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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第四章 She's Not Afraid
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9 呉越同舟

「今日はここまでだな」


 ぼす、と外から幌を叩く音がした。

 ヘルガとオレは縫っていたぱんつから目を上げ、顔を見合わせた。先に立ち上がって馬車を降りるヘルガの背中を見送ってから、オレも幌の外へ顔を出す。

 アルセイスに「お前は心配だから」と言われて半日幌の中で揺られていたから、座りっぱなしだったケツが痛い。心配の理由が気を失ってたことだったら良いんだけど……オレ、まだ庇護対象なのかな。魔王なのに。


 やや日の陰った表の風は爽やかだ。思わず深呼吸を一つ、横で待っていたアルが珍しく頬を緩めて何かを言おうと口を開いた――瞬間に、その後ろから斎藤さんが近付いてくるのが見えた。


「あっ音瀬さん、一日ぶりですね! 無事に意識を取り戻されたようで何より! いやぁ、まさか馬車も旅の積荷も用意した功労者が、一日中御者席に座らされているとは思いもよりませんでしたよ!」

「おっ、おう……えっと……」


 答えに詰まる。

 事実は事実なんだろうけど、それは明らかにアルに向けた皮肉な訳で。

 そんな言葉を聞けば、アルセイスの機嫌が急降下するのは当たり前な訳で。

 想像通りみるみる眉間に皺の寄る表情を見て、オレは慌てて馬車から飛び降り、2人の間に割り込んだ。


「あれから2人で馬の操縦しててくれたんだよな。2人ともお疲れ様!」

「あっはっは、いやあ、音瀬さんのためでしたらこれくらいは何と言うこともありませんとも。むしろ、御者台は私一人でも良かったのですが」

「行き先をお前一人に任せられる訳がない」

「では幌の中に入れてくだされば良いのに」

「お前をレイヤに近付けると何を言い出すか分からない」


 ……うわあ、険悪。どうやら半日2人きりでいたことは、完全に悪い方向に働いたらしい。

 慇懃無礼な笑顔の斎藤さんと、あからさまに不信の態度を崩さないアルセイス。

 どうやって仲を取り持とうかとハラハラしている間に、横で見ていたヘルガがため息をついてアルの肩を引いた。


「ね、ラインライアの国境も超えたし、暗くなる前に獣よけに火を焚いてくれる?」

「……ああ、そうだな」


 最後の一睨みを残して、アルが背を向ける。

 それを追いかけて斎藤さんが嫌味を飛ばそうとするのは、オレがその腕を掴んで止めた。


「斎藤さんが荷物の準備してくれたんだろっ! 晩飯になりそうなもんは何かあるの?」

「ええ、もうそれは! 偉大なる魔王さまの晩餐に相応しい……とはさすがにいきませんが、そこは何かと不自由な旅の面白みだと思ってお許しくださいませ」

「いや、そりゃ許すも許さないもないよ。ありがとう」


 そもそも、他種族を蔑視するラインライアで、人族ではないアルもヘルガも自由に動くことは出来なかったはずだ。斎藤さんも鳥魔ジーズも、黒い瞳に黒髪で人族と見た目はほぼ同じなので、買い物とか出来たんだと思う。……あ、前にアルフヘイムの森で対峙した海魔レヴィもそう言えば髪と瞳は黒だったなぁ。腰から下は蛇だったけど。あれ、出し入れ可能なのかな、ジーズの羽みたいに。


「まあ、【転移(ゲート・オン)】で今すぐ晩餐を取りに戻ってもよろしいんですけども」

「いや、いくら魔族っつったって魔力も無尽蔵じゃないだろ。道中で何があるか分からないし、温存しといた方が良いに決まってる。そのために事前に買い集めてくれたんだから、素直にそれを食べよう。馬車の中だよな、どこにある?」

「ああっ魔王さまったら相変わらずのお気遣い! すぐ取ってきますので少々お待ちください」


 もぞもぞと幌の中を漁った斎藤さんが、両手に瓶詰めやらパンやらを両手にどっさり抱えて降りてくる。

 その量を見た瞬間に、ふと不安になった。斎藤さんが素直に買い物なんてするだろうか。馬車だって、さらっと「用意した」とか言ってたけど、馬も馬車も結構な値が張るものじゃないだろうか、普通。


