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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第四章 She's Not Afraid
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7 世界への憎悪

 ジーズが馴れ馴れしくオレの肩に手を回してくる。

 払いのける間もなく、莉亜りあの前の長椅子に並んで腰掛けさせられた。


「とりあえずさ、落ち着いて座ろうぜ。おれもあるじも、あんたに危害を加えるつもりがないってのは本当だから」

「……信じられるかっ」


 魔族のはずのジーズが、なぜ莉亜を主と呼ぶのか。

 それに、ジーズ自身を置いておいても、莉亜のことも信用出来ない。こんな風に思うことはとても悔しいけど。

 妹を――自分より小さくてか弱い存在を、ずっと守らなきゃいけないと思ってた相手を、泣かせたくない。ワガママでぐーたらで底意地の悪い妹だけど、オレの妹だ――妹だった、はずなんだ。


 莉亜の方はそんなオレの思いを知ってか知らずか、呑気に笑っている。


「おにいはさ、今、あたしの思惑とか一生懸命考えてるんだと思うんだけどさ」

「まあな……お前は次から次へと嫌なタイミングでばっか出てくる」

「うんうん、分かる。人のこと信用できないって大変だよね。でもさ、あたしにも事情があるのよ。勇者さまだからね、やらなきゃいけないことがあって」

「お前、本当に勇者なのか? 本当にオレの――」


 ――オレの、敵なのか?

 口にしなかった思いは、それでも莉亜に伝わったようだった。

 呆れるくらいさっぱりとした顔で、莉亜が笑う。


「お兄はさ、あたしとシトーとどっちを信じるの?」

「どっちって」

「何でシトーのこと信じれると思ってるの? だって、シトーだって最後は魔王を裏切ったのに」

「えっ……いや、別に信じてる訳じゃ……」

「ま、あたしが勇者でお兄が魔王なら、信じても信じなくても一緒だけどね」

「じゃあ、やっぱりお前は――オレとお前は、敵対しなきゃいけないってのか」

「ある意味そうだよ。千年前も、今もね」

()って――!?」


 思わず立ち上がりかけたオレを、横からジーズが分かった風に肩を押して座らせる。


「ま、それは良いじゃん、今は。あるじもさ、疑心暗鬼で困ってるお兄ちゃんをからかうの良くないぜ。そんなことよりお願いがあるんだろ」


 力任せで座らせられてジーズを睨み付けたが、オレの視線なんてどこ吹く風だ。


 莉亜の話をもっと聞きたい。過去なんかじゃない、今の話を。

 だけど、聞いてもどうせまともな答えは返ってこないことも分かってた。最初から莉亜は何故か、オレに本当のことを隠したがっていた。本当のことを言わずオレをこの世界に行かせ、本当のことを言わずオレにぱんつを作らせた。

 妹なのに。莉亜はオレの妹なのに、妹の言葉をもう信じられない。


 緑のリボンで高く結んだツインテールも、つり目気味の黒い瞳も、何も変わってないのに。

 オレ達が敵だと言うなら、莉亜はいつからそれを知っていた?

 まさか、最初から……。


 オレの視線を受けて、莉亜は長椅子の上で足を組み直した。


「ね、お兄が落ちてきたここ、どこだと思う?」

「どこって……宿から落ちてきたんだから、宿の地下じゃないのか?」

「んな訳ないでしょ。町のど真ん中にこんな地下宮殿あったら怖いわ」

「じゃあ、どこなんだよ」

「ここはね、ラインライア王宮の一画にある勇者を祀る神殿。地下じゃないわよ、お兄がちょっと上の方に転移しただけ」

「神殿? 転移? 何で勇者が神殿に祀られるんだよ。……いや待て、そんな神殿、ゲームで見たことないぞ」


 改めて辺りを見回すと、確かに仰々しい柱の様子は、神殿とかそういう宗教施設だとしてもおかしくない。座ってる長椅子も飾りが多くて、蔦みたいな文様があちこちに刻まれている。長椅子じゃなくて、宗教儀式に使う台のようなものなのだろうか。


