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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第四章 She's Not Afraid
77/198

3 千年の一歩

 侵されている。

 冒されている。

 犯されている。


 内側に()()()が混じる感覚。

 揺れる視界に頭を抑えながら、地面に崩折れ膝を突いた。


 オレに――私に余分な何かが絡みついている。

 目覚めた時からおかしいと思っていた。

 純粋な()()()()の状態が思い出せない。


 いや、待て。

 そもそも――私は――オレは――何者だったか。


「レイヤ!」

「魔王さま」


 アルセイスの声と――シトーの声が重なって、苦しさが増した。

 レイヤ――音瀬おとせ 玲也れいやが「お前は誰だ」と問うている。

 魔王バアルが「貴様は不要だ」と切り捨てようとする。


 内側から弾け飛びそうな頭を押さえて、低く唸った。

 どちらにも振り切れず迷っている魂を――足を引きずりながら寄ってきた足音が、遠くから呼んだ。


「――レイヤ! あなたはレイヤ、そうでしょ。そう名乗ったじゃない!」

「お前――ヘルガ!? 何でお前がここに……!?」


 妖精の名を呼んだのは、アルセイスだった。

 立ちすくむアルに気付いたヘルガが、振り向いて自分の胸元を開いて見せる。


「アルセイス、丁度良かったわ。お願い、私の魔術封じ(コレ)を破壊して!」


 魔術封じ(ソレ)が何なのか、どうやらアルも知っていたらしい。即座に詠唱を始めた。

 それを無視して、シトーは不思議な顔でヘルガに向かう。


「おやヘルガ嬢、こだわりますねぇ、ソレ。まあ、魔術が使えない状態というのは確かに気持ちが悪いものでしょうけれど――特に敵対するつもりはないのですが、先程からのあなたの言動を見る以上、止めた方が良いのでしょうね」


 足を負傷しているヘルガには、迫ってくるシトーの手を逃れる術はない。

 怯えて後ずさった彼女の肩に、シトーが手を伸ばし――


「――シトー!」

「なっ何ですか、我が主!? 」

「ヘルガに、手を出すな!」

「――【我、虚無を抉る透徹の剣 ――氷矢の一撃(アイシクル・ショット)!】


 一瞬の隙に完成したアルセイスの――レスティキ・ファの呪文が、過たず機械だけを貫いた。


「あっ、くそ……」


 指先を掠める氷の矢から、シトーが手を引く。

 開いた距離の分、ヘルガが声を張り上げた。


「レイヤ、あなたが魔王だと言うなら、余計に見過ごせない! 私の――ティルナノーグの平和のために! ――聖弓フロイグリントよ、ここに!」


 突き出した手のひらに光が集まる。

 顔色を変えたシトーと鳥魔ジーズが即座に後ずさった。


「うわ……それちょっとヤバくないですか!?」

「あーもう、こういう訳分かんねぇ邪魔が入るの、良い加減にしてほしいぜ。これだからシトーとは手を組みたくないんだよ! もう良い、おれはここで引き上げる。いくら手を組んだって言っても、さすがにあんたと手を取り合ってあいつらを倒そうって気はないぜ」

「ちょっと! 見捨てるつもりですか!?」

「見捨てるも何も、ちょっと行き先が同じだったってだけだ。まさか、生死まで共にする気概はないぜ」


 それぞれにヘルガを睨んだままずりずりと後ろに下がっていく。

 レスティキ・ファの持つ聖槍リガルレイアに比べ、聖弓フロイグリントに対する魔族達の苦手意識は著しい。理由は簡単。単純に千年前の伝説の戦いで、散々に痛い目を見せられた武器だからだ。


 ああ、まるで手に取るようにあの頃のことを思い出す。

 スィリアの手に握られた弓から、次々に番えられた矢が飛来する。

 幾筋もの矢に貫かれながらも、シトーはただひたすらに前へと――いや、待て。これは誰の記憶だ?

