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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第四章 She's Not Afraid
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2 混濁

 レスティキ・ファの青い瞳が目を見開き、確かに私を捉えた。

 こんな時でも夜道の灯りを照り返して恐ろしいほど美しい、エルフ族の至宝の姫。

 視線に導かれ、周りを囲む男達の注意がこちらに向いている。その隙を逃さず、男の手を逃れた唇が叫んだのは、あれほど己が頼みにしていた呪文ではなく――


「――レイヤぁっ!」


 私の――オレの、名前だった。

 ぐらりと大きく身体が揺れる。

 嫌な揺れじゃない。何かがオレの身体にきっちり重なったような気がする。目をしばたかせる。……うん、しゃきっとした。

 呼ばれて応えないのは――男じゃないだろ。


「あん? お前、誰だ? まさかおれ達の楽しみを邪魔しようってんじゃ――」


 近くにいた人族が立ち上がる。

 胸元に掴みかかってきた手を払い、オレは声を上げた。


「――セット、全詠唱破棄カット嵐点(ブラスト・ノード)】!」


 途端、荒れ狂う暴風がレスティキ・ファを――アルセイスを起点に周囲に広がる。

 術者であるオレと中心にいるアルを除いて、周囲の影が一斉に吹き飛んだ。風に煽られた人族達は、あるいは飛ばされた勢いで壁に当たり、あるいは横に積み上げられた木箱に突っ込んで動かなくなる。

