18 試行錯誤する斎藤
結局、その晩からアルセイスは部屋に戻ってきさえしなくなった。
ヘルガ経由で「出発の準備が忙しいから」なんて話を聞いたけど、多分そうじゃないことは、オレもヘルガもよく分かってた。
そもそもヘルガだって、別にオレとアルの仲を引き裂こうとかそんなつもりだった訳じゃない。いや、そもそも自分の言動がオレ達のこの微妙な関係にどんな影響を及ぼすかすら、分かってなかったに違いない。アルの微妙な態度を目の当たりにして、責任を感じてしまったらしい。
「あの……私、絶対アルセイスにあなたのことちゃんと許して貰えるようにするから」
「お、おう……いや。本当にあんたが悪い訳じゃないから、あんま気にすんなよ」
宥めては見たものの、ヘルガにはやっぱりうまく伝わってないとしか思えない。
時間を見付けてアルに突撃しては、その場その場でうまく躱されているようだった。
その間も、オレはただ部屋の中で新作ぱんつを作るだけだ。
そもそも、アルに会ったところで、何をどう言えば良いのか全く分からない。
黙ってぐるぐる悩みながらぱんつを作っていると、この人だけはいつも通りの斎藤さんが、ベッドの上からオレを眺めては言いたい放題言ってくる。その上、どこから持ってきたのか1人手酌でティルナノーグの地酒をぐびぐびやってたりするので、何と言うか……酔っ払いに絡まれてるようにしか思えない。
「あーあ、全く……モテる男は辛いって顔しながらちくちく縫い物なんて、辛気臭いったらありゃしない」
「……辛気臭くて悪かったな」
手元には、試作しては完成させたぱんつが山と積まれている。
女性用の可愛いものだけじゃなくて、男性向けにも色々作ったものが混じっている。だけど、ここにあるのはすべてこれから戦いに向かうティルナノーグの兵士向けのものなので、斎藤さんにはまだ一枚も渡してない。
「あんた、ぱんつ貰えないからって絡み酒は良くないぞ」
「やだなぁ、絡み酒だなんて言い方。伊達に半世紀もサラリーマン生活送ってませんよ、私はこの程度じゃ酔ったりしません。バブル期の接待宴会を乗り切ったパワーを舐めないでください」
「バブル期って、あんた何歳……いや、魔族は死なないのか。でも、それにしたって」
「今の会社でも、『いつまで経ってもお若く見えますね』ってよく言われてました」
「しかも……そっか、旧版のラン・ジェ・リ作ったのがあんたってことは、10年前にはもうあのゲーム会社にいたってことだもんな」
「新入社員ごっこって、何回やっても楽しいものですよね」
どうやら、色んな会社を渡り歩いていたらしい。
よく考えたら、千年前からあっちの世界で生き続けるって、結構大変なんじゃないだろうか。戸籍とかどうしてたんだろう。ちょっとだけ同情しかけたけど、ここでそれを尋ねて『いやあ、大変だったんですよ!』みたいに調子に乗らせるのも嫌なので、口を閉じた。
オレの沈黙をどう取ったのか、斎藤さんはしれっとした顔で盃を重ねる。
「あーあぁ、そんな顔で私を睨み付ける程レスティキ・ファのことが気になるなら、外に出て探して謝り倒せば良いだけだと思うんですけどね」
「別にアルのことがあるからあんた睨んでる訳じゃない」
「そこは大事なとこじゃないんで、意識的に話逸らすのやめたらどうですか?」
思ってもないど真ん中を突かれて、思わず一瞬口ごもった。
ようやく口から出たのは、言い訳にもならない言い訳じみた言葉だけだ。
「だって……謝るったって、何を謝るんだよ……」
そもそも、オレとアルは別に恋人でも何でもない。その前にまず、異性として扱って良いのかどうかすら怪しい。
今回とは逆で――例えばアルが恋人を作るとかそういう話になった時だって、その恋人が男であろうが女であろうがオレが何か口を出せるとは思えない。更にその先に誰と子どもを作ることになろうが、オレに止めることなんて出来る訳がない。
きっと……逆もまた同じだ。アルセイスはオレに謝罪を求めないし、オレは謝罪することなんか出来ない。
――だから、1人で旅に出ようとしている。
「優柔不断ですみませんとか、役に立たなくてすみませんとか、そんな身体にしてすみませんとか、魔王さまの記憶を取り戻せなくてすみませんとか、謝るべきことは色々あると思いますけど?」
「……それ全部、あんたには言われたくないな!」
謝るべきとこだと言われるとその通りなんだけど、オレをこっちに連れてきたりアルを女の子にしちゃったのは斎藤さんのせいでもあるので、そこんとこを本人に言われるとめちゃくちゃムカつく。
そもそも、最初にこの状態を招いたのは斎藤さんの不用意な一言なんだけど!
