5 狙われているのは
「――バカ、伏せろ!」
傍にいたアルがオレの腕を強く引く。
勢いで地面に顔から突っ込みそうになったけど、下になったその身体に抱き止められた。
黒い影が地上を横切ったのを見送って、アルセイスはオレを放り出し即座に立ち上がる。
「トーマスのヤツ……くそっ」
「あっ、おい――」
そのまま駆け出したアルを追おうと、オレも身を起こした。けど、腕の中のベヒィマが邪魔で走ることが出来ない。もう一度、魔王を呼ぼうにも、頼みの綱のアルセイスに拒否されたことは結構なダメージらしい。呼びかけてみてもうんともすんとも答えがない。
それに、気持ちの上でも何かそれどころじゃなかった。
密着したのはたった一瞬なのに、柔らかく温かい感触が腹に残ってる。
何とも言えない思いで、片手でそれをさすりながら、空を見上げた。
「……鳥?」
語尾が疑問形になったのは、厳密にはそれが鳥じゃないからだ。
ゲームでは『グリフォン』と呼ばれていた。ライオンの身体に鷲の頭と翼のついた魔物。大きさはオレの身長と同じくらい――つまり、ほぼライオンくらいだ。
そいつらが、群れをなして頭上を飛び回っている。そのせいでただでさえ光の少ない森は太陽を遮られ、辺りは広い範囲で影が落ちている。
その数は……あー、分かんねぇ! 飛び回るから数えてられないけど、多分2〜30頭くらい!
「大丈夫ですか、魔王さま?」
前に出たアルセイスの代わりに、いつの間にか斎藤さんが近くまで下がって来ていた。
ぐらぐらしながら何とか支えてたベヒィマの身体に手を伸ばしてきて、オレの腕から受け取る。存外にその手付きは優しい――と、思ったら、呆れたような顔でベヒィマを見ながらぼやき始めた。
「こんなヤツ、放っておいても良いと思うんですがね。裏切り者を助ける必要なんかないでしょう」
「それあんた、どのツラさげて言ってるの?」
「あはははは、何のことやら……」
笑って誤魔化しやがった。
【世界の裏側】で見たあれやこれやの光景について問い質したり確かめたりしたいけど、とりあえずはそれどころじゃない。
「――【氷柱の剣舞】!」
滑空してきた鋭い爪を、斎藤さんの呪文が撃ち抜いた。けたたましい鳴き声と共に落ちたグリフォンが地面を暴れ回る。
「――【最終奥義 聖雷針矢雨】!」
ヘルガの手元から真上に打ち上げられた光の束が、避けるタイミングを逸して低空に留まっていたグリフォンの一頭を下から上へと貫いた。直後、放物線を描いて上から降り注ぐ矢の雨が、動きを止めて落ちかけていたグリフォンの身体を勢いよく地面へ叩き付ける。地上で暴れていた半死のグリフォンも雨に穿たれ、甲高い悲鳴と共に絶命した。
「ようやく2匹? おいおい、効率悪いぜ、お姫さん」
「うるっさい……! あ、あいつらが……空中をちょろちょろ逃げるから……」
ジーズのからかう声を受けて、ヘルガは顔を上げ再び弓を構える――けど、その腕はいつになく頼りなく、よく見れば僅かに震えている。肩で息をする様子もかなり苦しそうだ。
「……撃ち過ぎですよ。これを待ってたのか」
隣で斎藤さんが舌打ちしている。
さっきジーズは自分で3対1だから楽だったと言っていたけれど、オレ――いや、魔王がいない間にもグリフォンを呼べたはずだ。そうしなかったのは、斎藤さんの言う通りこっちの魔力切れを待っていたからなのか。
「お前の相手は――俺だと言っている!」
しゃがみ込んだままのジーズに向け、アルが剣ごと体当たりするように突っ込んだ。
横に転がって避けたジーズを追って向きを変えようとしたところで、グリフォンが遮るように舞い降りる。
一瞬の躊躇の後、アルセイスはそのままグリフォンの頭をめがけて剣を突き出した。激しい踏み込みと鋭い刀身が、いともたやすくグリフォンの頭を串刺しにする。
そのまま剣を離して、反射的に首を振って暴れる獣から距離を取り、その間に唱えていた呪文でグリフォンとその向こうにいるジーズを狙う。
「――【氷矢の一撃】!」
鋭い氷の矢がグリフォンを射抜き、その身体に大穴を開ける。どうと倒れた獣の向こうに、しかし、アルセイスの追っていたはずの男の姿はなかった。
あちこちで繰り広げられている戦いを目で追いながら、ふと、さっき魔王が理解したことを唐突に思い出した。
――ヤバい。そこは今、ノーマークだ。
「――斎藤さん、今すぐあっち戻って! オレは良いから!」
「え? もう私も疲れましたし、ジーズうるさいから嫌なんですよね。口ばっか達者で」
「誰のことだよ! とにかく、危ないんだって! あいつらの狙いは――」
きょとんとした顔の斎藤さんに説明する時間が惜しい。
ベヒィマの身体を預けたまま、オレは踵を返して走り出した。
元から、ベヒィマに何度も狙われていたのはティルナノーグだ。
エルフ達の住むアルフヘイムも、そう言えば、魔族に何度も狙われていると言っていた。
その結果、アルフヘイムから奪われたものと言えば――
「――ヘルガ!」
「レイヤ!? 危ないよ、こっち来ないで……」
呪文を中断してオレの方を振り向いたヘルガの頭上に、グリフォンが急降下してくる。
「上だ、ヘルガ! ――セット、全詠唱破棄【氷柱の剣舞】!」
ひどい脱力感と共に、オレの前に、ぐるぐる回る氷の刃が3本現れた。オレの指した方向にまっすぐ飛んでいった氷と、降りてきたグリフォンの鋭い爪がぶつかって、きぃんと硬い音が響く。
「下手くそ!」
「そんなん言ったって!」
「こんの――【黄金の波に沈め! 最終奥義 聖雷針矢雨】!」
詰った直後に自分が技を放ち、躊躇したグリフォンを今度こそ仕留めた。
落下して身体を痙攣させる獣身を避け、ヘルガの方へ駆け寄る。
弓に寄りかかって荒い息をつく背中に、手を伸ばした。
「ヘルガ、あんたはもう退け。魔族達の目的はそれだ。アルセイスも同じようにやられたんだから」
「はぁ、はっ……何、これって……」
オレの指すままに、自分の手元に視線を向ける。
聖弓フロイグリント。
空中へ放った弓を増幅させ、魔術で覆い、雨のように広範囲に降り注がせる最終奥義【聖雷針矢雨】を使うことのできる、神の与えた聖武具の一つ。
「は……何で、魔族がこれを……?」
「分かるか! でも、妹が女神と対決するつもりなら――かつて、魔王が8つの種族を集めて手を取り合ったのと同じように……あいつらも聖武具を集めてるんだ!」
「――おっ、鋭いなぁ。さすがお兄ちゃん」
背後からかけられた声を聞いて、慌てて振り向いた。
振り向きながら、ヘルガを背中に庇う。
目の前で、鳥魔ジーズが笑みを浮かべていた。
「だがね、あんたにゃ誰を守ることも出来やしない。何度も見逃してやったのは、主の言いつけだからって理由しかないんだ。手をかけるつもりはなかったが、どうしても邪魔をすると言うなら――ここで、死ね」
ジーズの黒い瞳が細められ――そして、足が竦む程の殺意がその視線から迸る。
掲げられた手が赤く光った。
「――【華焔の旋風】!」
生み出された火の玉が、正面から真っすぐにこちらへ向かってきた。




