8 ぬがせてはかせて
『やー、初めてにしては、ちゃんと下着の形になってるんじゃないでしょうか。報奨として、金貨と経験値が増えてますが……まあ、テストプレイ中のあなたにはあんまり関係ないですよね。うんうん、良いんじゃないですか、それ』
褒められるのは嬉しいけど、オレは完成よりも他の部分が気にかかっている。
つまり――新たなクエスト『最初の下着複製』とはどんなものか、ってことだ。
反応の薄いオレに気付いた斎藤さんが、苦笑する。
『固有スキル:下着製作の詳細が気になりますか?』
「なる……」
『じゃあ、続けてレクチュアしましょう。あなただってまさか、こうして1枚1枚あなたが手縫いで作ることで、このランジェリの世界全体に下着という概念を広げられるとは思っていないでしょう?』
そりゃ、全くもって思えない。
時計がないからはっきりとは分からないが、ここにきて買い物してから今に至るまで、都合3時間弱くらいかかっていると思う。1枚作るのに3時間では、1日8時間アルバイトしたとしても、1日に作れるぱんつは2.6枚。ランジェリの世界に何人の女性がいるかは知らないが、例えば100人に1枚ずつぱんつを配るためにはざっくり40日くらいかかる計算になる。休み無しで連日働いたとしても、夏休みが終わる。
『ですよね。下着製作は、全部で大まかに4つのことが出来るんです。1つ目は今のように下着を生み出すこと――下着縫製。これからやってもらうのはスキルの2つ目の利用方法』
「2つ目……」
『合成したアイテムの複製――下着複製の能力です』
目の前のピンクのバラを見ながら、斎藤さんの言葉に頷き返した。
どうやら、固有スキル:下着製作には、手縫い以外の能力もあるらしい……?
『じゃあ、複製を始めましょう。まずは机の上に今作った下着を乗せてください』
斎藤さんの言葉に従って、持っていたぱんつを机の上に置いた。
『その下着の上に両手をかざして。一緒に詠唱を――【喪失の悪夢、再臨の夜をここに】』
「うげ……」
『うげ、じゃありません。【喪失の悪夢、再臨の夜をここに】」
「ううう……そ、そ、【喪失の悪夢、再臨の夜をここに】……」
斎藤さんに照れがないからかもしれないが、人の詠唱を聞いているのはさして気にならない。なのに、自分が呪文を唱えるとなると、えらく気恥ずかしい。旧版ランジェリにない詠唱だからかもしれないけれど……【喪失の】とか【再臨の】とかが、何かこう中二病っぽい気恥ずかしさだ。
『【己が求める純白を示せ――下着複製】』
「あー、もう! ――【己が求める純白を示せ ――下着複製】!」
叫んだ途端、机の上のぱんつの姿がブレた――と思ったら、ブレたんじゃなかった。
2つになってた。
ついでに、さっきのきゅらきゅらきゅららー♪とちゃらっちゃっちゃー♪が鳴った。
『――クエスト04。完了しました』
『クエストクリア報酬、経験値50を付与しました』
『クエスト05。縫い目習熟――』
『クエスト06。型紙――』
『クエスト07。新たな――』
『クエスト08。下着装備、開始しました』
これでクエストクリアらしい。何か立て続けに新しいクエストが開始してるが、音声が重なってしまって何を言ってるのか良く分からない。
そんな中で、最後のクエストだけえらくはっきり聞こえた。
――下着装備。
「あの……」
『おめでとうございます! いやぁ、素材もぴったり足りて良かったですね』
言われてよく見れば、机の隅っこに置いてた切れ端と、余っていた布1枚が消えている。あと、糸巻きに残った糸が少なくなってる。
突如出現した2枚目のぱんつは、縫い目も出来上がりも1枚目に自分で手縫いしたものとそっくり同じ様子だったけど、素材が違うからなのか、布の柄が違う。ついでに後ろぱんつの真ん中、尻の割れ目部分に、接ぎあわせみたいに雑な縫い目が入っている。1枚目ぱんつの余り布を使ったからか。
「いや、うん……待って、斎藤さん」
『やあやあ、お疲れ様です。一度作った下着はあなたのMPと集めた素材の範囲であれば、こうしていくらでも増やせますので。ちなみに、【下着複製】に必要なMPは10、レベル6冒険者のあなたのMP上限は25ですよ』
「――って、1日2枚までしか複製できない!? あと1枚作ったら終わりかよ!」
『いや、さっきレベル上がりましたから、MPは上限まで回復してます。あと2枚作れます。大丈夫。そんなに悩まなくても、この固有スキルでクエストをクリアしていけば、レベルなんてすぐに上がりますから』
確かに、さっきからクエストクリアの度にレベルアップのファンファーレが鳴っている。
オレのレベルが低いからってのもあると思うけど、それにしたって簡単に上がってるのは確かだ。
「……な、なるほど。クエストクリアで経験値が入るから……」
『ええ、特にあなたの固有スキルは特殊ですから。マジックポーションを飲んでMPを回復させながらクエストクリアを進めていけば、すぐ最強ですね。ま……その辺りはまた今度レクチュアします。いつでも出来ますし』
確かに、今の話だとひたすらぱんつクエストをクリアしてるだけで、どんどんレベルが上がることになる。斎藤さんの力で財布からは無限に金貨が出てくるワケだから、1日でもレベル上げに費やせば、あっという間に完スト出来そうだ。
「じゃあ、オレの仕事はこうやってリメイク版ランジェリの中で、下着縫製と下着複製を繰り返してみんなに配りまくること、ってことなのか……」
作ったばかりの2枚のぱんつを眺めながら、感慨深く呟いた。
今まで裁縫なんて興味がなかったが、そうと分かれば、現実に戻ったところでもう少し勉強しても良いかも知れない。裁縫の本は本屋に売っているだろうが、ぱんつの作り方なんて乗っているだろうか。まずは、ネットで調べて見ようか。
ここまでぶっ続けで働いて疲れたのは確かだが、物を作ったという爽快さもある。心地よい疲れだ。今後のバイトにやる気がもてるというものだ。
……とか思ってて、ふとさっきのクエストのことを思い出した。
こうやってすぐ別のことに気が向いちゃうのはオレの悪い癖なのかな。
新たなクエスト――下着装備。
斎藤さんの申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
『あー……お疲れのところ、申し訳ないんですけども、そういう訳にもいかないんですよね。配るだけじゃ……』
「えっ?」
『まあ、今始まったクエストで分かるとは思いますけれど……固有スキルの3つ目の能力は、下着装備なんですよね』
固有スキルには4つの能力があると聞いた。1つ目と2つ目は既に確認したが、3つ目は下着装備?
