10 妖精の国
「見えるか、あれだ」
「……うーん、何かきらきら光ってるような」
アルと2人御者台に並んで、道の先、遥か向こうに目を凝らす。
薄茶けた一本道とその両側に続く緑の草地が広がっている。アルが言うには、道の先に目指す王都があるらしい。
さすがに斎藤さんを御者台に座らせっぱなしってのも悪いんだけど、アルセイスはオレと斎藤さんをひとところに長いこと置いておくのが心配らしいので、オレが幌の中にいると斎藤さんを入れてくれない。ってことで、今日はオレがこっちに座ってる。実際に手綱を取ってるのはアルなので、オレは御者台の重しくらいにしかなってないんだけど。
「あれだよ。あの枝の先……見えないか?」
アルは手綱を片手で操りながら、前方を指さして教えてくれる。けど、思い切り目を眇めて見てもオレにはよく分からない。微かに光っているような気もするけれど、水底の砂金みたいなもので、あると言われればあるようなレベル。どうやらエルフの目は、オレなんかよりもよっぽど良いらしい。
「いや……あー、やっぱダメだ。遠くが見える魔術とかないかな」
「お前な。そんな日常動作レベルで息をするように魔術を遣うのは魔族ぐらいだぞ」
呆れた声でアルは前を向いたまま手綱を引きかけ、そこでふと何かに気付いたような顔をした。
何に気付いたのか、一拍遅れてオレも気付いたので、誤魔化すように頭を掻いておく。
まあ……魔王だったらオレは人族じゃなくて魔族だよな。この世界の分類によれば。
その辺の話を、アルもどう切り出すか悩んでいるのだろう。
いや、オレの方も何て言えば良いのか悩ましい。
そもそもオレに魔王の記憶がないのが一番の問題だ。魔王がオレの身体を使ってた時の記憶はあるけれど、それはただそういうことがあったってだけで、千年前に何があったのかなんてことはほとんど分からない。案外、魔王本人も分かってないのかも。斎藤さんは勇者を悪しざまに言ってたけど、魔王はそんなこと口にしなかったし。
封印された時の記憶を失ってるのか、はたまた単純に知らないのか。細かいことは分かんない。
ただ、オレが魔王だった時。
アルに名前を呼ばれるまでオレは――誰かを必死に求めていたような気がする。
その誰か、に当てはまりそうな人は多分一人しかいなくて。
そしてそれは今隣に座っている、レスティ――
「お前に一応尋ねておくんだが」
「――おっ、は、はは、はい!」
思い切りよく吹っ切ったのは、いつものようにアルセイスの方が先だったらしい。
手綱の先を睨み付けたまま、言葉を続ける。
「……自分が魔王だからって、シトーの言うがままに魔王領ゲエンナへ向かうつもりじゃないよな?」
「ゲエンナ? いや、ないない。斎藤さんの期待は嬉し……くもないけど、それに応える義務もないし」
何だか変な言い回しになっているが、アルには過たず伝わったらしい。
なら良いが、と肩の力を抜いてから青い瞳でこちらを見る。
「新しく作ったの、まだ試してないしな」
「あ、うん……」
「露出を増やせば魔力が上がるって仮説についても、本当ならどの程度まで上がるのかもまだ試したいし」
「あ、ええ……はい。いや……はい」
「まだしばらくは、一緒にいれるならその方が良い」
「あっはい……そうですよね……」
上の空で答えつつ、頭の中では必死に型紙を考えてた。
作ったことないパターンだけど――やっぱ作らにゃいかんのか、露出度の高いヤツ。
いや、考えてみりゃそりゃそうだ。りぼんは確かに可愛いが、アルが見た目で騙される訳がない。
そうすると、今のオレが作れる一番露出度の高いぱんつって――多分、紐ぱんだろうか。紐ぱんって言っても、アルフヘイムにいた時に作ったアレじゃない。ただ単に紐で結ぶだけのヤツじゃなくてもっと……いや、紐ぱんってどこまで紐にしても大丈夫なんだ? ああ、何でオレはあっちの世界にいた間にもっとぱんつの観察しとかなかったんだろう! まさかこんなことになるとは……!