あそこであんたが余計な茶々を入れなければ、と思うと、その後の自分の対応のマズさを棚に上げて怒鳴りたくなる。
「じゃあ、謝らないでこのままサヨナラですか? 私はまあ、どっちかと言うと目障りなエルフが1人減るのでありがたいですけど」
「あんたから言えばそうだろ。……なのに、何でそんな煽ってくる訳。黙って見てればすぐそうなるよ」
「ねー、全く。……ええ、まあ……私にも色々事情がありましてねぇ……」
途切れがちに呟いて、肩を竦めて見せる。
「ここのとこ2人が離れてる状態でしばらく観察してたんですが……魔王さまの封印を解くのにはもしかしたらレスティキ・ファの存在が必要なのかも、って思い始めまして」
「あんた、ラインライアではオレからアルを遠ざけたがってたじゃん」
「だって、魔王さまじゃなくて『音瀬 玲也』を求める者は少ない方が良いんですもん。だから本当はレスティキ・ファとクリュティエ――いえ、今のアルセイスもヘルガも、あなたを『レイヤ』と呼ぶ人には近づいてほしくないんです。でも……」
「……でも?」
「どうもここのところ、あなたの封印がうまく緩んでるのは、欠片とは言えレスティキ・ファやクリュティエの血を引く者が側にいるからなんじゃないかなあと思い始めまして」
「考えを改めたって訳だ。確かに……魔王の記憶を、順調に取り戻してる感じはするけどさ」
「いやあ、まで、でもまだまだ全然なんですけどね! 前よりは良いかな、と」
「何でそこで否定するんだよ」
「だって、こんなの私の魔王さまじゃないですもん、まだまだ。そもそも、あの下種野郎のスィリアのこともあんまり覚えてないみたいですし」
スィリア――千年前の伝説の勇者の名前だ。
そして同時にオレの――魔王の記憶では、大切な友人だったはずの。
側近である淫魔シトー、恋人だったレスティキ・ファ。
その2人と共に、最も身近で魔王を支えていたのが、人族の代表であるスィリア――莉亜の前世であるゲームで言う勇者だ。
ゲームでは魔王と勇者が友達だったなんてそんな設定はなかったけど、思い出そうとすればこうしてするっと記憶が出てくる辺り、いつの間にやら魔王の記憶は自然にオレに溶け込んできているらしい。最近は境界が曖昧で、何かきっかけがあれば簡単に入れ替わってる気がする。
これは順調に記憶を取り戻してるってことだと思うんだけど。
「確か……オレと莉亜は友達、だったんだよな?」
「ほーら、やっぱり覚えてない。そんな認識のあなたに、素直に事情を話したところで信じて貰える訳もないでしょうよ」
分かりきってましたとも、と呟いてから手元のグラスを干した。
「まあ、レスティキ・ファだろうがあの裏切り者だろうが、私はどっちで試しても良いんですが、そもそもあの裏切り者とは私も千年以上会ってませんし。あっちを呼び出すのは難しいですからね、せめてレスティキ・ファにあなたの傍にいて欲しいんですけど」
「あんた、莉亜とは会ってないのか?」
「私はあくまで同じ魔族のよしみでジーズと手を組んだだけですよ。彼があの偽勇者についているとは聞いていましたけど」
どうやら、そこは知っていたらしい。
莉亜のことは嫌いでも、目的のためなら手を組むのは構わない。
魔王のことは大好きだけど、彼自身を取り戻すためなら、オレを騙すことは厭わない。
知ってはいたけど、斎藤さんのそういうところ、本当に信用出来ない。魔王のことほんとに好きなんだろうなっていうのは、疑いがないんだけど……。
「……で、そのあんたが言うレスティキ・ファはオレと別れて出発するって言ってるんだけど。あんたどうすんの。アルについていくの?」
「あはは、んな訳ないじゃないですか。音瀬さんってば、そんな捨てられた子犬みたいな目しないでください。レスティキ・ファがあなたを見捨てようが、私はもちろん今まで通り、魔王さまのお傍におりますとも」
「別に、捨てられたんじゃないし……」
「ほらほら、泣かない泣かない」
「うるせぇよ」
煽ってくるのは、魔王を引き出そうとしてるんだって分かってた。
だから、できるだけ落ち着いて対応しようとしてたけど、どうもそろそろ限界みたい。この人、言動で人を怒らせる才能が有り余ってるだろ……。
言葉が荒れれば針先も荒れる。さっきから縫い続けてるぱんつも、仕上げが雑になっている自覚がある。だけど、気を付けたところで何とかなるもんじゃない。本当は手を止めた方が良いのかもだけど、何もしないでいると気が滅入るから、これくらいはせめて許して欲しい。
