれるからね。そして悶え苦しむ時間が終わると、多少冷静になれる」

「何ですかその、『足が痛いなら目を針でつけ』みたいな解決法は」


 確かにどちらも相当思考を阻害するだろうけど、俺そこまでショックを受けた顔をしていたか?


「やっぱり意図して頭痛を起こすのは難しいからねぇ」

「そもそも起こしたいものではないのですが?」


 やっぱり深水先輩はどこか頭のネジが外れている気がする。でもこういう風に決して深入りしてこないでピントの外れたことを言われると、いい具合に脱力してそれはそれでささくれだった俺の心が多少静まる感じがした。


「ちなみに胃もたれじゃなくて胸焼けを狙うなら甘いものがいいぞ? 駅の近くにある甘味処のお汁粉が個人的にはオススメだ。後は学校の近くにあるケーキ屋の……」

「あの、それってやけ食いのススメというより、美味い甘味の店の宣伝では?」

「そうとも言う。だって客が入らなかったらいくら好きな店でもあっという間に潰れちゃうんだぞ!? そんな悲しいことがあるか! だから私は好きな店は穴場のままがいいなんてアホなことは言わない! 君たちも甘いモノ好きなら一度食べてみたまえ! それで好みに合わないなら諦めよう!」

「いや、俺甘いのがそもそも苦手なんすけど……」


 悠人が深水先輩の熱弁にちょっと引いている。でもそんな深水先輩の熱弁が、どこか俺の心にストンとハマる気がした。


 着替えて悠人に誘われ、帰りにゲーセンに寄ろうとする。だが悠人が校門のところで忘れ物をしたと慌てて校舎に戻っていった。段々空が赤から青、紺と移り変わっていく時間帯、校門にもたれて悠人を待っていると、後ろから声をかけられる。


「意外にもスッパリ諦めたわね」

「そんなに意外か? 友や親が侮辱されて、怒らないほど聖人君子だと思っていたか?」


 そう答えながら振り向く。そこに立っていたのは、絵梨華に加勢すると思いきや結局あの場では何も喋らなかった安藤だった。安藤は俺の答えに少し黙り込んだが、その表情は驚愕や思案や躊躇いといった風にコロコロ百面相していた。しかしフッと息を吐くと、目線を下に落として喋り始めた。


「そうねぇ……まあ、もう絵梨華と縁を戻すことはなさそうだし、好きにすればいいわよ。でも絵梨華はアンタを諦めないと思うわよ。精々気をつけなさいな」


 そう言っただけで、安藤はそれ以上何も言わずに俺の横を通り過ぎていった。


「……今度は忠告? 嫌味を言ったり忠告に来たり、サッパリ意味がわからん」


 絵梨華も安藤も、行動基準が理解不能すぎる。竹中くらい分かりやすい理由で動いてくれれば話は楽なのだが。そう思いながら、俺はダッシュで戻ってくる悠人を眺めていたのであった。


 なおやけ食いは既にクリスマス・イブで済んでいたので、別にやけ食いはしなかった。だが深水先輩の話が妙に頭に残り、先輩に勧められたケーキ屋のケーキを買って帰った。くどくない甘さで両親にも好評だった。


It's no use crying over spilt milk.


書いていて作者にも絵梨華がキチガイにしか見えん(苦笑)

でも彼女にも一応の価値行動基準はあります

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