何かそんなことをぐるぐる考えて必死に頭の中をまとめつつ、しかしこういうのって普通は男が穿かせたがったとこを、「バカじゃないの」とか一笑に付されるのがお約束なんじゃないのか、とか余計なことを考えたりしながら、オレ達はティルナノーグへと向かうのだった。
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「ありゃ……あんたは、アルフヘイムの」
御者台のアルセイスに気付いて、道の端から男が一人寄ってきた。どうやらアルの顔見知りらしい。アルはヘルガとも以前から知り合いだったみたいだし、ティルナノーグにも来たことがあるのかも知れない。
「久しぶりだな。ティルナノーグ王はご健勝か?」
「お身体は元気だが、何せ一人娘の姫がねぇ。アルフヘイムに噂は入ってないかい? ヘルガ姫のことなんだが……」
「ああ、そのことなんだが……」
アルセイスが台を下り、透明な羽を悲し気に震わせる男と本格的に話し込み始めたのを横目に、オレは前方に広がる絶景に見入った。
ここまでくれば、さすがのオレにもティルナノーグの都がはっきり見える。
遠くで見た時きらきら光ってたのは、川の水だ。ティルナノーグは川辺――というか、水面上にある都だった。
川の上、数mくらいのところに、ゆったりと風に揺れる藁葺のような家が幾つも浮かんでいる。フェアリー達はその間を歩いてるように見えるんだけど……あれは本当に歩いてるんだろうか。それとも、フェアリー族お得意の魔術――【力場の固定】によるものか。
ゲームでは確か川のほとりだったけれど、千年で変わったのかなぁ。
案外、ゲームの方は斎藤さんが作った設定なのかも。画面表示が面倒なんで、とかありそうな――
「うわー、水面生活とかヤバいですね、ねっ音瀬さん」
「お、おおおうっ!?」
突然横から声をかけられて、慌てて振り向いた。斎藤さんが横から御者台に腕をかけ、こちらに身を乗り出し話しかけてくる。
「あれほら、見えます? 川の上に糸張って、その上に木組みで家を作ってるみたいですよ」
「糸?」
「ええ、土台のところ――水面の上に透明な糸で橋をかけてるの、見えないですか?」
どうやら、キラキラしてるのは水面だけじゃなかったらしい。水面上の反射に紛れているけれど、目を凝らすと確かに建物の下、フェアリー達の足元が微妙に光っている。
「私が向こうの世界に封印される前から、フェアリーと言えば繊維製品一般で右に出る種族はないってくらいでしたけれど……どうやら千年の間にますますの発展を遂げたようですねぇ。まさか町一つを浮かしてしまえる繊維があるとは」
「あ、じゃあ斎藤さんが知ってるティルナノーグはこんなじゃなかったのか」
「私のいた頃は普通に川辺に建物が並んでいただけですよ。音瀬さんもゲームの中で見たでしょう?」
「あっ、うん……」
疑っていたとは言いづらい。
答えに詰まっている内に、背後でわっと歓声が上がった。
「――姫だ!」
「おお、何と!」
「姫、ご無事で……!」
「皆心配かけたね」
幌から出て来たヘルガを見て、最初の男以外にもフェアリーが集まってきたようだ。横でアルがフェアリー達に経緯を説明している。
黙ってそっちを眺めていると、アルの方でも気付いてこちらをきっと一睨みして来た。
「おお、怖い怖い。私が魔王さまの横にいると、すぐにああやって睨み付けてくるんだから、女の嫉妬は恐ろしい」
「いや、アルをそういう風に女の子扱いするのはどうかと思う」
「おや、音瀬さんにとってはアレは女じゃないと?」
「いやいやいや、だからそういう……ああもうっ! やめろよな、からかうの」
にやにやしている斎藤さんを怒鳴り付けておいてから、オレも御者台を下りる。
あの糸を使って作った布ってどんなものだろう、なんて思いつつ――さあ、次のぱんつを作らねば。




