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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第四章 She's Not Afraid
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5 あなたに正当な評価を

「本来は我が主、魔王さまこそが勇者と呼ばれるに相応しいのです。いがみ合う8種族を集め結びつけ、共に歩み初めたその祖――それを横から掻っ攫ってったスィリアなんかに勇者の称号をられるなんて……ねぇ、信じられますか!」


 オレの肩を掴んでいる斎藤さんの手に、段々力が籠もってきてる。

 率直に言って、爪が食い込んで痛い。


「ちょ、斎藤さんさ……」

「いいえ、いいえ我が主よ。私のことはシトーと呼び捨てください」

「止めろ。お前が魔王に拘っているのは分かったが、今俺たちの目の前にいるのはあくまでレイヤだろう。おかしな呼び方を強制するんじゃない」

「そんなことは分かってますとも。今のこの方は仮に音瀬さんですよ。仮に、ね」

「お前な――」


 足音も荒くベッドを降りてきたアルセイスを抑えるために、オレは椅子を立った。ついでに肩に乗ってる重い手を払っておく。


「おい、喧嘩すんなよ。そんなの言い合っても仕方ないだろ」

「何言ってんだ、お前は。お前自身のことだぞ」

「いや、そうだけどさ……正直アレ、あの魔王の意思って、オレの努力で何とかなるとは思えないし」

「何とかなるとは思えないだと――!?」


 即座に矛先がこっちに向かってきた。

 アルセイスの青い目が怒りで燃えている。


「――はい、ストップ。アルセイスがレイヤと喧嘩しても、それこそ仕方ないでしょう」


 アルの後ろからしがみつくように、ヘルガがその両手を掴んで止めてくれた。怒った勢いで手を上げかけたアルが、軽く舌打ちしている。

 ナイスヘルガ、ありがたいぜ……とか思ってたけど、別にヘルガもオレの味方をしている訳ではないらしい。桃色の冷たい瞳がオレの方を向く。


「あのね、レイヤも自分のことなのに、他人事みたいに話すの止めなさい」

「あっはい……」


 肩をすぼめて見せたが、2人の怒りに変化はないようだった。

 自分でも頼りない返事だと思う。でも、他に答えようがないのだ。

 オレの背後では斎藤さんがくすくす笑っている。


「そんな風に怒って見せたって仕方ありませんよ。音瀬さんから言えばどちらも自分なのですから、違和感がないのは当然のことです」

「あ、それな。うーん……そう、違和感は確かにないんだよな。前世ってこういうもんなのかな……」


 斎藤さんがにまりと笑う。


「ええ、そういうものです。だから、お気になさらず今まで通りに呑気にしてらしてください。今回は音瀬さんの記憶が勝ったようですが、所詮16年やそこらの短い記憶。すぐに消えるでしょう。もっと言えば、そこのエルフと一緒にいた時間なんてせいぜい一ヶ月程度のものですからね。こちらの世界に来てしまえば、魔王さまの記憶が戻るのもそう難しいことではないはずです。だって、千年前に魔王さまと私が共にいた時間は数百年に及ぶのですからね、重ねてきた月日が違います」

