16 複製の魔術
「全く……偉大なる魔族の身体に通りがかりに手を上げるなんて、しばらく頭冷やせば良いんですよ、あのエルフ」
ついでとばかりに頬をぶん殴られた斎藤さんは、腫れた頬を押さえてオレの隣でぼやいた。
オレは斎藤さんと全く同じポーズで椅子に座って、張られた自分の頬を撫でながらため息をつく。
「……何でいきなり怒られたんだ。全く分からない……」
「うわあ、鈍感ここに極まれり」
呆れたように首を振る斎藤さんを、横目でじろっと眺める。
「元はと言えばあんたのせいだろ、斎藤さん。あんたが入ってくるまでは、デザイン確かめたりしながらうまくいってたのに」
「いや、2人きりでそんなことしてたら危ないでしょう。私は愚かな男女を止めただけですよ、むしろ感謝してほしいくらいです」
「危ない? アルが言ってた子どもが出来るってヤツか。でも、こっちの世界じゃ……その、えっと……オレの世界で当たり前になってる方法、じゃ、出来ないん、だよな?」
「うわあ、何て無意味な遠回し発言! さすが童貞」
「ほっとけ!」
あんまり笑われるとさすがに腹が立つ。
隣の肩をどついてみたけれど、傾ぎさえしなかった。
オトナの男の余裕みたいに見えて、ますますムカつく。
「笑ってないで教えろよ。アルはあんなこと言ってたけど……2人きりの部屋で呪文を唱えるとか? そういう方法なんだろ」
「呪文、ですか……」
斎藤さんは軽く目を見開く。
こめかみに指先を当てて、考え込むようにオレから目を逸らした
「なるほど、レスティキ・ファも手強い。知らぬふりで身籠り、身体を盾に我が主の心を奪うつもりか……?」
「レスティ? いや、アルセイスのことか。あんた、アルのことレスティって呼ぶの良い加減やめろよ、マジで。似てるとか子孫だからってそういうこと言われても困るだろ」
「音瀬さんにとってはそうかもしれませんけどね。……ま、エルフの名前なんて何でも良いですよ。それより、本当にこの世界の繁殖方法について知りたいですか?」
眼鏡の奥の瞳を意地悪くつりあげて笑う。
反射的に逃げたくなる気持ちを押さえて、オレは黙って頷いた。
自分の頬を押さえてた手が離れ、オレの頬に触れる。
「そうおっしゃるなら……どうやって作るのか、私と試してみますか」
「へ……?」
「まずはこうして2人きりの密室で、お互いに服を脱ぐんです。そうして肌を密着させて……」
斎藤さんの身体がオレの方へ傾く。
覆い被さられるような恐怖を感じた。
どういう理屈だとか、実践は必要なのかとか、そもそもオレ達男同士だからとか、何をツッコむより先に身体が動いて後ろへさがろうとした。それを引き止める手がオレの頬を――
「――シトー! 貴様、気安いぞ!」
無意識に開いた口から叱責が溢れる。
弾かれるように斎藤さん――我が下僕シトーが手を除けた。
「……失礼しました、敬愛する我が主よ」
「分かっておる癖に、あえて尾を踏んで叱られたがるのは貴様の悪癖だな……ふん、治したのか」
シトーの手が離れた頬からは、先程レスティに張られた痛みが消えていた。
今の接触で治療を使ったらしい。そうならそうと言えば良いものを。
「もう少しで気色悪さのあまり貴様を撃ち殺すところだったぞ。冗談も時と場合を考えよ」
「肝に命じます」
感じ入った様子で頭を下げつつ、その唇が緩んでいることを私は見抜いていた。……が、ここでそれを言っても仕方があるまい。もとよりこういう男だ。
強いて好意的に捉えるならば、「私」を呼び出すためなら自分の評価が悪くなることを恐れない、という忠誠心の篤さと考えることも出来るが……そこまで想像したかどうかは、謎のままだ。
「それで、私の問うたことに真面目に答える気はあるのか? ないと言うなら、もう貴様に用はないが」
「何と、冷たいお言葉ですね。ええ、勿論お答えいたしますとも。この世界に戻った直後より、主のために私自ら調べておいたのですから。淫欲が封印されたこの世界では、かつてのように男女が交わって子をなすことはないようです。直接的な行為は不要、ただ愛の言葉と誓いの儀式のみで足る、と」
「愛の言葉……?」
「『好き』と互いに言い合って、口づけを交わせば、それで」
シトーの言葉を繰り返しそうになって、慌てて口を押さえた。
「待て、その『好――いや、その言葉に、前後の文脈やら何やらは関係ないのか?」
「ありませんよ。ふふふ、怯える我が主も可愛らしい」
怯えるに決まっている。
今まで私は、誰かと2人の密室で、その言葉を口にしたりはしなかっただろうか。もししていたら――いや、口づけをしていなければ儀式はなされていないのか? なら、大丈夫……なのか。
頭痛を覚えて頭を押さえたが、シトーにとってはそんな私の心情はどうでも良いようだった。
「大丈夫ですって、魔王さま。今の私はあなたに触れてはいませんし、まさかこの後口づけしたりもしませんし」
「密室であること、触れること。そして、愛の言葉と誓いのキス……が必要なのだな」
