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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第四章 She's Not Afraid
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11 流水糸

「ヘルガ!」

「お父様……!」


 オレの横を駆け抜けたヘルガを抱き留めたのは、見事な七色の髭を生やした威厳のある男だった。フェアリー達の人垣の中央で娘の体をしっかりと抱きしめ、それからオレ達の方へ顔を向けると深く頷いた。

 瞳と同じ淡い桃色のマントにはびっしりと銀糸の刺繍。額に付けているのは、蝶をモチーフに虹水晶のはめこまれた繊細な細工のサークレット。ゲームのティルナノーグ王の装いは、代々受け継がれているらしい。彼が今代のティルナノーグ王なのだろう。

 ヘルガが戻ってきたとの報を聞いて、すぐに迎えに来てくれたようだ。王城まで行くまでもなく、川辺に着いたところで向こうからやってきた王の一団と行き合ったのだった。


「よくぞ我が娘の窮地を救ってくれた! 感謝するぞ、アルフヘイムのアルセイスよ」

「いえ、彼女を救出したのはこちらの人族――レイヤです。俺は偶然行き合っただけで」

「げぇっ!?」


 突然話を振られ、びっくりして変な声が出る。

 ティルナノーグ王の視線もアルから外れてこちらを見ている。感情の読めない桃色の瞳に向き合って、何を言おうかと必死に考えてみたが、どうすれば良いのかも分からない。

 慌てるオレとは反対に、ティルナノーグ王の方はしばし沈黙しただけで、すぐに堂々とした態度で頷いた。


「そうか、人族にも悪い者ばかりではないと言うことか……」

「そうですね。エルフやフェアリーにも稀に悪人はいる、と……それと同じようなものでしょう。だが、個としての人族とは別に、ラインライアは確実に悪の道へ足を踏み入れています」


 答えたアルセイスの声は、僅かに冷えた。

 その声でティルナノーグ王の方も察したらしい。頷き一つを返しておいて、周りを取り囲む人々へと視線を向ける。


「さあ、我が娘が無事手元に戻ったのだ。まずは娘を救ってくれた勇士方にお礼をせねば! 宴の準備をせよ、勇士にくつろいで頂ける部屋を用意せよ!」

「客室を準備させていただきます。皆様、こちらへどうぞ」


 近くにいたフェアリーの女性が1人進み出て、オレ達を導くように手を上げた。アルが後ろからオレの肩を叩く。


「お前の下僕しもべを連れて先に行ってろ。俺は少し王と話がある」

「レイヤ、行きましょう。私も一緒に行くから」


 ヘルガが駆け寄ってきて、オレの腕を取った。文句を言う間もなく、ヘルガに手を引かれて川の方へと向かう。オレの後ろから、黙って斎藤さんもついてきている。『お前(オレ)の下僕』って呼び方にもさして抵抗はないようだけど……どっちかと言うと、オレの方が何だか申し訳ない。別に斎藤さんはオレの部下じゃないからなぁ。

 多分、アルセイスは斎藤さんもオレと同じ人族なのかとか、そういう質問を避けるために言ってくれたんだろうけど。……斎藤さん、放っとくと余計なこと言いそうだし。釘さしとくか。


「あの、斎藤さん、あんたさ……」

「やー、離れ離れになっていた親子の再会シーン、感動的でしたねー。良かった良かった。さ、音瀬さん、行きましょう。私もティルナノーグがこんな風になっているとは、まさか思いもしませんでしたよ」

「その調子で何でもかんでもぺらぺら喋ると、レイヤまであなたと一緒に疑われるよ」


 オレより先にヘルガがびしっと言い放った。

 斎藤さんは笑ったままヘルガの方へ視線を向け――ちょ、ストップ。笑ってない、笑ってない。目が笑ってない。怖い。


「おや、まるで私が考えなしに思ったまんまを口にしているかのような言い草。すこーしばかり気に触りますねぇ」

「そ、そこまでは言ってないけど……」


 詰め寄られたヘルガも即座に矛を引いてオレの脇腹を盾にしている。

 可哀想な話なんだけど、どうもこのお姫様、ダニエルのとこにいる間に奴隷根性が芽生えてるんじゃないだろうか。強気に出てても脅されると反射的に引いちゃう系の。……いや、元からそういう性格なのかもだけどさ。


 いや、勿論オレも斎藤さんの怒りが怖いか怖くないかで言うと怖いんだけど。普通に大人の男の本気の圧力感じるし。大人気ない、と言いたいとこだけど、それ言うとますます怒らせそうだし。

 けど、この人放置しとく方がよっぽど怖くない?

