2 立ち上る黒煙
正直な話、その気になれば簡単に助け出せるはずだ――と、高を括っていた。そんな甘っちょろい考えは、初っ端から裏切られた。
酷い煙を撒き散らしながら車が行ってしまってから、ようやく屋根を降りる。
馬車の何倍ものスピードを出すソレを、横耳で聞いた限りでは兵士達は自動車と呼んでいた。自動と言うからには、動力がない……のだろうか。
黒煙の舞う街道を眺めて、しばらく呆然としてしまった。
ギリギリで【渡りの小鳥】は付けたが、ちょっと今回はどこまで追えるものか不安がある。長距離をあけて長時間付けっぱなしにしておけるような魔術じゃないのだ。
若干悔やみはしたが、後悔先に立たず。今更言っても仕方ない。転移の魔術が使えるのは魔族だけだ。
向かう先がラインライアの王都だということは分かっているのだから、まあ問題ないだろう。
見た目は平凡な人族の癖して、変に目立つヤツでもある。王都の隅から隅まで、片っ端から当たればいつかはぶつかるはずだ。
そんなことを考えつつ、街道を少しばかり森に入って王都に向かった。
よく考えれば向こうが馬車であっても、結局は同じかもしれない。こちらは徒歩で追う以外に方法がないのだから。
そんなこんなで、途中で【渡りの小鳥】の効力が切れたときも、さして焦りはしなかった。どんな風に急ごうが、無理なものは無理だ。
個人的にはそれよりも、今度こそ人族に見付からないように歩くことに気を配った。人族の小屋なんかを近くに見つけた時は出来るだけ歩みを緩め、辺りを警戒しながら進んだ。
街道があれば迷わないのは事実だが、正直な話、俺にとっては森の中の方が安心出来る。だから、しばらくはそれで歩いてたんだけれど……ふと気付いた。
先に、人族の関所で俺がエルフだと見付かって追い回された時。
奴らは俺の外見的特徴で俺をエルフと判断していたような気がする。
まず、この明るい髪の色。人族はそのほとんどが黒い瞳と黒い髪をしている。
それから、長く伸びて尖った耳の形。人族の耳はもっと短くて不格好だ。
後は多分、服装。森で生きるエルフの身に着けるチュニックは、人族の纏う衣服とは雰囲気が違う。
体格だとか他の要素も最終的には判断の材料になるのかも知れないが、そこは正直、人族の中でも個体差のあるところだろう。
だとしたら、髪と耳さえ何とかすれば、それなりに街道を歩くことも出来るんじゃないだろうか。
髪は染めれば良い。フェアリー達が糸を染めるのに使う染色剤の原料の内、この森で取れるものを幾つか知っている。どれが近くにあるか、それでも水辺に出られたならムラサキブクロは確実にあるはずだ。
問題は耳だ。自分の耳先を触りながら考える。
切り落としてしまえば遠目には分からないだろう。だが、近づいて良く調べられればすぐにバレる。それに、いくら耳の先はさして大きな血管もないとは言え、不用意に怪我を負ってそれが原因で死ぬのも馬鹿らしい。
しばし悩んだ結果、髪の中に隠してしまうことにした。
両側を編み上げて内側に耳の先を入れる。遠目に見れば、耳の長さは分からないだろう。髪が暗い色になれば余計に。
手先が器用じゃない分、綺麗な編込みにはならないのが残念だ。
他に方法を見つけたら、即変更しよう。
後、悩むべきは人族らしい装い、というヤツだが――
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「お嬢さん、一人旅かい?」
上り坂になった街道を歩いていると、行き合った人族の農夫に声をかけられた。
これで3人目だ。
俺はため息をついて首を振る。
「……もう王都も近いと言うのに、一人旅がそんなに珍しいか?」
「いやあ、王都が近いからこそだねぇ。あんた、田舎から出てきた口か? この辺は色々物騒だも」
この忠告も3回目。軽く手を上げて、無言で行き過ぎた。
……どうやら一応、人族の娘には見えているらしい。だが、こうも次々に別人に心配されては面倒だ。
アルフヘイムでは王の傍ほど安全で治安が良く、目が行き届かぬところは犯罪が稀に起こるものだったが、人族の王国では違うのだろうか。
自分の姿を見下ろしてみる。
