12 信用なんて
ひとまず通されたのは、木組みの待合室みたいなとこだった。
案内のフェアリーが出て行って、ようやく人心地ついた。
斎藤さんが余計なこと言わないかとか、オレが変なこと考えてるのバレないかとかあわあわしてるのは心臓に悪い。
シンプルな作りの椅子なのに、腰かけると、見た目以上にクッションの感触が心地よかった。
周りを見渡すと、カーテンや壁にかかったタペストリー、床に敷かれた織物の絨毯などの布類はさすがのフェアリー製で手が込んだもののように見える。
川の上だし外から見てると湿気がこもってじめじめしてそうな気がしてたけど、表とほとんど変わらないくらい通気性が良い。ひんやりとした川の空気が頬を通り抜けていく。冬はむしろ寒いんじゃないだろうか。
尋ねると、ヘルガはこともない顔で答えてくれた。
「私達は寒さには強いから。冬のことなんて考えない」
「考えないのかよ」
「完全に考えなくはないけど、衣服で何とか出来るし」
例えば、と言いながら部屋の端にある飾り棚を指す。棚の中には色とりどりの端切れが陳列されていて、まるでショーケースみたいだ。
オレは背後に斎藤さんをくっつけて(勝手にオレの後をついてくるのだ)、棚の中を覗き込んだ。
ヘルガが一つ一つ布を指しながら説明してくれる。
「これは防水性が高いもの。こっちは風を通さない布。これは保温力に優れてて、こっちは肌触りが良い」
「へー」
「色んなものがあるのは分かりましたが、どうして布切れなんかを棚に飾るんですか?」
「あなた達は今、賓客用の客間にいるの。ここは、国外から来たお客さんにもてなし半分に見本を見せるための部屋」
なるほど、まるでじゃなくて本当にショーケースだったらしい。繊維製品と言えばまずティルナノーグだから、外からくるお客さんはそれ目当ての人が多いのかな。
ヘルガの隣で棚の中身をぼんやり眺めていると、横から指先で突かれた。
「ねぇレイヤ、あなたさっき、ぱんつの話してたでしょ」
「えっ!? しっ、してなっ」
「してたでしょ」
「……してた」
気恥ずかしくて一瞬否定しかけたが、そもそもヘルガも隣で聞いてたんだから、これ以上誤魔化しても無駄だ。大人しく認めると、ヘルガは頷いて布をいくつか指した。
「これとかこれとか、下着によく使われる布だから」
「そうなのか?」
「流水布の代わりにぱんつに使うと良いと思う」
「く、くれるの!?」
勢い込むオレを見て、こともなげに頷き返してくる。
「さっきの子も言ってたでしょ。王女を救ったんだから、褒美なんていくらでもねだれる。私も手伝ってあげるから、ここにいる間に新しいデザインで作ってみれば。あなたのぱんつで魔力が上がるなら、ラインライア王国に対しても有利になるし……」
それは、オレのぱんつが戦争で武器になるってことだ。
そこについての覚悟は今までしてなかったんだけど――
「……あ、ごめんなさい。あなたはそういうつもりはないんだっけ?」
オレの表情に気付いたヘルガが申し訳なさそうに言い添える。
が、斎藤さんの方は空気読まずにオレの肩を掴んだ。
「えっ!? そうなんですか、音瀬さん。もっとガンガン作ってばんばん配り回った方が良いですよ! 勇者を倒すには魔王さまの力をもっと取り戻さなきゃ無理ですし」
「言われなくても作るよ! そのつもりだ。莉亜を止めるには、止められるだけの力が必要なんだ……」
オレの答えにヘルガが目を丸くし、斎藤さんは満面の笑みを浮かべて両手を上げた。
「ええ、ええ! そうです、その調子! 作りましょう作りましょう、作って作って配りまくりましょう! ものすごい力になりますよ!」
自分で決めたことながら不安が拭えないのは、斎藤さんのこの言い様だ。この人が勧めることに良いことはない、っていう直感じみた思いが浮かんできそうになる。
ヘルガもそんな斎藤さんを不審の目で眺めてから、小声でオレに問いかけて来た。
「……良いの? この人の言うこと信じちゃって」
「信じてはないけど、ぱんつでみんなの魔力が上がってるのは事実だし」
「けど」
「それに、オレ……思い出さなきゃいけない気がするんだ。千年前に何があったのか」
あれ以来、魔王の気配はちらりとも戻らない。
何かきっかけがあれば良いのかも知れないけれど、何をきっかけにすれば良いのやら。
「あなた、魔王になる気? そんなの誰も――」
「――ああっ魔王さま、我が主よ! さすがです! そうです、その意気ですよ!」
じろりと睨み付けてくるヘルガを押しのけて、斎藤さんがオレの両手を握りしめた。
「そもそも音瀬さんは魔王さまの魂を継ぐもの。記憶を取り戻したところで別に他人になる訳でもなし、音瀬さんとしての記憶を失うこともありません。ただ――そう、忘れていたことを思い出すようなものですよ」
「その割にラインライアでのレイヤはレイヤとしての意識がなかったようだったけど」
「あれは不完全だったからですよ。完全に思い出せば、きっとそんなことはありません」
「きっと?」
曖昧な言葉に思わずツッコミを入れたが、斎藤さんは笑顔で頷いた。
「はい、きっと。多分。メイビーぱーはっぷすフィライヒト」
「ますます不安が募るだろ!」
「そうは言われても、私も魂を封印されたことはないですから、想像しか出来ません。私は異世界に飛ばされはしましたが、魔王さまや勇者のように封印はされてませんので、千年前からずっと私ですし。実際のところ、封印を解くと何が起きるのかは想像するしかないのです」
「なら何でそんな自信たっぷりに『大丈夫!』って言うんだよ!」
「やだなぁ、そう言わないと音瀬さんたら不安で躊躇っちゃうでしょう?」
「ちょうど今まさにめちゃくちゃ不安だわ!」
「でしょ、ほらね」
「ほらね、じゃなくて!」
怒り半分に声を上げる。
斎藤さんは薄ら笑いを浮かべて、肩を竦めた。
「音瀬さん、この件については私に何言っても無駄ですよ。分からないものは分からないんですし、そもそも私にはあなたに事実を告げる義務などない」
「いくらでも嘘をつくつもりだってことかよ」
「いいえ、問題は私ではない、あなたです」
「オレ?」
「私が何を言おうが、私の言葉をあなたに信じさせる証拠などない、と言ってるんですよ」
「オレが信じないのが悪いって言いたいのかよ」
「悪いかどうかは知りませんが、信じないでしょう? どうせ」
確かに笑っているはずなのに、斎藤さんの目にはどこか絶望の色が見える。
絶望? 諦め? ……いや、孤独か?
その視線の意味を図り損ねて、すぐに答えられなかった。いつだって冗談のように笑っている人だと思っていたから。
「あなたが信頼できる真実を知るには、魂の封印を解いて魔王さまの記憶を取り戻すしかない。淫欲の封印と魔王さまの封印は全く同じ、一つのものなのです。だから……あなたに出来ることは下着を作ることしかないんですよ、音瀬さん」
言い終わった時には斎藤さんはまたいつも通りの表情に戻っていて、オレはとりあえず頷くしかなかった。
ヘルガが横からオレにそっと耳打ちした。
「あんなこと言ってるけど……結局信用できない言動してるのはあっちなんだから、騙されない方が良いわよ」
「や、分かってるけどさ……」
「聞こえてますよ、お二方」
「ぴゃっ……」
慌ててオレの後ろに隠れるヘルガを庇いつつ、オレは布選びを再開したのだった。