 私が――オレが――この魔王バアルが、その友たるスィリアに狙われる理由などある訳もないのに。


「トーマス――いや、ジーズ!」


 レスティキ・ファの――アルセイスの声が周囲に響いた。

 足を止めたジーズがそちらへ視線を向ける。


「魔族三将軍の1人ということは、お前の黒幕は海魔レヴィか。あいつの持っていった聖槍リガルレイアは今、どこに――」

「ははっまあ、おれにとっちゃ、あいつもこいつもみんな仲間さ。おれの同盟相手は多いんだよね、()()()()()()()。行商人は顔が広くなくちゃ」


 アルセイスのことをおかしなあだ名で呼び、大げさに笑って、踵を返した。


「じゃあな、シトー。次に会うときも同じ陣営だと良いな」

「あっはっは、このピンチに私だけ置いていこうとする人を私が許すとお思いで?」

「お前に許すも許さねぇもねぇさ。おれ達にあるのは利用するかしないかってだけだ。そうだろ――セット、全詠唱破棄カット転移(ゲート・オン)】」


 地面からせり上がってきたのは、漆黒の扉だった。

 ジーズの正面に佇むソレが、軋みながら扉を開き――そして、閉じた時には既にジーズの姿は消え失せていた。一拍遅れて、残された扉がまるで灰でできていたかのように崩れ、そして風に散る。

 直後、ヘルガの詠唱が完成した。


「――【黄金の波に沈め! 最終奥義――聖雷針矢雨ヘルヴィム・カタラクト】!」


 弓を支える細い指先が、シトーを指す。

 その狙いに合わせ、番えた矢が放たれ――空中で千千に分裂した。


「あああああっきたー、避けにくいんですよ、これ! セット、全詠唱破棄カット――【極限防壁アルティメット・シールド】!」


 前方に掲げた見えない盾を、しかし幾千の矢は潜り抜け、迂回し、飛び越えてシトーの身体を貫いていく。

 いつかの――夢で見たようなその姿に、私は思わず足を踏み出そうとした。が、途端に激しい頭痛に襲われその場に崩れ込む。


 慌てて駆け寄ってきた軽い足音が、私の肩を掴んだ。


「レイヤ! おい、レイヤ! えっと……多分レイヤ!」

「くっ……がはっ。……あなたね、その名前を連呼するの止めろって言ってるんですよ……」

「魔族の言うことなぞ知るか。そんなことより、俺がどれだけ苦労してここまで来たと思ってる。良いか、レイヤ。お前は――()()()()の責任を取ってくれるんじゃなかったのか!」


 私を睨む視線の強さに、躊躇の色はもうなかった。

 オレが誰なのか、自分よりも明確にその目には映っている。


 パリン、と何かが割れた音がした。

 途端に、頭痛が霧散した。


「あ、アルセイス……オレ……」


 アルセイスの瞳を中心に、視界がはっきり見えるようになった。

 ふわふわしていた意識も落ち着いた気がする。何だか変な夢を見てたみたいな、夢の中で別の人間になってた時みたいな。


 アルセイスが安堵の息をついた。


「……安定したみたいだな。全く、世話の焼ける」

「オレ……ご、ごめん。アル。だ、だけど……何かオレ、魔王とか何かそんな」

「ああ、お前の中に何かがいるようだが――その辺り、詳しいのはあいつのようだぞ」


 アルセイスの視線の先には、ハリネズミばりに矢を負って膝を突く斎藤さんの姿があった。


「ぐ、う、あ、ああ……だか、ら――レスティキ・ファなんて嫌いなんですよ。私の千年に渡る頑張りを運と勢いだけでぶち抜いてくるんですから! ああ、もう――いっそ消してしまえればどんなに良いか!」


 よっぽど腹が立つのだろう。

 地面に爪を立て、こちらを睨み付けてくる。


「我が主よ、何故、私の言葉を信じてくださらないのですか!」

「あんたこそ、何もかんも内緒のままで、何でオレを好き勝手操ろうとしてんだよ!」

「言ったらあなた、絶対逃げますもん!」

「聞いたらオレが逃げたくなるよなこと、何しようとしてんのか――」

「――良い加減、全部話して貰うぞ」


 オレの言葉を途中で奪ったのはアルセイスだった。ヘルガもそれを援護するように、無言のまま矢を番える。

 斎藤さんは泣き笑いの顔でオレ達を見渡すと、力の入らない足でふらりと立ち上がった。


「ええ、ええ……良いですとも、ご説明しましょう。何も怖くありません。どうせ私に――魔族には、死などないのですから」


 ヒビの入ったレンズを指先で上げ直し、その昏い瞳でオレを見る。


「私は何度でもやり直せる。あなたがこの世界にいらしたというこの事実だけでも、これまでの千年に比べれば大いなる一歩……そう、偉大なる前進でしょうね」


 前向きなことを言っている――はずなのに、何故かその表情は沈んだままだった。

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