9 ほら、言わんこっちゃない
『中身が男だと思えば、そんな変な気分にはならないんじゃないですかね?』
……と、いうのが、斎藤さんの言い分だ。
落ち着いて考えてみたが、状況が複雑過ぎて、うまく割り切れない。
しばらく時間をもらって検討した結果、単純な疲労とさっきまでの興奮の反動で、今日は考えても答えが出ない――ということだけが分かった。
「ごめん……ちょっとよく分かんない」
『うーん、でもこのクエストはスキルの基本なんで、出来るだけ今日中に終わらせたいんですよね。だいぶ予定より遅れてるのも確かなんですが、これさえ終われば今日のテストプレイで最低限やっときたいところはクリア出来るんですよ』
そう言われれば、申し訳ない気持ちがこみ上げる。
時間がかかってしまったのは、多分オレがゲーム慣れしてないせいと、手芸慣れしてないせいだ。
つまり、主にオレのせいだ。
『こうして考えてても結局アレですし、とりあえず下着装備を試してみませんか? やってみて「あ、これはやっぱ違うわ」ってことになったら、次回はご自分で納得のいくように対象決めてやって頂いて良いので……』
「あ、そ、そうですね……」
確かに悩んでてもクエストがクリア出来るワケじゃない。今やってるのはチュートリアルみたいなものだ。
よく考えたら斎藤さんは忙しい中ずっとオレに付き合ってくれてるのだ。サポートしてくれるのはありがたいが、ずっとつきっきりでいてもらうのも申し訳ない。スキルの基本説明さえ終われば、少しは手が離せるのかも。
「自分のせいで遅れている」という状況を取り戻したくて、とりあえず頷いた。
それに……さっきの件、少し腹が立っているのも事実なのだ。
相手はNPCだし、あんまり気にはしないようにしていたが、これがもし普通の人間だとしたら。向こうからぶつかられていきなり胸ぐら掴まれれば、腹立たしい出来事ではある。
だから、そいつに――レスティにそっくりな顔してる癖に嫌なヤツに、何か仕返しが出来るなら。
想像すると、胸がすくような気がしてきた。
ちょっとやる気が回復する。
「――よし。じゃあ、とりあえずそれで行こう。まずは仲間にしなきゃいけないんだよな……」
どうすれば、と思った瞬間に斎藤さんの嬉しそうな声が返ってくる。
『ああ、そこのとこは私に任せてください。まずは、ゲーム内の時間が夜になるのを待ちましょう。ちょうど良く宿屋にいますし、そこのベッドで寝ててください。こっちで少し弄りますから、目を閉じてしばらくしたら夜になりますからね』
さっきのふかふかベッドに、今度こそ寝転がってて良いらしい。
嬉々として飛び込んで目を閉じると、手先と目を酷使したからか、慣れない環境で緊張していたからか、何となく眠気が押し寄せてきた。
「……あの、斎藤さん。これってこのまま寝たりとか……」
『ああ、いくら時間を進めるっていっても、2〜30分はかかりますから、その間うとうとしててもらって構いませんよ。良い頃合いになったらこちらから呼びかけて起こします』
ありがたいお言葉に深く感謝しつつ、柔らかいベッドに包まれて、夢の世界へと飛び立った。
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『――さん。……音瀬さん。起きてください、音瀬さん』
耳元で声をかけられて、はっと身体を起こす。
気が付けば、辺りは真っ暗になっていた。
「ごめん、随分寝過ごした?」
『いえ、こっちも作業してましたから。それでも30分やそこらですよ』
「何か、すっげぇ寝たような気がする」
『はは、そういうことってありますよね。……疲れは取れましたか?』
「ばっちり」
『じゃ、最後の一仕事、よろしくお願いします。これさえ終われば、家に帰って正真正銘ゆっくり休めますので』
「おう」
ベッドから降りたところで、斎藤さんの『いきますよー』という気の抜けた声が聞こえた。
『――【虚空の門の守り手よ 鍵持つ獣の名を問い ここに扉を開け 転移】――』
オレの周りを円柱状に光が囲み――眩しいと感じた次の瞬間には既に、オレが立ってるのは宿屋の一室じゃなかった。
どっちかというと、宿屋の方が高価な分、まだモノが多かったかも知れない。
広さはそう変わらないけど、この部屋にはベッドしかない。宿屋にはあった窓辺のカーテン、花瓶や花、壁にかかった微妙な絵画なんていう飾りもない。
だけど――開いたままの窓から差し込む月光は、それだけで十分この部屋を彩っていた。
真っ白な部屋の壁は、何で出来ているんだろう。コリナの町の煉瓦壁とは全然違う。ずいぶん高価そうな部屋だ。どっかで見たことがあるような気がするけれど……。
見回すまでもなく、室内の中央のベッドには、1人のエルフが横たわっていた。
眠る人影は見事な金髪を光に照らされて、まるで自分から輝いているようにさえ見える。起きている時は厳しく見える目元も、こうして眼を閉じていると愛らしさを感じた。白い柔らかそうなネグリジェを着て、ひっそりと横たわる姿は……美しいと言っても良いと思う。
ネグリジェの下の、黒のアンダーウェアが薄っすらと透けて見えているのだけが、個人的に興ざめな感じがした。……いや、ゲームだから良いんだけども。そういうゲームじゃないから、良いんだけども!