 目を見張ってそれを見ていたアルセイスは、はっと気付いたように首を捻って一人の男を睨み付けた。

 視線の先は、【嵐点(ブラスト・ノード)】の風がぎりぎり届かない辺り。人垣の奥に立ち竦んでいるのは、行商人風の人族の男だった。


「トーマス! お前は――」

「あいつだなっ!?」


 何かを告発しようとしたアルセイスの声に被せるように叫んだ。

 何が何だか分からないが、あの行商人が何か噛んでるに違いない。

 駆け寄ろうとするオレに気付き、行商人が踵を返す。


「この――セット、全詠唱破棄カット転移(ゲート・オン)】!」


 とぷん、と足元が溶けて真下に落ちた。

 一面の暗黒。呼吸も視界も心配する前に再び水上に――いや、地上に浮きあがる。

 目の前には、こちらに向けて駆けて来ている行商人の姿があった。

 まさか転移してくるとは思わなかったのだろう、両足を突っ張って無理矢理止まりつつ、両目を見開いている。


「はぁっ!? もう使いこなしてんのかよ! こんな微妙な距離の【転移(ゲート・オン)】なんざあんた、魔族だっておいそれとは――」

「――てめぇ、オレのアルセイスに何しやがった!」


 再び踵を返そうとしたところを、両手を伸ばして首根っこを掴んだ。

 慌てた行商人の詠唱が始まる。


「くっそ――セット、全詠唱破棄カット転移(ゲート・オン)】!」

「――【転移(ゲート・オン)】」


 途中から重ねてオレも詠唱し、一拍遅れてとぷりと闇に沈んだ。

 闇の中、自分の形も分からないが手探りで行商人を探す。

 指先に絡む蕩けた泥のような存在を頼りに、力任せに引きずり上げて地上に浮かんだ。


「――ぎゃあっ!?」

「大人しくしろ、この――セット、全詠唱破棄カット氷矢の一撃(アイシクル・ショット)】!」


 両手から放った煌く矢が、行商人の手足を貫いて地面に張り付けにする。

 悲鳴をあげて身を捩る姿を見下ろしてから、呼ぶ声を耳に顔を上げた。


「――レイヤっ!」

「――魔王さま!」


 アルと斎藤さんがそれぞれにこちらに向けて駆け寄ってきている。

 斎藤さんはまあアレとして、満身創痍で足元不確かなアルセイスは放っておけない。慌てて傍へ寄り、その腕を取った。


「アル、大丈夫か?」

「ああ、ひとまずは。お前のおかげだ、助かった。しかし、お前――今のは何だ?」

「今の?」

「詠唱破棄なんて出来るような、そんな魔力をお前、どこで……」

「は?」


 尋ねられたことについて考えようとした瞬間、横から走り込んで来た斎藤さんがオレの肩を掴んで揺さぶった。


「魔王さま魔王さま魔王さまったら我が主ぃ! 大丈夫ですか、どっか打ったりしていませんか!? 痛いところはありませんか?」

「うるさいぞ、シトー! あの程度で傷など受けるものか! 私を甘く見るのも大概にせよ!」


 叱り飛ばしておいてから、アルセイスに向き直った。

 きょとんとした顔でオレを見てるが、着ていたチュニックはあちこち破けて腹が全開になっている。何故かホーズも穿いていない今の状況では、オレの作ったぱんつが丸見えだ。


「や、とりあえずさ、あんたはこれでも羽織って……ほら、シトー。その服貸せ」

「あ……悪い。ありがとう」

「えっ待ってください、我が主! それ、私のジャケットなんですけど!」

「こういうときは女性に譲るものだ、シトーよ。その相手が我が愛しきレスティキ・ファであると言うなら尚更に」

「……レスティキ・ファ?」

「あっ、何か微妙な感じに落ち着きかけてる! だから会わせたくなかったのに……全く、これだからジーズなんか信じられないんですよね」


 ぶつぶつぼやくシトーの視線が、私の背中――地面に串刺しになっている行商人の方へと向かった。

 顔をしかめつつ、地面の上から行商人が答える。


「痛てて……あんたの方こそ、しっかり押さえとけっての。これじゃわざわざ共闘した意味ないじゃないの」

「私だってまさか我が主が、聞こえてもいないレスティの声を聞き取るとは思っていませんでしたよ」

「お前ら――何を言ってるんだ?」


 横から腕を取られて、ふと顔を向けた。

 眉を顰めたアルセイスが、唇を震わせながらオレを見上げている。

 その整った顔立ちを見ていると、我が愛しき恋人に再び無事に合えたのが奇跡のようで、思わず抱き寄せたくなってしまう。が、何か言いたげな様子にぎりぎりで両手を止め、落ち着いた様子を装って答えた。


「どうした、レスティキ・ファ? 麗しき森の泉、エルフの至宝よ」

「麗し――!? この……っだから、それだよ! 詠唱破棄に【転移(ゲート・オン)】、人のことをレスティだの、トーマスに向けてジーズだの、あげくにそこにいる淫魔シトーはお前のことを『我が主』なんて呼んでる! これじゃ――」


 レスティキ・ファの手が私から離れる。

 肩に羽織ったシトーのジャケットを胸元で掻き合わせながら、どこか頼りなさげに叫ぶ。


「――これじゃまるで、お前が魔王みたいじゃないか!」


 何をどう説明するべきか、迷っていた時間はさして長くはなかった。

 私が答えるより先に、横からシトーがくぐもった笑い声をあげたから。


「ほーらね、我が主よ。結局、レスティキ・ファは覚えてなんていないのです。忌々しきかの勇者スィリアに操られていたままなのですよ」

「うぅ……スィリアが何だと……?」

「ああっ!? もしかしてこっちも覚えてない!?」

「あんたさぁ、本当に成功してんのかよ、これ……」


 取り乱すシトーと呆れた声の行商人――いや、ジーズ……らしい。

 海魔レヴィ、地魔ベヒィマと共に魔族三将軍と呼ばれる我が配下――なのだが。

 我が配下? いやいやいや、こんな人いたっけ?


「……あんた、ほんとに鳥魔ジーズ? オレ、あんたの顔にさっぱり見覚えないんだけど」

「いやぁ、奇遇だねぇ。おれもあんたが魔王だなんてさっぱり信じらんねぇわ。そんな風に思ってるのはシトーだけなんじゃねぇかなぁと思うんだけど」


 かはっ、と血を吐いて笑う顔に近づき、無表情に踏みつけようとしたところで――ふと、周囲の沈黙に気が付いた。よく見れば、シトーとジーズを別にして、オレ達を遠巻きに見ている人族達の目に一様に浮かぶのは――怯え。

 傍にいるアルセイスですら、違和感と恐怖で目を見開いている。

 何故、と問う前に自分で理解した。


 詠唱破棄。【転移(ゲート・オン)】。

 どちらも魔族特有の魔術。

 千年前の伝説に出てくる魔族達。

 それを従える者。


 レスティキ・ファ――いや、アルセイスの青い目がオレを貫く。


「――お前、誰だ?」


 ああ、オレは――私は――オレは、何者なんだろう。

 ついさっきまでは確かに認識していたはずのそのことが、すぐに分からなくなる。

 いや……分からないという自覚すら、あっという間に曖昧になっていく。

 激しく痛み始めた頭に手を添え、オレに何が起きているのか知っているはずの男に――私を目覚めさせた淫魔シトーへと目を向ける。

 私の――オレの方へ向けられたレンズは微かに光を照り返している。そのせいで目元が見えなくて、何だかすごく不安が募る。


「斎藤さん」

「おや、どうされました、我が主」


 整った唇がゆっくりと動き、薄い笑みを浮かべた。

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