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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第四章 She's Not Afraid
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4 奪い取られた名声

 幸いにして、アルセイスが荷物を置いていた宿は無事だった。

 一足先に逃げたトーマスこと鳥魔ジーズが、荒らしたり待ち伏せしていると面倒だと思っていたけれど、どうやらそういうことはなかったらしい。


「こんな荷物を奪ったところで小金にしかなりゃしません。せいぜいエストックが二束三文で売れるぐらいのものですし。あいつだってそのために命の危険を冒してまでわざわざ戻ってくるような真似はゴメンでしょうよ」


 斎藤さんの言葉を受けて、アルセイスは肩を竦めた。


「ま、事実だな。どうもあいつはあちこちと手を組んでいるようだ。行商人としても人族に馴染んでいるようだし、それ以外に資金の出処があってもおかしくない」

「ずいぶん詳しいのね、アルセイス」


 ベッドの上でアルセイスの治癒魔術を受けながら、ヘルガが首を傾げている。


「最初は魔族だと分からなかったんだ。レイヤを追うのに偶然一緒になった――と思っていたんだが」

「ふうん」

「そもそも、お前こそ何でこんなところにいるんだ、ヘルガ。いずれフェアリーを率いる姫君が供も連れずティルナノーグから出てくるとは」

「それを言うならアルセイスこそ――って、待って。それ以前にあなたにはもっと根本的なところで確認したいことがあるんだけど……」


 ヘルガの視線がじっとアルの胸元で止まっている。以前からの知り合いらしいので、やっぱり気になっているんだろう。ささやかではあるが確かに膨らんだ胸部が、そこにあることが。

 ベッドの上で語り合う女子2人を眺めるともなく眺めていると、1個しかない椅子をオレに譲って脇に立っている斎藤さんが、割れたレンズを指先で整えながらぼやき始めた。


「かたやアルフヘイム、かたやティルナノーグの姫君。ああ、我らが魔王さまは相変わらずお手が早いことで」

「待て。……いや、あんたの言ってる魔王がどうだかは知らないけど、オレは別に……手を出してる訳でもないし」

「はいはい、そういうところも相変わらずですとも。分かってますよ、気が付いたら言い寄られてるってだけで、魔王さまには何の下心もないんですよねー。いえ、同じ男として悔しいとかそんなことは思っておりませんとも。むしろ誇らしいと言うかそれでこそ魔王さまと言うか――」

「――レイヤのことを魔王と呼ぶのは止めろ、淫魔。そうして繰り返していれば、もう一度目覚めるかも知れないとでも期待しているのか?」


 ベッドの上からアルセイスのキツい声が飛んでくる。

 オレの方は全くそんな――さっきのぐらつくような感じはなかったのでうっかりしていた。反射的に斎藤さんを見上げると、即座に視線を逸らされた。その反応でアルの言ったことが正しかったって分かった。


「斎藤さん、あんたなぁ」

「嫌だなぁ、ここまで来て誤魔化すつもりはありませんよ。何もかも洗いざらい真実をお話いたします。ですが、もうお分かりでしょう? 私がどう話そうが話すまいが、あなたの――音瀬さんの中には我が敬愛する主の魂が眠っているのですよ」

「それがお前の勘違いだって可能性だって――」

「――いや」


 予想外のところから否定されたせいか、アルが眉を寄せてこちらを見る。

 アルを拒絶したい訳じゃない。向こうだって多分、オレを庇おうとしてくれたんだと思うし。

 だけど、()()を侵されかけたオレが一番良く分かってた。


「魔王だか何だか分からないけど、オレの中にオレじゃない何かがいたのは確かだ……」

「少しばかり記憶が掠れてはいるようですが、受け答えにおかしなところはありませんでした。どう考えてもあなたが魔王さまだとしか思えません。かつての腹心、千年前からあなただけを見ていた私がそう言うのです。あなたの中に確かに魔王さまの魂が眠っている」

「ずいぶん嬉しそうだな、淫魔」

「――ええ、ええ! だって私は封印されたあなたの魂を解放するために、向こうの世界に渡ったのですから! 今後も私は、その魂を諦めることなどありません。隙あらばいつだってあなたを取り戻すために尽力いたします」


 にこりと微笑む表情には罪悪感など少しもない。呆れた顔のオレ達を他所に、斎藤さんは言葉を続ける。


「――ですから、ええ。どうぞリラックスしてお聞きくださいませ。もしかすると、かつての記憶を取り戻すことで、音瀬さんの中の我が主が表に出てきやすくなるかも知れませんし……ははっ冗談ですよ。その可能性が高ければ、むしろ最初からお話してますって。……まあ、ちょっとくらいはその可能性が残ってることは否定しませんけど」


