5 不愉快な値踏み
トーマスの提案はこういう話だ。
流しの行商人である彼が、自然に奴隷市に溶け込むには、やはり商品が必要だ。俺を奴隷として連れていけば、市に入り込むのが容易くなる。そうして入り込んだ先で銃を入手したい、というのが彼の希望だった。
本気でエルフを売り払いたい訳じゃない。用が済んだら連れて逃げるつもりだ。その時に荒事になるかもしれないから、最低限自分で自分の身を守れるエルフを探していた――というところで俺を見付けたらしい。
どこまでが本当かは分からない。だが。
「人族は本当に奴隷制度を復活させたんだな」
「まあね。それもだいぶ前の話だけど。今じゃ奴隷自体は公に認められてる道具だ。他種族だけじゃない、同じ人族の奴隷だっている」
「人族の奴隷……」
それが本当なら、あんな形で捕らえられたレイヤは、奴隷にされているんじゃないだろうか。
市に出てくるかどうかは分からないが、何か少しでも情報を聞けたり、接点が持てる可能性はある。
「アルフヘイムまで流通してこないところを見るに、人族の持つ銃というものは、手に入れるのに資格のようなものが必要なんじゃないのか?」
「人族はか弱いからね。あんなの道端で誰でも使えるようにされちゃ困る。だから、製造は国が管理しているし、基本的には兵士と一部の有資格者しか使っちゃいけないことになってんだけど……ま、なべてこの世は金が物を言うよな。こっそり作ってるヤツがいるんだよ、これが」
「それが奴隷市で極秘理に売られているのか」
しばし考えてから、条件を出すことにした。
「俺の分の銃と……尋ね人について情報がないか聞けるなら、手を貸そう」
「尋ね人?」
「レイヤという人族の少年だ。アルフヘイムとの国境辺りでラインライアの正規兵の鎧をつけた男達に捕らわれた。追いかけてここまで来たが、人が多すぎて何から手をつけて良いかさっぱり分からない」
「レイヤねぇ……何でエルフのあんたが人族の――」
睨み付けてやると、一瞬言葉が止まった。
その隙を取って、話の主導権を奪い取る。
「そういう話をするなら、何故人族のお前が裏ルートで銃を手に入れようとしているのか、俺も訊かずにはいられなくなるんだが」
「いや、別におれの方は答えても良いんだけどね。だって、商売するのに護身は必須だからさ。おれはあんたみたいに魔術が使える訳じゃないんでね」
「俺だって別に大した理由じゃない。レイヤとは偶然行き合っただけだし、そもそも武器を欲しがるのに理由がいるか? 俺だって前ふりなしに攻撃出来る方法があれば持っておきたい」
お互いに1ミリたりとも気を許していないやり取りを経て、理由を尋ね合うことの無意味さに気付いたトーマスは黙って肩を竦めた。
俺の方もだいぶ話を端折ったが、トーマスの言う理由もかなり怪しい。さっきの身のこなし、どう見ても一般的な人族じゃない。何か目的があって動いているように思うのだが、そこを掘り下げればこちらだって、自分の武装としての目的の他に、アルフヘイムに送って分解したいなんて赤裸々なことを言わねばならない。薄々気付かれているのかも知れないが、さすがに全てをさらけ出す訳にはいかないだろう。聞いていなければ知らなかったことに出来ることもあるのだ。
互いに妥協して、踏み込まないという暗黙の了承に至った。
協定が結ばれたところで、人気のない場所へ移動する。
トーマスが用意した宿の一室に入り、まず求められたのは「商品」の品定めだった。
何をすればと問うた先に、脱げと言われて、予想外の要求に一瞬言葉を失った。
「何故、服を?」
「いや、奴隷ってのはあんたの身体に金額がつくんだぜ? 幾らになるか見積もるにゃ、見てみるのが一番だろう」
伸びてきた手を払い落として、一歩後ろへ下がる。
「奴隷が何なのかは知っている。捕らわれて強制的に労働させられるんだ。雇用関係、主従関係の強制だろう?」
「あー……まあ、そうね。そうだけど」
「服を脱がなくても俺がどの程度働けるかなんて、魔術のデモンストレーションでもすれば良いし、第一――」
不思議そうにこちらを見るトーマスを、こちらこそ不思議な思いで見返した。
「第一、こんな密室で服なんて脱いだら、何かの弾みに子どもが出来てしまうかもしれないじゃないか」
「いや、まあ……そうだけど」
火照る頬を押さえながら答えると、トーマスもまた言葉に詰まった様子だった。決まり悪そうに頭を掻く姿を眺めつつ、ふと思い出す。
そう言えば、レイヤと話をしていた時も、妙に「子どもってどうやって作るんだ」なんてことを聞きたがったっけ。何てことを聞くのかと思っていたが、人族とエルフでは子どもの作り方が違うのだろうか。いや、レイヤの場合は異世界の人族だから、この世界の人族と比べるのは意味がないかも知れないが。
アルフヘイムでレイヤに解放された淫欲に関わることなのだろうか。
そもそも、人族とエルフは交わって子どもを作ることも出来る。ハーフエルフ達がその証拠だ。繁殖方法が大きく違うなんて話は聞いたことがないから、多分、文化と言うべきか、初対面で口に出すべき話題が違うということなのかもしれない。
「……や、あのさ。ここまで黙ってついてきたから、その辺、とっくの昔に納得してるんだと思ってたんだけど」
「納得? そりゃ俺だっていつかは子どもを作るかもしれないが、その相手はお前じゃないし、それは今じゃない」
「えー……? いや、うーん……そういうこと言うかな、普通」
「言わせたのはお前だ」
本当に人族は余計なことばかり言う、と、これもまたレイヤのことを思いつつ心の中で愚痴を吐き出す。
