17 お前はここで
「……で、結局許してもらえてない、と」
隣でひたすら型紙を切ってくれてるヘルガが、呆れた声を上げた。
真っ昼間、オレが借りてる部屋で2人きり。今日も今日とて新作ぱんつ作りの修行中だ。
オレは、ずれないよう慎重に布を裁ちながら、眉をひそめた。
「いや、許すとか許さないとかじゃなくてさ。会話そのものが……」
「会話って……あなた達、同室でしょ? 会話しないで生活って出来る?」
「出来るんだなぁ、これが」
ヘルガの疑問はもっともだが、会話がなくても何とかなるのだから仕方ない。
まあ、主にアルセイスの方の(不必要な)努力の成果なんだけど。
喋りながらも手は止めない。裁ち終えた布をまち針で合わせ、縫い始める。
「そもそも、昼間はアルは部屋にほとんどいないんだよ」
「そう言えば、最近はずっとお父様とラインライア侵攻について策を練ってるみたい」
「無言で起こされて、オレが目覚めたた時にはアルはもう身支度整えててそのまま出てっちゃうし、その後は夜まで帰って来ないし、起きて待ってても帰ってきたら速攻でベッドに潜り込んじゃうし……あっ、うーん、やっぱり布が薄いと引っ張ったときの強度が気になるなぁ。圧が全部糸にかかっちゃうけど、あんま糸を太くする訳にもいかないし」
縫い合わせた布を引きながら、オレはため息をついた。
ヘルガ曰く、魔物の繭から取った糸で織られた布らしい。その肌触りの滑らかさ、透明感のある上品な艶で価値の高い布なのだとか。オレの感覚だと絹に似てる気がするけど、絹よりも伸縮性が高いかな。
ヘルガは型紙を置いて、オレの横から身を乗り出して手元を覗き込んでくる。
「……まあまあ良いんじゃない? 糸は細くして、とにかく細かく縫う方が良いから。布が滑るし」
「そうか? いや、こんな高そうな布初めてだからさぁ。ヘルガさまさまだなぁ」
オレの腕にもたれかかってるヘルガが、くすぐったそうに笑った。
「弱小国でも王女だから」
「それにしたって、オレは何にもしてないのに」
「私を助けてくれたのは魔王だったものね。でも……そう、やっぱりレイヤのおかげよ」
桃色の瞳に見上げられて、なんとなく照れ臭くなって目を逸らした。
ヘルガの手がオレの指をなぞる。
「ここ、目が荒いわ。この辺まで解いて、もう1回縫い直した方が良い」
「あ、うん……」
ふと、2人きりだってことが頭を過ぎった。
こないだ斎藤さんに聞いた話――この世界で子ども作るには、2人きりで直接触れて、そんで――
「――あ、あんた近い……!」
「近い? 今更何を……ああ、子どもが出来るかもって気にしてるの?」
からかうような声で、ヘルガはますますくっついてくる。
「……おい! あんた王様の娘だろう? オレと子どもなんて作ったら、あんた……」
「ああ、大丈夫よ、別に。私が連れて帰ってきたんだもの。そもそもあなたはもう、そういう相手として認識されてる」
「そういう――ぅえ!?」
そういう相手って……えっ!? え、ええ!?
それってつまり、今オレはヘルガの結婚相手とかそういう風に思われてる……?
「ま、待って! えっ……じゃあ、もしかしてこの豪華な部屋とか、この布とか今作って貰ってる流水布とかもしかして全部そういう……?」
「何で『もしかして』2回言ったの?」
もしかしてなければ良いって思ってるからだよ!
