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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第四章 She's Not Afraid
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15 それ以外の作品

 がちゃり、と音が響いた。

 扉にかけたつっかえ棒を満足げに見下ろしてから、アルセイスがこちらを向く。

 椅子に座ったままのオレを見て、微かに眉を上げた。


「これで良いな」

「あ、うん……」


 信じ切ってるまっさらな笑顔を見ると、それはまずい、とは言いかねた。

 この無垢な眼差しを裏切るようなことを誰が言えるだろうか。いや、言えない。少なくともオレには言えない。


「2人きりだ」

「う、うん……」

「誰も入ってこない。邪魔されない」

「あ、えーと……はい」


 アルの手がチュニックの襟元にかかる。

 待ってくれ、まだ心の準備が――その下はぱんつしか穿いてないだろ!?


「……脱いでも良いよな?」

「う……それは、あの――」

「脱ぐぞ」

「――は、はい!」


 オレは両手で顔を覆いながら答える。

 気付けば、勝手に背筋がぴーんと伸びている。

 自分の手で塞いだ視界の向こうで、ふぁさり、と衣ずれの音がした。見なくても分かる。床に布の落ちた音だ。


 続いて、すとととと、と軽い足音が近づいてくる。最後の足音の位置で、距離をどこまで詰められたのか理解した。

 至近距離で、アルセイスが囁く。


「……目、開けろ? こっち見て」

「うぅぅぅぅ、は、はいぃぃぃ……!」


 目の前に広がるのは白い肌――じゃなくて、白いキャミソールだ。

 白い……うん、白い。真っ白だ。肌色の透ける隙間がどこにもない。

 白くてすとーんとこう……ウエストのくびれとかない。

 肩紐だけは細いが、後ははすとーん。何の変哲もない白い布だ。裾も長いし、キャミソールと言うよりキャミワンピ……いやいや、タンクトップワンピか?


 結局、斎藤さん曰く露出度は下着ランジェリの強さと関係ないらしい。作った種類が物を言うとか。

 で、新しく腰紐を流水布に変えたぱんつを作ってみようとしたんだけど、流水布にはハサミを入れることが出来ないから、糸を紡いで布を作る時からサイズを指定して作るらしい。

 アルの腰回りぴったりに、なんて変なオーダーだったけど、ヘルガがうまいこと言ってお願いしてくれたので、ちょうど今フェアリー達が作ってくれている。


 それが出来上がるまでは新しいデザインのぱんつは試せないのでどうしようか、って考えた後に、作った下着ランジェリの種類が大事なら、ぱんつだけじゃなくてこういう方向もありじゃないかってことで、ここ数日はキャミソールを中心に作ってる。

 ヘルガという良い師匠もいることだし、布その他の材料にも事欠かない。

 とは言え、自国に戻った彼女はそれなりに忙しくて、日に1回顔を出してちょこちょことオレの作品を直してくくらいしかしてくれないんだけど。


 もともとアルの前面起伏が少なめであることや、作った布地が厚めであることが相まって、身体のラインは完全に隠されている。

 期待――いや、覚悟してたより全然エロくないので、オレは思わずまじまじとその姿を見てしまった。


 視線を向けられているアルの方も慣れたものだ。

 デフォルト下着アンダーウェアがなくなってからずっと、素肌に直接チュニックを着けていたためか、この程度では恥ずかしさゲージは上がらないらしい。


「どうだ?」


 得意げにオレの前でくるりと回る。

 遠心力と空気抵抗でキャミソール(仮)の裾が浮いたけれど、その下から見えるのは太もも丈のかぼちゃぱんつ。うん、エロくない。全体に、下着と言うよりパジャマか部屋着の印象だ。


「……オレより、アルは着心地どうなんだよ?」

「着心地は良いと思う。このまま外に出ても平気なくらいだ」

「いや、さすがにそれは……」


 確かにそんなにエロくはないが、それは下着だと思って見た場合にそうなのであって、普通にこれを着て外に出るのはちょっと薄着だろう。つるつるした膝とか、適度に柔らかそうな二の腕とか全開だし。