「だからさ、ゲームのラン・ジェ・リは千年前の出来事を元にシトーが作ったお話だってば。ま、ある意味この神殿も同じようなものよ。千年前の勇者の偉業を讃えて、人族達が作ったものなんだから。千年前のお話(ゲーム)に出てこないのは当たり前……ね、筋は通ってるでしょ?」

「勇者の偉業って……つまり、ここはお前を祀る場所ってことか?」

「そういうこと。だからあたしはここを拠点に色々頑張ってるってわけ」

「色々って……」

「ラインライア王からも、ここはあたしの自由にして良いって言われてるしね。王家からあたしが大事にされてる……っていうのは、もう知ってるか」

「こないだお前が、ダニエルんとこにぱんつ作りに来たときにな」


 あのとき、王族と取引があるというダニエルですら、莉亜の行動には口を出せない様子を見せていた。ぱっと見ただの小娘なのに。勇者として認められるっていうのは、それほどの権力らしい。


「あー……うん、お兄の作ったぱんつはもうどうでも良いんだけどね。そんなこんなで、あたしはほら、もともと人族出身の勇者だし。ラインライア王家はあたしの末裔だから、今後も末永く繁栄させてあげたいんだよね」

「何だそれ、嘘っぽいなぁ……」

「いやいや、ほんとほんと。でもほら、お兄は別に魔族に対する親近感とかはないんでしょ? 子孫でもないし、シトーのこともそんなに信じてる訳じゃないんでしょ? 本当は早く海魔レヴィのとこに行って、聖槍リガルレイアを取り戻したいんでしょ? ここにお兄がいるのは、偶然、ダニエルの部下に巻き込まれただけなんでしょ?」

「まあ……そう言われりゃそうだけど」


 確かにオレがここにいるのは成り行きだ。

 斎藤さんからあなたが魔王だなんて言われても、オレにはそんな自覚はない。微かにおかしな記憶はあるが、斎藤さん自体が手放しに信じられる相手じゃない。

 オレが魔王の生まれ変わりだってのが真実だったとしても、別に斎藤さんの望む通りに世界に復讐しなきゃいけない訳でもないだろう。

 どっちかと言うと、クラーケンにぬるぬるにされたり、海魔レヴィにボコボコにされたりした記憶はあるので、敵対していると言った方が良い。


 ……あれ? オレ、じゃあどうすんだよ。


「じゃあさ、ラインライアからは手を引きなよ。帰してあげることは出来ないけど、ここはこれから危なくなるからね。離れておいた方が良いもの。お兄にとってどうせここはただの道の途中、ちょっとした寄り道でしょ?」

「え?」

「丁度、レスティとも合流出来たとこでしょ。本当はレスティをお兄に預けておくのはちょっと心配なんだけど、あたしは一緒に行けないからね、仕方ない。ここは大盤振る舞いで彼女も一緒に転移魔法で国境へ送ってあげる」

「ほ、ほんとか……? それなら何の問題も――」


 それは、とてもありがたい申し出……の、はずだ。

 少なくとも、一瞬そう思ったのは確かだった。

 だって、オレは別に勇者じゃない。斎藤さんの言うように「勇者」としての地位を取り戻したいなんて、全くそんなつもりはない。そもそもが小市民なのだ。ただの普通の男子高校生だ。