「さて、出来合いですが晩餐といたしましょうか」

「うん……あのさ、その前に聞きたいんだけど」

「何でしょう」

「斎藤さんもオレと一緒にこっちの世界に戻ってきたんだよな。こんなにいっぱい買うお金ってどっから出てきたの……?」


 まさか、罪もないラインライアの一般市民から略奪とかしてないだろうな。

 ラインライアの人々に対しては全般的にあんまり良い印象がないのは確かだが、だからって強盗はあんまり許容できない。それじゃ、斎藤さんの言ってた魔王は本当は良いヤツ(?)っていう話よりも、魔族=悪っていう今の人々の見解の方が正しいってことになるじゃないか。


「魔王さまは本当にお優しい。見知らぬ異国の者にすらその御心を砕かれるのですね……」

「いや、普通に心配だろ、これ」

「まあ、でも大丈夫です。こちらの元になるお金については、最初にジーズと会った時に融通してもらったものなので」

「ジーズが……?」


 莉亜りあ達はオレをラインライアから追い出したがっていたから、そのために先行投資したってことだろうか。もしもあそこでアルと会えないままだったなら、きっと斎藤さんの言うがままヘルガを連れてラインライアを出ていたのだろう。その場合、オレはあの魔王モードのままだったに違いない。

 斎藤さん――はもう良いとして、何で莉亜やジーズがオレに魔王の記憶を取り戻させようとするのか、世界を滅ぼしたいなんて言ってたけど……。


「いやだなぁ、音瀬さん。怖い顔してますよ。ジーズは――魔族三将軍は確かに魔王さまから離反した裏切り者ですが、お金に罪はありません。使えるものは親でも使え、利用出来る間は良い道具ですよ」


 にこにこしながら肩を叩かれたけど、どこにも笑い返す要素がなくて困る。

 魔王は何でこの人を片腕として重用してたんだろう……。


「レイヤ! 火の準備が出来たよ!」


 向こうからヘルガが呼んでくれたので、これ幸いとそちらへ向かうことにした。

 徐々に暗くなる周囲の中で、アルの傍で煌々と燃える焚き火はよく目立つ。


「目立っても大丈夫かな?」

「追手がかかっている訳じゃなし、ティルナノーグの領土で誰に何を気にすることもないだろう。シトーの話では、お前らを追ってきそうな――ダニエルだったか。彼はしばらくそれどころじゃなさそうだし、そもそもラインライアの国境を越えてまで追ってくるとも思えない。ヘルガがいるからには、むしろティルナノーグのフェアリー達に見付けて貰えれば良いんだが」


 まず無理だろうな、とぼやいてから、アルセイスはオレの後ろに目を向けた。


「……一応確認しておくが、一服盛ってその隙に魔王を連れ去ろうなんてことは考えてないだろうな」

「あはっ、大事な大事な魔王さまにそんなことする訳ないじゃないですか。出来うる限り栄養バランスまで計算してご用意いたしましたとも。……まあ、あなたの食べる物にまで何も混ぜないとは誓えませんけど」

「なるほど、上等だ。俺やヘルガは自分で――」

「――斎藤さん! アル達の分がないって言うなら、オレも食べないからな!」

「いやいや、音瀬さん。冗談ですよ、ただの冗談。なーんにも混ざってませんよ。どうしてもご不安なら私が毒味いたしましょう」


 慌てて両手を振る斎藤さんを、アルとヘルガが疑いの目で眺めている。

 何なんだ、この仲の悪いパーティは……。

 頭を抱えるオレを置いといて、斎藤さんはてきぱきと飯の準備を始めるのだった。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「……そこは袋縫いの方が良いと思うの」