そう言われれば、当然、はっきりさせたくなる。
つまり――下着装備、とは誰が装備するのか、という点だ。
「あのさ、それって、その……オレが装備しなきゃダメ? ってこと?」
この愛らしい小バラ柄の下着を。オレが。
想像すらしたくない。しかし……!
不安に震えていると、斎藤さんはこともなげに答えた。
『いや、あなたじゃダメに決まってるじゃないですか。ランジェリキャラの誰かに穿かせるんですよ』
「……誰かに」
待って。誰に穿かせるの。
『いや、だから、ほら。NPCキャラが元々着てるアンダーウェアを脱がせて――』
「ぬがせる」
『今作ったその下着を穿かせるんです』
「はかせる」
脳内が振り切れたことで、オウムのようになった。
慌てて首を振り、自分を取り戻す。
「ちょ待って、斎藤さん! アンダーウェア脱がせるってそれ……」
何それ!? 脱がせるの!?
ランジェリってオレが知らない間にエロゲになったの!?
いやいやいやいや、旧版にはそんなシーンありませんでしたよ!?
『何を焦ってるんですか? 本物の人間じゃなくて、NPCですよ』
「NPCだって、だって……あんなにリアルじゃん!」
脳内に、先程至近距離でNPCに見詰められた記憶が蘇る。
呼吸音まで聞こえてくるような、憧れのレスティにそっくりな例のアレ――。
「ムリムリムリ! レスティにぱんつ穿かせるとか無理!」
『いや、だからレスティキ・ファはいないんですって。ちょっと落ち着いてください』
「いや、だって……!」
斎藤さんは、奥手純情な高校生男子に何を求めてるんだ!
キレそうになったところに、呆れた声が聞こえてくる。
『だから! 着脱って言っても、別に自分の手で脱ぎ着させるとかじゃなくて、NPCですから、仲間にして『装備』メニューで装備を切り替えるだけで良いんですって。あなたの固有スキル:下着製作にはその力があって、あなたのウィンドウだけ、下着も装備の選択肢に入ってるんですよ』
「……そう言えば」
確かに、フィールドで確認した装備メニューの中には、下着もあったような……?
なるほど、下着装備ってそういう能力か……ようやくちょっと落ち着いて、息を吐いた。
……とは言え、オレがこう……丹精込めて作った下着を誰かが身につけると思うと、何かちょっと変な気持ちになりそうなならなそうな……。
『まだ抵抗あります?』
「……ちょっと」
『あー、うーん……高校生男子の妄想力ハンパないなぁ』
生温かい声で言われても、気持ちの問題はどうにもならない。
NPCとは言え、可愛い女の子に、オレが指先ぶっ刺しながら作ったぱんつを……? なんて考えると、ちょっと。
……ちょっと。
『うん――じゃあ、こうしましょうか』
「……どうすんの」
『男に穿かせましょう。それなら、変な妄想しないで済むでしょうし』
「はあ?」
『ほら、さっき会ったレスティキ・ファの子孫アルセイス。彼に穿いてもらいましょう』
オレが文句をつける前に、斎藤さんは笑いながら提案してきた。
確かに、男が穿くと思うとかなりテンションが下がる。いや、この場合はテンションは下がって良いはず……いやいや、だけど、これはこれでテンション下がりすぎてる気がする。
『まだ不満そうですね』
「いや、不満とかじゃないけど……」
『じゃあ――いっそ女にしちゃいますか』
「……はい?」
尋ね返したが、斎藤さんの声は大真面目で、冗談を言っている風には全く聞こえなかった。
『アルセイス――彼を女の子にして、そいつにぱんつ穿いてもらいましょう』