 ふいに手を上げたりすると脇の下や胸のラインとか見えちゃうし、かがむと胸元が覗き込めて――


「――ちょ、ストップ! 何でそんな本格的にしゃがんだり立ったり伸びをしたり――あっ、待て待て、背中をのけぞらせるな! み、み、見えるだろ!」

「何が?」

「おっ――いや、その……とりあえずほら、こっち向いて」


 首を傾げながら姿勢を戻したアルは、少し考えた後に呟いた。


「悪くないが、この上にチュニック着てベスト着てマント着けて――と考えると、ごわごわして動きにくそうだ」

「あっ……ああ。うん、そうですか……」


 少しがっかりした思いで、肩を落とした。

 わざと露出低めの方に振ってみたのだが、着ける方としてはあんまりらしい。


「……あと、この際だから言ってしまうが、あんまり可愛くないのが寂しい」

「か、可愛くない……」


 しばし迷うような沈黙の後に漏らされたアルの感想は、さすがに胸に刺さった。

 二度のダメ出しを受けて、慌ててその腰の部分の布を摘んでみせる。


「か、可愛くないとかそんな……あっ、ここ、この辺にドレープつけてみるか? 胸元にはフリル付けてレース飾ってさ、リボンも通して……」

「出来たものを見てみないと俺には分からない。やってみてくれ」


 気軽にそんなこと言われたので、思わず「あんた何も分かってないな!」って言い返したくなったけど、さすがにこれは言っちゃいけない言葉だ。

 出来上がるまで完成品のイメージが分かんないのは当たり前のことだし、この下着ランジェリがエロ――もとい、可愛くないのは事実なのだ。

 ぱんつと違って初めて作ったものだからデザインも練り込めてない。ダメなものはダメだ。

 3日間かけて作った試作品とは言え、その苦労に価値を認められるのは、それを作ったオレだけだから。


「……分かった。ごわごわしないように、もっと薄い布で作ってみようか。確か前に莉亜りあが雑誌見て『可愛い!』って言ってたヤツは、こう……胸の下できゅっと絞る感じだったから」

「ヘルガに頼めば流水布を編んでくれるだろ」

「いや、ここは装飾も含めてリボンでいこう。こういう感じで、この辺で……」


 言いながら、胸の下でドレープを寄せていく。

 アルの身体に刺さらないように慎重にマチ針を打って、イメージを形にしてみる。


「布が薄ければもっとふわっとするだろうし、あんたリボン好きだし。お揃いでこっちのカボチャぱんつにもリボン付ければきっと可愛くなる」


 余り布で簡易的に作った白いリボンを留め、一旦離れて全体を見回してから――ふと気付いた。

 何か今、めっちゃぺたぺた触ってドレープ作ったりリボンの位置を調整したりしてたんだけど、よく考えたらそのドレープの下には中身アルがある訳で。


「あっ、悪い。勝手に触って嫌だったか? もしや元の方がマシだとか……」

「いや、思いついたデザインを確かめていたんだろう。別に構わないが……」


 構わないと言いながらも、目を逸らされてる。

 そんな態度で否定されても、気になるばかりだ。


「いや、その……悪かったよ。これじゃ、あんま可愛くないかな?」

「そんなことない、触れば良い。それに可愛い……と思う。さっきよりはだいぶ」

「そ、そっか……」


 安心して、背中に回ってマチ針を打っていると、背後から盛大なため息が聞こえてきた。


「何と嘆かわしい。我が主ともあろうものが、こんな真っ昼間からいかがわしい行為を……」

「なっ……斎藤さん! 誰がいかがわしい行為してるって!?」

「えっ……ワンピースの裾をめくって手を入れ背中を撫で回すという行為がいかがわしくなければ一体なんだと……?」

「いや、オレはそんな――」


 言い返そうとして、冷静に今の状況を確認してみる。

 アルが着てるのは確かにワンピース様の下着ランジェリで、肌に針先が当たらないようにオレは裾から手を入れて布を支えてるし、針を打ってる姿は客観的に見れば撫で回してるようにも……?


「あっあああああ!? ご、ごめん! ごめん、アルっ!?」

「……いや。触るのは良いんだが、直接触られるとちょっと……さすがに」


 慌てて手を抜くと、何故か顔を赤くしたアルセイスは、こちらを見ないままオレから離れて距離を取った。

 斎藤さんが呆れたように首を振る。


「こんなことしてたら子どもができちゃいますよ、音瀬さん。まあ、我らの土地、魔王領ゲエンナの繁栄のためには子孫はたくさんいた方が良いのかもしれませんが……あっ、魔族である我が主とエルフの子どもって出来るんでしょうかね?」

「待って、ちょっと待って、一個ずつ説明して! そもそも、これで子ども出来るってどういうこ――痛っ!? 痛いよ、アルセイス!」

「お前、何でシトーにそれを聞くんだ。破廉恥だぞ!」

「ええっ聞くだけで破廉恥なの!? あんたこないだオレのこと信じてるって言ってなかったか?」

「お前が俺に何もしないことは信じてるが、物知らず故に気付かない内に誰かと子ども……作っちゃうかもとか、そういう不安は……不安は……」


 正面から張られた頬を押さえつつ言い返したけど、顔を赤くしたアルセイスはオレを睨み付けてぱくぱく口を開け閉めしてるだけで、一向に説明が始まらない。

 この場を混乱させた斎藤さんの方はと言うと、状況に気付いて楽しそうに「言おっかなー、言わないっかなー♪」とか適当に節つけて歌ってて全く頼りにならない。


 ちょ……オレはどういう地雷を踏んだんだ! 一体コレ、どういう倫理観なんだよ!?

 オレは何か謝るとか言い訳するとかした方が良さそうなんだけど、何がアルを怒らせてるのかすら分からないので、何を言うことも出来ない。


 どうすりゃ良いんだ、とわたわたしている間に、アルセイスは踵を返し足音荒く出入り口の扉の方へと向かった。扉の前でニヤニヤしていた斎藤さんの顔を拳で吹っ飛ばしてどかすと、くるりと振り向く。


「お前結局……誰でも良いんだな!」

「……へ?」


 何と答えたものか分からなくて、頬を押さえたままその後ろ姿を見送るしかない。

 アルも答えを待つつもりはないらしく、そのまま扉をくぐって走り去ってしまった。

 マチ針を打ったまんまの、白いワンピースの裾をひらひらさせながら。

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