「ごわごわしないかな?」

「これくらいの生地ならね。逆にほつれちゃう方が心配」


 馬車の続きで火の傍でちくちくとぱんつを縫い進めるオレを、横からヘルガが監督として指導する。

 そんなオレの手元を、アルセイスがじっと見つめている。


「どした、アル?」

「リボンが付いてる」


 今縫ってるぱんつは、ダニエルのところでヘルガと2人で作った改良版。魔力向上に最も関わっているだろう露出度としてはそんなに高くないが、穿き心地は多分最上。ついでに見た目も愛らしいという素敵な一品だ。


「うん、どうかな、これ」

「……良いと思う」


 微かに目元が緩んだので、作ってたオレも何だか嬉しくなった。

 多分好きだと思ったんだ、こういうの。


 そう言えば、ダニエルんとこでぱんつ作ってるとき、ずっとアルのこと考えてたんだった。アルだったらリボンとかきっと喜ぶだろうな、とかそんな程度の……大したことない、ささやかな想像だけど。自分の意思を無視して何かを強制されるのが、あんなに辛いとは思わなかった。ついでに、そういう時でもいつかアルを喜ばせるんだって思ったらちょっとだけ気が楽になるのも。

 実際に目の前で見てると、思ってた以上にその笑顔が嬉しいのも。

 火を囲んでほのぼのとした空気が流れる中、背後から低い声が恨めしそうに響く。


「ねえ、音瀬さん、そのぱんつって男性用はないんでしょーか……」

「……いや、待って」


 待って、ストップ、あんた何言ってるの。


「斎藤さんさ、オレが作ったぱんつとか穿きたいの?」

「誰が作ったとか関係なくぱんつは穿きたいです。一応、こないだまでは発展した社会に適応してたので。こっちの世界に戻れたことは嬉しいんですけど、ぱんつないのはちょっと困りますよね」

「あ、そう……」

「まあ、それはそれとしてもちろん魔王さまの手による品物というのには格別の価値があるのでそういうものは全て私のものとしたい気持ちがある訳ですがそこは空気を読んで自分専用の物を作って貰う辺りのことで妥協したいと思ったり」

「……あ、そう……」


 いや、オレはオレの分とかアルフヘイム王の分とかも作ってるから、男物も作れなくはない。ってか作れる。そっちの方が気兼ねなく作れる。

 ただ、何となく、斎藤さんに穿かせるっていうのが嫌なだけで。


「だめですか、音瀬さん……?」

「いや、その……だ、だめです」

「どうしてもですか?」

「どうしてもってか……いや、あの……」

「分かった。じゃあ、シトーの分は私が作れば問題ないわ」


 ぽん、と手を打ったヘルガを、斎藤さんはあんまり気乗りしない顔で眺めた。


「はあ、ええ……まあ、ないよりはマシなんですけども」

「ラインライアなら売ってたのに、何で買って来なかったんだ、お前」


 そう、ラインライアでは勇者の力で(?)淫欲ぱんつが解放されているのだ。

 残念ながらオレはダニエル商会に監禁されてたので街中を眺めたりは出来なかったが、多分ぱんつは市販されてるんだと思う。アルは王都をぶらついたりしてたから、知ってるんだろう。

 斎藤さんはため息をついて、誰にともなく呟く。


「そのぱんつって、やっぱり愛の証的な何かがあるんでしょうかね。美少女に対してしか作らないとか? もしもそうなら、私もレスティキ・ファのように魔術で性転換したら作って貰える……?」

「俺はぱんつ目当てでこうなってるんじゃない」

「アルを戻せないってことは、斎藤さんも女の子になったら戻れないんだから、気を付けてくれよ」


 まあ、何に気を付ければ良いのかは分からないけど。

 ぶつぶつと何やら考え込んでる斎藤さんをよそに、オレは針を動かし続ける。そう言えば、アルを女の子にした時の斎藤さんのしてやった感とか、思い返せばあの頃からこの2人は仲が悪かったんだな、って思い出しつつ。

 とりあえず、朝起きたら目の前にメガネの美少女が嬉しそうに「魔王さまー!」とか呼んできたら嫌だなってか困るなって思ったので、これを縫い終わったら男物のぱんつも作っておこうとは考えたのだった。

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