 さりげなく足を踏み出して、斎藤さんの視線からヘルガを庇った。


「斎藤さんだってこっち来たばっかでまだ慣れてないだろ。気を付けてるつもりでも変わってることもあるかも知れないし、そもそもさ――」

「えー、そうですかね? 大丈夫だと思いますけど……そもそも何ですか?」

「――そもそも、あんたがその調子だとアルの方で自爆してまとめて危険物扱いになる可能性があるので、あんま刺激するようなことはやめてほしい」

「……あ、はい」


 大人しく斎藤さんが頷いたところで、先を行くフェアリーが川の上へと足を踏み出した。


「さあ、こちらです。皆さんもどうぞ」


 笑顔で呼んでくれるけど、ぱっと見、川に浮いてるようにしか見えない。目を凝らせば透明な糸は見えるけれど、それだってやっぱりすごい細いので、本当にこれに乗っても良いのか不安を感じる。


「……だ、大丈夫、だよな? 人族の身体は重すぎて糸が切れるとかないよな」

「大丈夫。これは流水糸っていうフェアリーだけが作ることのできる糸で編んだ布なの。物理攻撃に対しても丈夫だし魔力攻撃にも耐性があって、ほとんど永遠に切れることなんてない」

「へー……」


 永遠に、なんてすごい布だな。

 ますますぱんつの材料として気になってきた。


「こうして上に建材を乗っけても全然問題ないし、頻繁ではないけれど、ティルナノーグには以前サラマンダーが訪れたことだってあるの。重さに関して言うなら、彼らの方が太い尻尾と逞しい角の分、人族より重いはずでしょう?」


 サラマンダーは砂漠の国アルファディラに住む一族だ。人族よりもやや大柄で、恐竜のような尻尾や角、背中にトゲがあったりする。炎を魔力の元とする彼らにとっては、水の上に足を踏み出すなんて今のオレ達よりよほど怖かったと思うんだけど……。


「ほら、乗って」


 後ろからヘルガに押されて、こわごわ一歩乗せてみた。

 張られた布の上に乗った時のぐにゃりとする感触の他は、それ以上沈むこともない。弾力にやや乏しいトランポリンみたいな感じだろうか。バランスを取りながら両足で乗っかると、後ろからオレを追い越したヘルガが再び手を引いてくれた。


「どう? 平気でしょう」

「お、おう……ちょっと、慣れるまでは腰が引けそうだけど……」


 こうして体重かけて乗ってしまえば、もう怖いってことはないんだけど……純粋に歩きにくさは感じる。一歩ごとに沈む分、重心が揺れて落ち着かないのだ。不自由な体勢で振り向くと、斎藤さんもへっぴり腰でじりじりと歩いて追ってきていた。いや、人のことを笑える状況じゃない。多分、オレも似たような姿勢になってる。

 先を行くフェアリー2人は、そんなオレ達を見て苦笑を交わした。


「それにしても姫様、よう戻られました。人族の国ではさぞやお辛かったでしょう」

「ええ、人族達は水の清さに興味がないみたい。街中の水はどれも工場の排水で濁ってるし、そもそも私は屋敷の中に閉じ込められてた時間の方が長かったから……出される水も淀んでいるし、魔力がいつもかつかつだった」


 ヘルガが両手と羽を広げて、深く息を吸う。

 ふるふると震える羽が、少しずつ輝きを増しているような気がして、思わず目を瞬かせた。いや、見間違いじゃない。確かに羽が輝いている。

 斎藤さんが背後からへっぴり腰のまま近付いてきた。


「魔力が補充されたんでしょうね。ま、それでも我らに比べれば弱々しい羽虫のような種族ではありますが」

「だから、それを止めろって言ってるのに」

「音瀬さんしか聞いていないって分かってるから言ったんですよ。それよか、早めに座れるところに案内して貰えませんかねぇ」


 ぼやいた言葉はフェアリー達には聞こえなかったはずだけど、斎藤さんの表情でおおよそ察したらしい。同時にこちらを向いた2人が、顔を見合わせてから慌てて足を早めた。


「あ、こっちだから」

「お、おう……何かごめん」

「いいえ、私こそ申し訳ありません。我々にとってはこの歩き心地は快いものなので、お二方がそんな……苦労をして立っていらっしゃるのに気づかず」


 あ、斎藤さんの顔じゃなくて、オレ達の腰の引け具合を見て急いでくれたんだ。

 ありがたいような、情けないような。

 案内のフェアリーが場をとりなすような苦笑で尋ねてくる。


「あの、本当にすみません。すぐに着きますので。姫様の命の恩人ですもの、ぜひともその恩を返させて頂かねば。他にも何か私達に出来ることがありましたら、何でも言ってくださいませね」


 その言葉で、ふと思い当たったことがあった。

 そう、アルセイスのぱんつだ。


「あ、じゃあさ、一つお願いが……」

「あら、何でしょう」

「この、足元の布さ、これって洋服とか……そういうものの材料的な感じで提供して貰うことって出来ないかな?」

「洋服、ですか?」


 きょとんとした顔をされた。澄んだ桃色の瞳で見つめられ、思わず視線を逸らす。いや、本当に洋服の材料を集めてるんなら何の問題もない訳なんだけど……オレが集めてるのはぱんつの材料な訳で。


「あの、材料として提供するのは全く問題ないのですけれども」

「ほ、ほんと?」

「はい。ですが――」


 ちらりと足元を見て、フェアリーは困った顔をした。


「――この流水糸で編んだ布で洋服を作っても……服を着ていないように見えてしまうんじゃないでしょうか?」

「あっ……」


 途端に、完成形のぱんつが脳内に浮かんでしまったので、オレは慌てて口を閉じた。

 ごめんなさい。ごめんなさい、アルセイス。見てないです。そもそも見たことないので、本当のところこれが合ってるのかは分からないです。いや、ごめんなさい。想像とかもしてないです!

 顔を押さえてうずくまる。


 頼む、今オレの考えてる内容には、誰も気付かないでおいてくれ!

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