 オレの目的と言ったら目下、アルがこんなことになってる責任を取ることくらい。別にこの世界の平和なんてのも、千年前のやり直しなんてのも興味がない。

 海魔レヴィから聖槍リガルレイアを取り返して、アルの身体を元に戻せさえしたら、気になることも何にもない。状況を、オレが来る前に戻す、それだけで良い。

 別に、人族達ラインライアが世界制覇を目論んでようが、莉亜がそれに与してようが、何の問題も――


「何の問題も――ない、訳がないだろ、バカ!」


 怒鳴り付けると、心底びっくりした顔で、莉亜が黒い目を見開いた。


「ちょっ何でよ!? お兄にこんなとこで死んでほしくないって、妹の思いやりじゃない! 素直に受け取りなさいよ!」

「何でじゃない! オレはお前の兄なんだぞ。お前がおかしなこと企んでたら、止めるのがオレの仕事だ!」


 人族達ラインライアがどんな問題を起こそうが知りゃしない。

 だけど――それに、莉亜が絡んでるなら話は別だ。


 睨み付けたオレの前で、莉亜の顔が、くしゃりと歪んだ。

 泣き顔みたいな、奇妙に歪んだ笑顔で。


「何よ、それ」

「何じゃない、兄だ。そうだろ」

「……あたしのことなんて何も知らない癖に」

「どんな世界にいたって、お前はオレの妹だろ。それだけ知ってれば十分だ」


 莉亜を信用なんてしない。

 だって、昔っからこいつは悪戯好きで、人を騙して陥れては喜ぶような性根の悪いヤツだ。

 だけど――昔っから莉亜がオレの妹だってことだって変わりない。


「……あたしが勇者で、お兄は魔王だって言ってるのに?」

「ああ」

「記憶のないお兄をこの世界に巻き込んだのは、あたしとシトーのワガママなのに?」

「そんなの最初から分かってるよ」

「あたしの望みは、本当は……この世界を壊すことなのに?」


 やっぱさっきの自分の末裔が云々とか言うのは、ありゃ嘘か。まあ、嘘っぽいとは思ってた。

 だけど、その望みが別の望みであっても、オレにとっては何の問題もない。考えるまでもなく、即答した。


「お前がワガママでぐーたらで底意地が悪いことなんて、全部知り尽くしてるんだよ。いつだってそうだろ、お前のワガママを止めるのが兄貴オレの仕事だったし――これからもそうだ」


 胸を張って見せてから、まああんま止めきれてないけどな、と心の中だけでツッコミを入れておく。

 オレの他に、そのツッコミを入れるヤツがこの場にいなかったのは大いなる幸いである。


 莉亜がうなだれたように首を下げた。

 横に座っている鳥魔ジーズが、やれやれとでも言いたげに首を振る。


「どうやら我が主は失敗したみたいだな」


 こりゃ強制的に移動させるしかない、と独り言のように呟かれて、思わず立ち上がって身構える。


「何だと!?」

「ま、これが心配だったから、おれがここにいるってこと。あ、大丈夫だって。あんたを今ここで殺すつもりはない。まだ、やって貰わなきゃいけないことがたっぷりあるんだよ」

「また、アルに手を出すつもりか……?」


 飛び掛かれるように体勢を整えながら、じりじりと後ろに下がる。

 ジーズは苦笑しながら首を振った。


「もう、会っちまったからな、これから引き離しても遅いだろ。シトーから聞かなかったのか? アルシアちゃんと会わせると()()()()()かも知れないってあいつが言うからさ、一時的に手を組んだワケ。実際、今のあんたはもう魔王バアルの記憶を失ってる。おれ達にはあっちのあんたが必要なんだよなぁ」

「何を勝手なことを――待て。オレにやらせたいことってそれか? 魔王バアルを復活させるってこと……?」

「――うるさいっ!」


 叫んだのは、莉亜だった。

 心底イライラした時の癖で、頭をばりばり掻きむしりながら、床を睨みつけて叫んでいる。


「うるさいのよ……何よ、何よ! 何でお兄ってそうなの。元から全部お兄のせいなのに。今になってそんなこと言ったって、許せる訳なんてないもの。何もかも全部、千年前に終わってるのよ!」


 叫びながらぐらぐらと揺れる莉亜の身体に、流れるように立ち上がったジーズの腕が添った。

 その動きがあまりに自然だったから、黙って見守ってしまったが――ちょっと待て、お前、オレの妹の身体に何触ってやがる!?