微かに眠り姫の呼吸音だけが響く中、唾を飲み込む自分の動きが妙に生々しい。
「……斎藤さん」
『はいはい、緊張しなくても大丈夫ですよ。事前にこの一帯に【眠り】の魔術かけておきましたから、誰も起きてきません』
「おお……!」
『さくさく終わらせて、早く帰りましょうね。さ、こちらで仲間設定するので、メインメニュー開いて準備してください』
「分かった」
指先を下ろしてメインメニューを開く。「装備」を選ぶ。
『【殉教の糸を切れ 汝、叛逆せし者よ ――絆の類】』
斎藤さんの詠唱とともに、身体の中を一瞬、電気のようなものが走る。
目の前のメニューで、オレ――「レイヤ」しかいない選択肢に、突如「アルセイス」が増えた。
何となくドキリとする。「アルセイス」を選んだ次の画面では、人形が今装備しているものを示している。「エルフのナイトウェア」「エルフのナイフ」……ああ、エルフなんだなぁ。
そして、その一画に「下着」欄もある。「デフォルトアンダーウェア」……なるほど、これが生まれた時から付けてる、ゲーム内のデフォルト設定の下着か。
『作った下着はアイテムに入ってますので、「下着」を選んでデフォルトアンダーウェアと付替えすれば終わりです』
「……ぅえ!? そ、そっち先にすんの?」
それでは、オレがあんなに一生懸命作った下着を着るのは、男性ということになりはしまいか。
さり気なく抵抗を示すと、斎藤さんのため息が聞こえてきた。
『……あー、じゃあ、先に性転換しましょうか。ちょっと待ってくださいね』
「ご、ごめん」
『いや……うーん、まあそういう気持ちの問題ってありますよね、何か』
そう、完全に気持ちの問題なのだが、ここはちょっと譲れないとこでもある。
斎藤さんのぱらぱらと何かをめくる音が聞こえてきた。
「何してんすか、斎藤さん?」
『いや、ちょっと珍しい魔術なんで魔術書を――』
「魔術書?」
『もとい、仕様書を……えーと、「アルセイス」のデータはどこだったかな。確かこの辺りに初期案だった女性バージョンのビジュアルが格納されてるんじゃなかったかなぁ……』
斎藤さんが言い間違えてる。ここまでオレをナビし続けてくれた頼りになる大人だけど、慌てるとこういう言い間違いもするんだなぁ。
何やら考えている様子を耳にしながら、手持ち無沙汰にベッドの上のアルセイスに少しだけ近付いてみる。
【眠り】をかけてくれてるらしいから、大丈夫だろう――と、思っていたのだが。
ベッドの脇に立ち少し腰を屈めて顔を近付けた瞬間、目の前で閉じられていた瞼が開き、青い瞳が露わになった。
一瞬、何があったのか分からなかったが、その光の粒を帯びた青がこちらを捕捉した瞬間――跳ねる野生動物のような勢いで、白い身体がオレに向かって飛び込んできた。
その手に握られているのは――エルフのナイフ!
「――やべっ!?」
『……え!? ちょ、ちょっと!』
斎藤さんの慌てた声が聞こえるが、返事をする間もない。両目を見開いたアルセイスに押し倒され、床に背中をぶつける。
オレの上に馬乗りになった彼の手が、高々とナイフを振りかぶった。