長袖のだぼっとした上衣も長いスカートも土色。荷物の中に入っていた適当な布を適当に巻き付けたり適当なところを留めたりしただけだが、まあそれらしくは見えるだろう。上衣の開いた襟元から肌が見えないように巻かれたショールと、その上から被ったマント。頭から頭巾を被って、耳先を二重に隠している。
どこからどう見ても人族の田舎娘――の、はずだが、どうしてこんなに行き合うごとに声をかけられるんだろう。
マントの下に提げた剣を手探りで触れる。
これを外側に見せてしまった方が良いだろうか。いや、しかし俺の聞いた話では、人族の女は剣なんて持たないってことらしいんだが。
レイヤと最初に会ったハーフエルフの町コルナ、あそこはハーフエルフが多いだけあって、ある種の緩衝地帯のようになっている。だから時々だが、人族も訪れたりする。
そこからいわゆる又聞きで、ラインライアの様子なども聞いたりする訳だが……うーん、又聞きでなりすますのは案外難しいな。
大体、何で女は剣なんて持たないのかもよく分からない。
アルフヘイムでは男女問わず、家の外では武器を常に携えている。ルシアのように剣よりも弓矢が得意ってことなら分からなくはないが……そういうことでもなさそうだし。
王都に着いて店を見付けたら、男装する方が楽かも知れない。それまでにはきっと周りの人族をもっと観察する機会もあるだろうし、そうすれば堂々と剣を提げていられる。
そんなことをつらつらと考えながら歩いている内に7回声をかけられたが、どれも適当に相手してやり過ごした。
それにしても、随分人通りが多くなってきた。
さっきまではしばらく歩くと人と行き過ぎるレベルだったが、今は……道の先を見通すに、坂の上には人だかりがあるように見える。
あの、人族が集まっている辺りが王都なのだろうか。
やはり街道を外れるか、それともこのまま行くか悩んでいる内に、人影が途切れなくなってしまい、結局は街道から出る機会を逸した。
段々と、後ろから来て俺を追い越しざまに声をかけていく人族も現れ始め、前方の人影も増えてくる。
ふと気付けば、周りを人族に囲まれているような状態だった。
「お嬢さん、王都は初めてかね?」
「……なぜ分かった」
「はっはは、そりゃあんた、そんなにきょろきょろ見渡してちゃ、おのぼりさんだって自分で言ってるようなもんだよ」
隣を歩く髭の商人に笑われて、肩を竦めた。
どうやらこんなにきょろきょろしていては、田舎者丸出しらしい。
まあ、実際にラインライア王国の都市など見るのは初めてだから仕方ない。
「王都というのは、こんなに人が集まるものか。あなたもそうだが、あの人だかり、市を目指して来ているのか?」
「人だかり? ああ、ありゃあただの列の最後だよ。この坂を上りきると次は下り坂だ。王都は丘に囲まれて凹んだ真ん中にあるから、まだ見えないんだよ。ほら、上までもうちょいさ、頑張って上ろう」
さして傾斜がきつい訳ではないと言え、長い上り坂にうんざりしていたところだ。
商人の言葉に励まされて足を進める。
しばらく歩いたところで、丘のてっぺんが見えてきて、商人の言葉が事実だと分かった。
「それにしてもあんた、着の身着のまま出てきたような感じだねぇ。よくもここまでそんな格好で、田舎娘が無事に来たもんだ」
「……おかしいか?」
「おかしかない……と言ってやりたいが、やっぱりおかしいね。あんたみたいな若い娘が一人で街道なんか歩きゃしねぇからなぁ」
どうやら人族は、娘が旅をすること自体がないらしい。街道を歩いていてあれだけ声をかけられたのもそのせいだろう。やはり、王都に着いたら男物の服を探そう。
そんなことを考えている間に、丘の上へと到着した。
ふう、と息を吐き出し、街道の更に先、下りの道を見下ろして――言葉が、止まった。
「ははっ、びっくりしたかい、お嬢さん。あれが、我らがラインライア王国の王都だよ」
視界に広がる盆地の端、堅牢な城壁に囲まれた内側には、アルフヘイムの王宮を並べれば10以上入るだろう。
その城壁の端から端まで石造りの建物がところ狭しと並び、その間をくねる道の上には人族の姿が途切れることはない。
あちこちで、天に向かって真っ直ぐに黒煙が立ち上り、街全体が靄に覆われているようにさえ見える。
盆地の中、建物と人と煙がみっしりと詰まったその光景に、何とも言い表せない目眩を覚えて、俺は何度も目を瞬かせたのだった。




