4 武器のありか
「……で、それを売りに来たという訳か」
「そうそう。それにしても知らないもんだなぁ。まだ田舎の方には広がってないのかね」
「蒸気機関か? そうだな、少なくとも俺は知らなかった」
どうやら今のラインライアでは、その蒸気機関というのがエネルギーの主流となっているらしい。レイヤが乗せられていた車もそうだが、それ以外にも紡績や金属加工など、王都の中の様々な分野で利用されているのだとか。
アルフヘイムにその情報が流れて来ないのは、互いの行き来がほとんどない為だろう。つくづく自分の世界が狭過ぎたことを思うと頭が痛い。
エルフ達が森の平和を甘受していた間に、人族は恐ろしいスピードで変わりつつある。そのことを考えると、結果的には女になったことも、アルフヘイムの為に良かったのかも知れない。
食事を終えた後、煙の中をぶらぶらと歩きながら、トーマスから蒸気機関の使われている工程について話を聞いた。
聞けば聞く程えらく詳しいな、と確認したところで、トーマスの背中の荷物はその蒸気機関の燃料だと言うことが分かった。
見失ったレイヤは、最後、自動車に乗っていた。とすると、燃料を売り歩くトーマスの後をついて回れば、自動車の持ち主を当たることが出来るのではないだろうか。
街を見ていても、自動車が走っている様子はほとんどない。
蒸気機関が人族にとってポピュラーなエネルギー生成装置であるとしても、自動車の普及はそこまで進んでいないのだろう。そうだとすれば、例え直接的な手掛かりに当たらなかったとしても、燃料の流通を知ることは何かのきっかけにはならないだろうか。
しばし考えた後で、俺はトーマスに向き直った。
「頼みがあるんだが」
「ん? 金に困ってるとか、職に困ってるとかそういう話?」
「違……いや、違わないか。端的に言えばそうだ。見ている通り、王都に出れば何かがあるだろうと甘い考えで都会に出てきた愚か者だ。これから何をどうすれば良いのか、当てもなくてな」
百%真実ではないが、当てがないのは事実だ。
向こうも真実を全て述べている訳ではなさそうだし、これくらいが妥当だろう。
恥ずかしげもなく助けを求める俺の言葉を聞いても、トーマスは狼狽える様子すら見せなかった。
「そう? じゃあ、おれの手伝いしてくれる? ちょうど人手不足を感じてたとこだったんだよね」
「ふむ、それは……ありがたい話だな。よろしく頼む」
にこりと笑って差し伸べられた手を、黙って握り返した。
そんなにタイミング良く物事が運ぶ訳がない。分かっていても、この怪しげな商人から目を離す気にはなれなかった。
こいつは何かを隠している。俺の勘がそう言っている。
獅子身中の虫ほど自分の傍から離さぬようにしろ、と言っていたのは親父だったか。
個人的には反論もあるが……まあ良い。今回はその言葉に従おう。
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「はい、今回もお疲れさん。これ、代金ね」
「ありがとうございましたー」
軽く頭を下げ、敷地から出てきたトーマスに視線を送る。
手を上げて近寄ってくる男の背の荷物は、すっきりと軽くなっている。
「……燃料は買い付け所があるのか」
「何? 工場を一軒一軒売り歩いてると思ったの?」
「まあ、それに近い予測をしていた」
少しばかり当てが外れて、勝手に声が沈んだ。
しかし、考えてみれば当然のことだ。
燃料が大切なものであればあるほど、誰かが統制したがるはずだ。流通の面でも、権力の面でも。
それが、国家による統制か、民間の誰かなのかはその時の状況によるだろう。
悩んだところで仕方ない。
俺は壁にもたせていた背を伸ばし、歩き出したトーマスの横に並んだ。
「しかし、こうして持ってきた商品が売り切れてしまったら、もうこれで後は帰るだけだろう? 何に人手が必要なんだ?」