「……その割に、俺の呼びかけでレイヤの意識は戻ってきたようだが」


 言い返さずにはいられないのだろう。アルセイスが挑発するように斎藤さんを睨めつけている。

 斎藤さんは一瞬酷く顔を歪めたが、すぐに笑顔を取り繕った。


「千年の昔ですから、取り戻すのに時間がかかっているのではないでしょうか」

「とっくに忘れられてるんじゃないのか」

「私達の関係を知らぬエルフ風情が生意気なことを。千年前のこととは言え、魔王さまがずっとお傍にいた私を忘れるなんてこと、ある訳ないじゃないですかっ!」

「はい、どうどう……」


 アルセイスに向けていた手のひらを、そのままスライドさせて今度は斎藤さんの方へ見せた。眉をひそめて寄ってきた斎藤さんが、耳元に口を寄せてくる。


「あの失礼なエルフの態度、見てください。レスティキ・ファはどんだけ生まれ変わっても根性最悪なんですよね」

「……てめぇ」


 ひそひそ話をしている体勢ながら、オレの耳に入る斎藤さんの声は、ボリュームが下がっていない。当然ながら丸聞こえなので、聞き付けたアルセイスが拳を震わせている。

 オレは斎藤さんの肩を押して突き放してから、オレを中心に丁度等距離にいる斎藤さんとアルセイスのそれぞれに向けて指を突き付けた。


「ああ、もう! あんたら何でそんなに仲が悪いんだ! 斎藤さんもどうかと思うが、アルもちょっと気が短すぎないか!?」

「まあ、その魔族の話を信じるなら千年前からあなたを取り合ってるみたいだから、ある意味仕方ないのかも知れないけどね」


 ため息混じりのヘルガの言葉に、仏頂面のアルセイスが応じる。


「……あのな、ヘルガ。その言い分はおかしいだろ。そっちの淫魔と魔王の生まれ変わりだというレイヤはともかく、俺はレスティキ・ファじゃないんだぜ」

「でも……魔王の魂が転生するなら、レスティの魂も転生するんじゃないの?」

「知るか。少なくとも俺にはそんな記憶はない。淫魔が何と言うかは知らんが」

「私だってレスティキ・ファが転生するかどうかなんて知りませんよ。ただ、この人、顔がそっくりなんですよね。……ま、とは言ってもそもそも千年前のエルフの顔なんてそんなにしっかり覚えている訳でもありませんし、種族が一緒なら標準的にはそこそこ似るものですし。ああ、そう言えばそっちの妖精は、クリュティエに似てるような似てないような……」

「フェアリーのクリュティエと言えば、勇者の6人の仲間の一人じゃないか」


 ゲームを思い出して目を見開いたけれど、言われた当のヘルガはあっさりと頷いた。


「彼女が祖先だからね、似ててもおかしくないでしょう。アルだってそんなものだわ」

「え、そうなの? アルの祖先がレスティキ・ファだってのは聞いたけど」

「俺とヘルガだけじゃない。魔族は知らんが、それ以外の7種族の国では皆、千年前の勇者とその仲間達の血が王族には混じっている。勇者の偉業はそれ程のもの――だったんだ」


 言いかけて、アルセイスがふと顔を顰めた。語尾があやふやなのは、斎藤さんの話をそのまま受け入れると、基礎になる勇者の偉業とやらが揺らいでくるからだろう。


「いや、待てよ……そもそもそれだ、淫魔」

「種族名未満の種類名で呼ぶの止めてください」

「お前も種族名で呼んでるだろうが。いや、そんなことはどうでも良い。お前、さっき魔族は死なないと言っただろう。それなのに、何故魔王が転生するんだ? やっぱりお前の話は――」

「――はい、ストップストップ。勝手にヒートアップしないでください、そこはブラフでも何でもありませんよ。魔王さまが転生してしまうのは、それこそが封印の力だからです」


 斎藤さんの手が後ろから回される――首元に絡みつくように。

 その手で「封印」とやらを暗に示しているのかもしれないが、正直な話、首筋がぞわぞわするので本気で止めてほしい。


「魔族は死なない。千年前の伝説の魔族達――三将軍達が今も健在であることもご覧になったでしょう。ですから私は千年前、向こうの世界に渡ってからずっと魔王さまを探して彷徨っていたのです」


 オレの喉元から、頬へと斎藤さんの手が上がってくる。

 さすがに手を掴んで止め後ろに怒りの視線を投げる――と、握ったままの手を見下ろして笑顔で受け止められた。伝わってない。


「ああ、魔王さまはお変わりないですね、やはり。私の捧げる忠誠に正しく答えてくださる」

「いや、本当に変わってないなら、あんた、生前の魔王からもちょっと鬱陶しい感じで見られてるんだと思うけど……」

「はっはっは、全く。音瀬さんは冗談がお上手だなぁ」


 笑って流された。


「まあ、それは置いておいて」


 置いとかれた。


「魔王さまも元は永遠の命を持っていたのです。ですが、勇者の――いえ、神が仕向けた勇者の封印を受けたことで、それを奪われた。つまり、向こうの世界の人族と同じ短い生を繰り返して転生するしかなくなってしまったのです」