 例によって胡散臭いが――斎藤さん以外にこのことを聞ける相手などいないのだ。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 そうですね……どこからお話しすれば良いでしょうか。

 私と魔王さまの出会いはですね――ああ、はいはい。分かってますよ、緊張した空気をほぐそうとしただけですって。本当は結構大事なところなんですけど、まあ、それじゃリクエストに従って飛ばしましょう。

 音瀬さんがお聞きになりたいのはここですよね。

 千年前――本当は何が起きたのか。

 音瀬さんは、勇者の名前は知っていますよね?


「ラン・ジェ・リの主人公の初期設定名デフォルトネームは――スィリアだ」


 ええ、そうです。

 スィリア。

 それが、あの最悪の裏切り者――千年前にあなたを封印した男の名前でした。

 あなたから――いえ、失礼。我が主から何もかもを奪っていった男。今やそれが勇者として語り継がれている。なんて腹立たしい。


 おや、レスティキ・ファ。おかしな顔をしていますね。

 魔王を倒したんだから勇者は勇者だろって?

 はは、変なことを言う。そもそも――何故、魔王さまは倒されねばならなかったのですか?


「……魔族の王なんだから悪事を働いていたんじゃないのか。今の魔族達があちこちで揉め事を起こしているように」


 魔族=悪! ほほぅなるほど、短絡的ですね!

 私は存じ上げないのですが――いつから()()()()()()()()()()()()()()()ので?


「いつから、とは……」


 ああ、大丈夫です。答えなくて良いですよ。どうせあなたが知りもしないってことは分かってますので。

 私は直接見聞きしておりませんが、前後の状況から判断するにきっと千年前からでしょうねぇ。

 あの男が勇者となったことで、そのような話になったのでしょう。

 少なくとも千年前には、魔族という種族名にそのように貶められる謂れなどありませんでしたから。


「貶めているつもりはない。魔族があちこちで悪事を働き、周囲の国々を苦しめているのは事実だ」


 ええ、今となってはそうなのでしょうね。我が種族の名誉の地に落ちたこと。

 かつては――我が主の支配していた魔族は、世界中から憧れの目で見られていたと言うのに。

 人族、マーメイド、フェアリィ、エルフ、ドワーフ、サラマンダー、エンジェル……そして、魔族。

 敵対し続けてきた8つの種族が初めて手を取り合ったのは、我が主の力があってこそでした。世界中を巡り、聖武具を持つ種族に協力を求め、そして講話を結ぶ――ええ、音瀬さんはお分かりでしょう。かつてあなたが――ああ、いえ。魔王さまの魂の話ではありません。ラン・ジェ・リの世界で経験したでしょう、ということですよ。

 いや、そこの姫君方もご存知でしたかね。千年前の伝説、というヤツを。


 つまり――勇者スィリアは奪い取ったのです。

 魔王さまの功績と、その魂を。


「あなたはこう言いたい訳? 勇者スィリアがしたと言われていることは、全てあなたの主――魔王バアルがやったことだって」


 おや、あなたフェアリーの割に頭が回りますね。私の知るフェアリーは頭と尻の軽さが特徴だったんですけども。ははは、やだなぁ。そんな目で睨まないでくださいよ。我が主の偉大な功績を信用しない女の頭なんて推して知るべし……あ、すみません。本気じゃないですよ。ちょっと口が滑っただけですから。


「いや、それ本音ってことじゃん……」

「お前ほんと、言わなくて良いことばかり言ってるな」

「あなたを見てると魔族に対する悪評を見直すつもりになれないんだけれど」


 は!? ちょ、皆さん、目が冷たいんですけど!?

 いえ、そんなことよりですね――気になりませんか?


「あんたは何でそんな胡散臭いのか、とか気になるけど……」


 違いますよ! 魔王さまのことです!

 勇者スィリアが魔王さまの功績を横取りしたとしたら――ねぇ、魔王さまは8種族で連携して、誰に対抗しようとしていたんだと思いますか?

 本来()()の座にいたのは、全ての種族の敵だったのは、一体何なのか――ええ、私の言うことを全て信用しなくても結構ですよ。ですが、そこのところちょっと考えてみた方が良いんじゃありませんかね?


 だって私の言葉が真実だとしたら、魔王さまを追い出したその何者かは――今ものうのうとこの世界で暮らしているってことになるんですから。

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