「いやいや、アルシアちゃん。行商人は売ったら終わりじゃないぜ。ここまで運んできたものを売ったら、次はここから運び出すものを買わなくちゃ。つまり、他所で売る商品の仕入れだね」
「ふーん……田舎で燃料を仕入れて王都で売り、今度は王都で仕入れた品を王都から離れた場所で売るってことか」
「そうそう。そうすれば、往復が無駄にならないだろう?」
「なるほどな」
ふと、トーマスが俺の方へ顔を向ける。
「それで、アルシアちゃんに手伝ってほしいのはこの後のことなんだ」
「ん?」
「仕入れたい商品に、ちょっと危ない場所でしか取り扱いがないものがあるんだよね……」
「危ない場所?」
巨大な猪が出るとか、熊が出るとかそういうことだろうか。
険しい崖を登るとか、流れの早い河を渡るとか。
「……何か勘違いしてるっぽい顔してるけど、危険なのはアレだよ、その……女の子としての危険」
「…………ああ!」
自分の身体にその手の危機が迫ったことがなかったので、しばらく考えてようやく分かった。
つまり貞操の危機とかそういうものらしい。
「ん? そうするとお前は、俺をそういう場所へ行かせようとしていると……」
「や、だってさ、おれ1人じゃダメなんだよ。こんな金のなさそうな行商人、客としては考えて貰えないだろうから」
「だが、そこで仕入れをしたいと言うなら、お前は客なんだろう? それが、俺がいて入れるって言うのはどういうことだ」
「大きな声では言えないんだけどね」
ちょいちょい、と指先で呼ばれた。
黙って耳を近付ける。
耳元で、ぼそりと呟き声が響いた。
「……この隠してる耳、全部見せて貰えないかなぁ?」
「――っ!?」
バレていると気付いた瞬間に、頭で考えるより早く足が動いていた。
トーマスの足元を狙って、滑り込むような低めの蹴り。飛び上がって避けたトーマスの手が俺の頭上を掠め、被っていたマントのフードとショールを払う。
俺の真上を飛びこす程の、人族にしては驚異的な跳躍力に驚いている暇はない。背後に回られた瞬間にマントの下の剣に手を伸ばした。振り向きざまに遠心力を最大限に使い引き抜こうとした剣の柄頭を――正確に、トーマスの右手が柔らかく押さえた。
舌打ちをして呪文を唱えようとした瞬間、唇に触れるか触れないかの距離に左手が翳された。
「ストップストップ、ここであんたと戦り合うつもりはないって」
苦笑さえ浮かべた行商人の手は、左右どちらも力がこもっているようには見えない。
だが、抜きかけた柄はびくともしなかった。しばらく睨み合――いや、俺が一方的にトーマスを睨み付け、トーマスは笑いながらこちらを眺めている。
しばし考えた後、結局は剣を抜くのを諦め、踏み出していた足を一歩退いた。
肩を竦めたトーマスも柄から手を離し、上げていた左手をゆっくりと下ろしてから距離を空ける。
「や、想像してたけど強いなぁ。素早いし、思考に無駄がない。今、何か魔術使おうとしたね?」
「……通りすがりの行商人を1人殺すくらいのこと、さしたる手間でもない」
「うわっ躊躇ないなぁ。さっき昼飯奢ったじゃん。一宿一飯の恩義とか躊躇とかないの」
「なくはないが、身の安全が優先する。当然だろう」
「あーはいはい。全く、エルフは頭が固いんだから……」
ボヤくトーマスの言葉に、俺はもう返事をしなかった。
平静な顔で立っているように見えてくれ、と祈りながらも、マントの内側では冷や汗が止まらない。
先程の身のこなし、とてもただの行商人とは思えなかった。
退いてくれて助かったのは、俺の方なんじゃないだろうか。
もちろん、それを態度に見せてはいけない。この手の状況では、こちらが舐められたら終わりだ。
落ち着いた声を絞り出し、トーマスに問いかける。
「……俺をエルフと知っていながら、何をさせようとしている?」
「とある奴隷市の中で、質の良い銃が売りに出されてるって噂があってねぇ……」
――人の溢れるこの王都では、特徴のない人族1人の情報よりも、きな臭い噂の方が先に網にかかるらしい。