トーマスはしばし考えた後、俺を見ながら片手を上げた。
「あーもう、オーケーオーケー、分かりました。あんたは今んとこおれと子作りするつもりはない、だけどおれと手を組んで、奴隷のフリして潜入するつもりはあるってことね?」
「ああ」
「奴隷ってのは基本的にそういう危険も伴うお仕事なんだけど……そこは良いの?」
「多少の危険は理解している。それに、本当に奴隷として売るつもりじゃないんだろう? お前はそう言ったはずだが」
「いや、そうだけどさ。でも、万が一ってこともあるじゃん」
「あってたまるか。そもそもお前がそういうことを言うと、交渉にならんだろうが」
最終的には見捨てるつもりであろうが、俺の前ではそこは隠しておいて貰いたい。
前提条件が違う、と食ってかかろうとしたところで、トーマスは面倒そうに両手を振って遮った。
「はいはい、悪かったよ。でもほらそうじゃなくて、商品としてはそういう……その、あんたの言う子作りの機能がどのくらいあるかってのを問われる訳じゃん。だからどのくらいの値段がつくものか、先に見て品定めしておきたいって……」
「……人族の言う奴隷というものは、そこまで求められるものなのか」
アルフヘイムの奴隷制度は、淫欲とともに封印されて久しい。遥か昔、始祖レスティキ・ファの時代で途絶えている。
俺の頭にある知識は遺された文献と、最近の人族文化に関する聞きかじりのものだけ。それも付け焼き刃でしかない。人族が他種族を狩って奴隷にしていると聞いて慌てて調べたものだ。
戦争捕虜という制度はあるにはあるが、それもまあ、長いこと本物を見たことはない。あくまで制度として残っているというだけだ。
だから……まさか、子どもを持つかどうかなどというプライベートなことまで強制されるとは、思ってもみなかった。
「本当に禄でもないな、人族の行いは」
「それ、おれに言ってるの?」
「いや、この制度に加担する全ての人族に対して述べている」
エルフからも、王都に向かった後、行方の分からぬ者が何人も出ている。
この件については、近い内にアルフヘイムへ状況を報告しなくては。
そのまま考え込んで黙りこくった俺を見て、トーマスは大きなため息をついた。
投げやりな態度を睨めつける。
「お前は奴隷制度には何の批判もしないと?」
「だっておれは別に、制度の是非は問うてないし。ただ偶然そこに銃があるなら、奴隷ってヤツをうまく利用できるって思っただけさ」
「この点では意見が合わないようだ」
「あんたが合わせようとしないんでしょ。良いじゃない、お互い協力するのは奴隷市に入って銃を入手することと、レイヤくんとやらについて尋ねることだけでしょ。他のことはあんた、他の協力者を見つけな」
「……言われなくともそうするつもりだ」
確かに、ここで一エルフの俺が一行商人に対して国家の正義を説いても、何の進展もないことは事実だった。やり取りの不毛さに気付いて話を戻す。
「それで、奴隷の価値を確かめるのに、服を脱ぐ以外の方法はないのか。魔術を使って見せるくらいならしてやっても良い」
「あー……エルフの奴隷ってのはそういうの求められてないから。むしろ、魔術なんて使える状態で反抗されたらマズイでしょ」
「それはそうだが。じゃあ、何を」
「今のラインライアの流行では、フェアリーとかドワーフみたいな手先の器用な種族を、家内作業用に使ったりさ」
「残念だな、俺はどっちかと言うと器用な方じゃない」
「後は、エルフやマーメイドは観賞愛玩用に……」
「犬の子か、俺は」
「だから、そういう怒りの発散先は自分で見付けろっての。おれはただ事実を述べてるだけ」
苛立ちながらも言葉を抑え顎で先を促すと、トーマスは頷いて肩を竦めた。
「ま、だからさ、あんたが鑑賞に堪えるかどうかを見せて貰えばそれで良いよ」
「つまり?」
「その下手くそな仮装をやめて、素顔見せろっての」
「下手くそ!?」
さすがに苛立ちが募り、勢いでトーマスに向けて蹴りをかました。
悠々とそれを避ける姿を見てますます腹が立ったが、本気でここで暴れ始める訳にもいかない。
怒りに震える手でマントを脱ぎ、そのついでにトーマスに向けて放り投げた。
ぶつかったところで痛くもないことは分かっている。それでも、飛んできたものをどうしようかと慌てれば可愛げもあるものを、世慣れた行商人はうまく受け取ってベッドの脇に投げてしまった。
その憎らしい姿を横目で見ながら、髪を括っていた紐を解き、手拭を濡らして染めていた色を落とす。雑に拭ったせいで拭い損ねた色が若干残ってはいるものの、おおよそ元の金色が戻ってきた。
伸びた耳も剥き出しに向き直った俺を、上から下まで眺めた後、トーマスは眉を寄せた。
「ふーん……」
「ご不満なら、役者を替えるか」
もう、それならそれでも良い気になった。別にこの男のことを信用して手を組んだ訳じゃない。
どちらかと言うと……信用できないから、目を離さないために傍にいなければならないような気がしている。
この行商人、最初は少しレイヤに似ているとも思ったが、ここまで来てもう絶対似てないと断言出来るようになった。レイヤならもっと……色んなところで詰めが甘いと思う。そういうところが何だか放っておけない気になるのだけれど。
ああ、やはりレイヤ以外の人族なんてこんなものか。一緒にいると苛立ちばかり。
どちらでも良いから、さっさと決めてくれ。
「……いや、うん。確実にイケるでしょ、これは」
顎に指がかかり、持ち上げられる。
覗き込んでくるトーマスの黒い瞳には金貨が映っているような気がして、内心うんざりした。