「はい、いずれが欠けても成り立ちません。これはこの子孫を作れぬ世界における魔術なのです。淫欲のない世界でも次世代に命をつなぐための――複製の魔術です」
シトーの言葉に、私は目を見張った。
「それはつまり……この世界ではひたすらに同じ存在を複製し続けているということか?」
「はい。我が主がこの世界からつまみ出されてよりのことですから」
「だから貴様は、どうしても彼女をレスティと呼ぶということか……」
今のシトーの話が真実ならば、レスティの子孫であるアルセイスは、ただ始祖に似ている訳ではない。
魔術を使って作られた、正真正銘レスティキ・ファの複製であるということだ。
いや、レスティだけではない。
ヘルガも、また他のこの世界の者も、すべて――千年前から変わらず続いていることになる。
「そのようなことを突き止めて、シトーよ、貴様は何をしようとしているのだ。私は何故そのことを――千年前の封印について、何も覚えておらんのだ。私は――」
「――主よ!」
視界が揺れる。
激しい頭痛に襲われて、強く目を閉じた。
私を――オレを支えようと斎藤さんが駆け寄ってきたのを、片手で制止する。
「……あんた、もうこっちくんな」
「あら、音瀬さんですかね。大丈夫ですか?」
斎藤さんは両手を上げて、オレの言葉に従い足を止めた。
「大丈夫だけど、あんたなぁ……いくら魔王に会いたいからって、こういうのマジでやめてくれよ」
まるで、爆弾を抱えてるみたいだ。
何のきっかけで爆発するかわかんない。
恨みがましく睨み付けたけど、斎藤さんの表情は変わらなかった。
「うーん、だいぶ封印が解けてきたと思ったんですけどねぇ……やっぱりまだ不安定か。あ、別に除け者にしたいとかじゃないんですよ。あのまま音瀬さんに話しても良かったんですが、こういう話は童貞と話してても照れてばっかで埒があかないので」
「童貞で悪かったな!」
ぶん殴ってやりたいけど、察しの良い魔族はさっさとオレから距離を取って、にやにやこっちを眺めている。
「……と、いうことで、さっき魔王さまにお伝えした話は真実です。ね、子どもを作るなんてすっごく簡単でしょ?」
「簡単……と、言うか」
密室で、服を脱いで抱き合って、そして「好き」と告げ合ってキスをする。
いつかアルセイスに聞いたことから少しだけ詳細になりはしたけれど、ほとんど聞いた通りの話だった。
「……えっと、じゃあ。この程度のことで、何でアルはあんなに照れたり怒ったりするんだ?」
「さあ? 私にエルフ如きの考えていることが分かる訳ないでしょう。どうせ、あなたと同じで童貞だからじゃないですか?」
テキトーな返事をする斎藤さんのことを睨み付けておいて、ヘルガの話を思い出した。
確か、エルフはすごい奥手で、子作りの呪文――つまり『好き』って言葉すら、自分の子どもにしか教えないとか。
「……そういうこと、なのかな?」
いや、でもそれだったら、オレが誰からその呪文を聞いても良いと思うんだけど……?
悩むオレのことなんかどうでも良さそうに、斎藤さんは肩を竦める。
「まあ、そういうことなので、音瀬さん。言動には気を付けてくださいね。2人きりにならないように、『好き』なんて口に出さないように、安易にキスしたりしないように」
「……誰彼構わず、キスしたりはしないよ、さすがに」
「いやあ、どうだか。だって音瀬さんたら、『好き』は結構簡単に口に出してますよ。私も言われましたし」
「――は?」
待て。ちょっと待て。
オレ、斎藤さんにそんなこと言ったことあったっけ。
「ほら、こないだの下着ブレストの時。紐ぱんが『好き』かどうかみたいな話を私と延々してましたよね」
そう言えば、言ってた。確かに。
いや、でも待って。そういうのってカウントされるの!?
「されますよ。いやあ、残念でしたね、2人きりじゃなくて。私とあなた2人きりならば、私は今頃、魔王さまの子の母親でしたのに。業腹ですが、この世界にいる以上は、私もあなたもこの世界の法則に則って生きるしかありません」
「いや、あんた男だろ!?」
「そうなんですよねぇ……。まあ、音瀬さんの子が欲しいとは言いませんので、お構いなく」
「当たり前だ!」
「音瀬さんはそうおっしゃいますがね、この世界では異性愛や同性愛って枠組みはあんまり意味がないんです。なにせ『行為』は存在せず、『結果』のみが乖離しているので。異性に対しても同性に対しても、ただ親愛の情しか存在しない。だから……」
斎藤さんの目がふと真剣みを帯びて、遠くを見る。
「……誰が誰を愛そうが、自由ってもんなのでしょうね」
「誰のこと言ってるんだよ、それ」
言ってることがどうもピンとこない。
尋ねてみたけれど、笑ってかわされた。
「誰と言われましても、特には。私はこの世界の真実を語ったまで。……それよりもですよ、今頃、麗しのレスティキ・ファは不貞腐れてるに違いありません。ご機嫌を取らなくてよろしいのですか、我が主?」