「一応ね、そういうことになるのかしら……」
「なるのかしらって、そんな他人事みたいな! あんたそれで良いのかよ? そもそも、何でオレがあんたの……そ、そういう相手だと……」
「いくら大事な娘だったって、無事帰ってきたって言っても、人族の奴隷になってた娘なのよ? わざわざ娶ってやろうと思ってくれる相手はそうそう見付かる訳ないって、それくらい想像つかない?」
小バカにしたような口調だったけど、表情は浮かない。
しばらくオレを見詰めた後で、そっと目をそらしてぽつりと呟いた。
「何より……奴隷になってた間に、私、子どもが作れなくなっちゃったみたい」
「……え?」
オレの腕を掴む手に、ぎゅっと力が入る。
爪が刺さって少し痛いくらいに感じたけれど、振りほどくことは出来なかった。
「あそこで奴隷になってた時に、私、言ったでしょ。あなたとは子どもを作ることを望まれてるって」
「う、うん……」
「結局、あなたとはそういうことしなかったけど、ご主人様――ダニエルからは不審がられてたの。それで、試してみようってことになって……何人かと、その……そういうことをさせられて」
「あんのクソ野郎……!」
そういうことって、この世界だから多分ちゅーレベルの話だ。
だけど、それでもアルがその行為に対してどれだけナイーブに反応したかって考えると、やっぱりそれはオレの世界での性交と変わらない重さがあるに違いない。
そう思えば、既に魔王が叩きのめした相手だけど、改めてもう1回ぶん殴りたくなった。
オレの苛立ちに関わらず、ヘルガは淡々と言葉を続ける。
「それで、その時に試したけど出来なかったの。……だからきっと私、子どもが作れなくなっちゃったんだわ」
ぽつりと呟いてから、おずおずと手が離れていった。
「……そんなだから、レイヤも変な心配しなくて良いよ。逆に、そんな相手に触られるのが嫌かもしれないけど」
「――嫌なわけないだろ!」
反射的に、ヘルガの手を掴んで引き寄せてた。
肩が震えてるのに気付いて、更に強く掴む。
気にするなよとも大丈夫だよとも言えなくて、ただ嫌じゃないってことだけ伝えようと必死に手を回した。
触れてるってことで本気度が伝わって欲しいと祈って。
「レイヤは、ほんとに嫌じゃないの……?」
「じゃないに決まってる! ダニエルのとこにいたときからずっと、あんたはオレの大事な先生だし、それはあんたに何があったって変わるもんか!」
「じゃあ……好き?」
気付けば、胸の中から期待のこもった桃色の瞳が見上げてきてた。
はっとして、すぐ答えようとして――それから、その問の含む意味にもう一度気付いた。
この世界では、これだけの行為で成立する関係があるんだってことに。
NOと答える選択肢は、なかった。
同情なんてくだらないとか、一時の優しさは足しにならないとか、そういう言葉は頭に浮かんだけど――だけど、絶対に拒絶するなんて出来なかった。
だから、もし2人きりのままだったとしたら、答えてたと思う。
――直前に、恨めしそうな声が聞こえてこなければ。
「私の時には途中で止めた癖に、此度はお出でにならないのですか、我が主よ……」
「――きゃっ!?」
「さ、斎藤さん……!」
いつの間にか背後に立つように現れた人を見て、オレ達は慌てて身体を離した。
斎藤さんはそんなオレ達を冷ややかに眺めつつ、わざとらしく目元を拭うまねなんかしながら、扉の向こうに声をかける。
「同じハーレムの構成員としては、この差に対してはちょっと文句を言いたくなりますよね。……ね、レスティキ・ファ」
「レス……あ、アルセイス!?」
思わず目で追いかけたけど、扉はぴったりと閉じたまましんと静まり返っている。
しばらくそのまま誰も声を出さなかった。その内、諦めたようなため息が扉の向こうから聞こえる。
「……立ち聞きするつもりはなかったんだが」
扉越しに聞こえた声は、聞き間違いようもなくアルセイスのものだった。
その困惑した様子からは、言葉通り、こんなつもりじゃなかったって気持ちだけがびんびん伝わってくる。
「あ、アル……その」
浮気現場に踏み込まれたような気持ちで、オレは慌てて立ち上がった。
いや、別にどれが浮気で誰が本気とかそういうの何もないんだけども。残念ながら。
「アル……あの、いやその。オレは別に」
扉越しに言い訳じみたことを言おうとして、だけど再び響いたアルのため息がそれを止めた。
「ラインライア侵攻作戦はおおよそ固まった。だが、アルフヘイムとティルナノーグだけじゃない、人族に苦しめられている他の種族にも声をかける必要がある。俺はその使者として、この国を出て他の国へ向かうことにした」
「……え?」
扉は相変わらずオレ達の間を隔てている。
その表情も見えないまま、淡々とした声が続く。
「まずは、砂漠の国アルファディラでサラマンダー王に声をかける。それに、戦いになるなら海魔レヴィに奪われたままの聖槍リガルレイアも取り戻さなきゃいけないし」
「そっそれは、それはオレも……」
扉に手をかけた瞬間、ぴしゃりと冷たい声がした。
「お前を連れて行くつもりはない」
「……何でっ!」
「わざわざ危険に飛び込む必要がないからだ。人族とは言え、ティルナノーグ王の庇護の下ならお前は安全に過ごせるだろう」
「戦争になるんだろ!? オレだって、何か手を貸せることが――」
「お前はここでぱんつ作ってろよ。それが一番力になるし――何より、これ以上の足手まといはごめんだ」
最後まで言い切るよりも、アルの拒絶の方が早かった。
自分でもそう思ってた分、足手まといって言葉はこの上なく効いた。
何も答えられずにいる間に、扉の向こうから足音が離れてく音が響く。
止めなきゃいけないって思ってるにも関わらず、何を言えば良いのか分からなくて、ただ何もない扉を黙って見詰めていた。
祝日に浮かれて、うっかり更新日を間違えました。
来週はいつも通り土曜1:00頃に更新します。