「さて、お兄ちゃん? 我が主はお疲れのようだ。あんたがそうやって勝手に敵愾心を煽って、おれ達に敵対してくれるならむしろ助かるが――」

「おい、お前がオレのことお兄ちゃんって呼ぶのは――ん? 待て、()()()ってどういう意味だよ」

「――やめてって言ってるでしょ!」


 駄々っ子のような莉亜の声にも、ジーズは首を竦めて見せるだけだ。


「考えてもみな。今のあんたじゃラインライアの進撃は止められねぇぞ。頼りの綱はシトーか? だがあいつのこと、本当に信じられるのか? そもそも今だって、あいつは向かってくる人族を撃退するだけで精一杯だ。あんな至近距離で発動させたおれの転移魔術すら気付けやしねぇんだぜ。かつて魔王の右腕と呼ばれた往年の大魔族が、見る影もねぇ。これじゃこのままここにいても、あんたに出来ることなんかねぇよなぁ。大人しくぱんつ作って、もうちょい頑張れや」

「ぱ、ぱんつ作れってあんた――あ、いや、これはオレと莉亜の問題だ。お前には関係ないだろ」


 ふっと笑ったジーズの腕の中で、莉亜が微かに首を振る。

 ジーズはオレにも莉亜の様子にも気づかぬフリで、言葉を続けた。


「ところがどっこい、おれも関係者だ。むしろ世界の滅亡すら主の目的にあるって言ってるのに、これはあくまでただの兄妹喧嘩だなんて言ってるあんたの方が視野が狭過ぎる」


 馬鹿にする口調で正論を吐かれた。苛立ちを込めて睨み返す。


「じゃああんたは、何で莉亜に肩入れしてる? 何のためにここにいるんだ。いくら魔族三将軍だって、世界が滅亡すればただじゃ済まないぞ。ここでラインライアの横暴を止めなきゃ――」

「おれが手を組んでんのはラインライアじゃない。我が主の希望こそ我が望み」


 ばちり、と下手くそなウィンクを一つかますと、ジーズは正面からオレの顔の前に手を翳す。


「そんなに目的はずれてないんだ。魔族三将軍おれたちもまた、この世界に恨みを持つ者なんでね――セット、全詠唱破棄カット転移(ゲート・オン)】!」


 長椅子が突然液体になったみたく、沈んでたオレのケツが更に沈んだ。

 とぷん、と落ちる感覚で慌てて上に手を伸ばす。

 藻掻くその手は何に当たることもなく、そのまま視界は暗闇に沈み――周囲が明るくなった瞬間に、落っこちた身体がケツから下へぶつかった。


「――おわっ!?」

「あぶな――おいっ!」


 真下から怒声が聞こえてくる。落ちてきたまんま、背中を下に半分ひっくり返った体勢から身を起こそうと後ろに手を突いて――突いた手が柔らかいものを掴んだ。


「――ひぁんっ!?」


 さっきと全く同じ声が、今度は聞いたことないよな甲高くて頼りない声を上げている。

 その声の調子で、今自分の手のひらの中にあるものが何なのか薄々気付きながらも信じたくなくて――ゆっくりと首を回したところで、自分が何に――誰に馬乗りになっていたのかを理解した。


「……あ、アルセイス……」


 突いた片手の下にはすっぽりと、胸部の――仄かな膨らみが。

 見開かれたアルの青い目が真下からオレの見上げている。

 しばし沈黙と共に見つめ合い、そして――


「――うわあああああっ!」

「あっごめ……」


 びっくりするよなでかい悲鳴を上げて飛び退いたのは、アルセイスの方だった。

 オレの下から転がり出たアルは、そのままの勢いで立ち上がり、立ち上がった瞬間には既に拳を振りかざしていた。

 顎下を狙った拳が掠め、ぐらりと頭が揺れる。

 真っ赤な顔で何故か攻撃だけは異様に的確なアルセイスの姿が、その時のオレが見た最後の記憶で――後は、ジーズの使う【転移(ゲート・オン)】より暗い闇の中に意識が落ちていったのだった。

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