「そんなに難しく考えなくても良いと思いますけどね」
「知るかよ。考えようが考えなかろうが、向こうが会ってくれないんだからどうしようもないだろ」
「へえ……? 彼女に会いたいと言うなら、私も少しは協力しますけど」
「あんたのことは信用しない」
「……とか言っちゃって、臆病なんだから」
ぶつり、と指先に針が刺さった。
気を付けてれば、針って刺さっても皮膚の上っ面で止まったりするもんだ。でも、結構な速度で縫い進めてたせいでかなりざっくりいっちゃったらしい。痛みで気付いて慌てて針を抜いたけど、その下から血の玉がぷくりと膨らんだ。
みるみる内に溢れる血液で、せっかく仕上げまできていたぱんつが赤く汚れる。
直前の斎藤さんの言葉と合わせて、苛立ちが頂点に達した。
手の中の布切れを床に叩きつけて立ち上がる。
「――あんたね、オレを怒らせて何か得でもあるの!?」
「……まあ、これをきっかけに魔王さまがまた出てきてくださらないかな、とかそのくらいは考えましたけども」
そう言えば、こないだも怒りを感じた瞬間にとっさに魔王が出てきたような。
けど、今回はそんな様子はない。オレは相変わらずオレのままだ。
スイッチは多分、感情が爆発したり、記憶の中の出来事を思い出してオレが揺らいだときなんだろうな、とは思うんだけど。
「うーん、やっぱりあんまり長いことレスティキ・ファと離れてると良くないんでしょうかね」
「オレが知るかよ、そんなこと」
ため息をついて、ぱんつ(未満)を拾い上げようとした。
先回りした斎藤さんの手がオレの指先を掠めてぱんつを取り上げ、空中でぐるぐる回す。
「そうは言いますが、あなただって、魔王さまの力を取り戻したいんでしょう? 妹のために」
「返せよ」
「自分で捨てたんじゃないですか。忘れたんですか?」
忘れたんだろうか。本当に?
斎藤さんが言うようないざこざが、本当にあったのか?
触れられる範囲で魔王の記憶に当たってみても、ただ――友達だ、としか。
「莉亜は……」
莉亜はオレを殺そうなんてつもりはないらしい。
千年前に何があったのか分からないが、今の魔王にとっては友人、玲也にとっては可愛い妹だ。
こめかみを押さえながらそう続けようとしたけれど、顔を上げて見ると、斎藤さんの目はオレを見ていなかった。どこか真剣な様子で窓の外へと向かっている。
「千年前からスィリアの存在など邪魔でしかありえないのですが……何故それに魔族三将軍が与しているんでしょうかね。元よりさして気も合わない私は良いとして、あんなに崇拝していた魔王さまに背いてまで」
「魔王を崇拝してたのはあんただろ、斎藤さん」
指摘すると、目を逸らしたまま照れたような笑みが口元に浮かぶ。
その笑顔のまま、ふらりと窓辺へ向かっていった。
「話を聞くに、どうやら彼らはこの千年、人族以外の種族に対して攻撃を続けていたようなのですね。ティルナノーグが水上にあるのも、その対策の一つだとか」
「対策?」
「近くに来ています」
答えのない言葉に、思わず斎藤さんの視線を追った。
窓の向こう、街道の先で森が赤く光っている。
「……燃えてる? まさか、アル達の計画していたラインライア侵攻計画がもう始まったとか――」
「早すぎます。他の種族とも共闘すると言っていたでしょう。これは多分、近くにいる魔族の仕業でしょう。地魔ベヒィマの気配がします」
「分かるのか?」
「これくらい近づいてくれれば、ね」
止める間もなく、斎藤さんはとん、と窓枠に飛び乗った。
「偶然なら良いですが、魔王さまがここにいると知って寄って来たなら、見過ごせません。覚醒していない魔王さまの気配は弱いものですが――それでも、ヤツなら嗅ぎつけるかもしれない。私は少し様子を見てきます」
「いや、待てよ。オレも行くから――」
――と言ったところで、斎藤さんがオレを連れてってくれるはずもない。
黙ってにこりと笑うと、斎藤さんは即座に転移魔術を姿を消した。
少しだけ悩んで――だけど、結局他に選択肢はない。
魔王じゃないただの玲也に、自在に使えるかどうかなんて自信ないけど。
いつだったか、トーマス――いや、ジーズを追い詰める時に使ったのを思い出して。
はあ、と大きく息を吸って――吐いて――
「……セット、全詠唱破棄――【転移】!」
とぷん、と足元が溶けて、真下に墜落する感覚。
視界が闇に落ち――そして、何も見えなくなった。
次回はinterludeでアルセイス視点です。