「……なら、貴様ら魔族は神に逆らった一族で、その罰として魔王は異世界にその魂を封印されていた、とそういうことで良いのか? 自業自得にしか思えないが」


 アルセイスがやる気を失った顔で再びベッドに腰を下ろす。

 結局悪いのが魔族ならば、功績の一部くらい横取りされていようがさしたる問題ではない、と言いたいらしい。

 確かにそれだったらまあ……神やら勇者やらの行動には問題がない。だから、できたらそういうことであって欲しいとも思う。


 ――だって、さっきから斎藤さんが言ってる勇者スィリアってのは、りあのことなんだろ。

 なら、あいつが――過去の記憶もちゃんと持ってるらしいあいつが悪事を働いたってより、記憶のないオレの前世が何かやらかしたって方がマシだ。

 莉亜りあの話を出そうか迷っている内に、斎藤さんがふと窓の外へ視線を向けた。


「大まかにその理解で間違いはないのじゃありませんかね。もちろん、神が絶対正しいという証拠などはないのですが」

「……何が言いたい」

「神も過ちを犯し悪を為すことがある、ということですよ。それに――」


 途端に、真下から吹き上げる風でばさりとスーツの背中が風をはらんで鳴る。


「――悪事を自覚している者程、保身に手を回すのが早い」


 問い返すより早く、何かに気付いた様子のアルセイスが窓の傍に駆け寄った。

 自分の姿を壁の裏に隠しながら、窓枠の隙間から外を覗く。


「えっ……おい? アル――」

「――人族の兵士だ。ちっ、いつの間にか囲まれてる」


 ヘルガがびくりと身を震わせた。

 アルが顎で示したので、オレは慌てて椅子を下り、ヘルガの傍に移動する。横から震える手でヘルガが抱き着いてきた。少し気恥ずかしい気はするが、拒絶することはできない。ヘルガの怯えの理由も分かっているつもりだったから。

 斎藤さんが、ひび割れたメガネを指先で持ち上げながら笑う。


「少し話に夢中になり過ぎたようです。魔王さまがそこにいると思うと舌がよく回ってしまう。ですが」

「おしゃべりは終わりだ。あの鎧、今度こそ本物の王宮の正規兵だぞ」


 アルがふと気付いたように、床から拾い上げた銃をこちらへ向かって放り投げて来た。


「うぇっ!? な、何を……」

「それ、俺には使い方が分からない。お前は分かるか?」

「えっ……」


 いや、分かるわけないだろ。引き金引けば弾が飛ぶだろうってくらいは知ってても、弾込めとかどうすれば良いのやら。

 が、答える前にアルセイスはオレから視線を外し、腰のエストックへ手をかけた。


「まあ、魔術の方が早いか。特にお前は」

「えっ?」


 魔術――そう言えばさっきまでばっこんばっこん使ってたんだが、アレ今も使えるのか?

 いや、呪文は全部覚えてるし初級の魔術は使えるの確認したけど――アルが言ってる「早い」って多分、詠唱破棄のことだ……。オレが知ってる中では、アレが使えるのは魔族と、莉亜りあだけ。

 魔王の生まれ変わりらしい今のオレも、オレの意思で使えるだろうか……?


「俺は前衛、お前は後衛。ヘルガのことは頼んだぞ」

「ええっ!?」

「では、私は遊撃で。魔王さま()()は命を賭けても守りますので、ご安心を」


 いやいやいや、そんなの全く安心じゃない。

 言い返そうとした瞬間――ばき、と音を立てて窓枠を破壊して飛び込んで来たのは、人族の鎧を着こんだ兵士だった。

 身構えていたアルセイスが剣を抜いて飛び掛かる。


 何故ここに人族の兵士が――なんて、考えてる暇もない。

 いや、例え暇があったとしても、考えたくなんてなかった。

 ダニエルの館で会った莉亜りあが、妙に王族に顔の利きそうな様子だったことなんて……思い出したくもないから。

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