1 ただでは起きない
ちょっと長い幕間。時系列的には三章の3くらいまで戻ります。
引き抜いた剣から人族の血が滴り落ちた。
ぬめりで刃の勢いが死ぬ前に、刃を振るって血と脂を落とす。
正規兵でもないはずなのに、妙に数が多い。
正体不明の人族の兵士達を追う俺の姿を、横で怯えたレイヤの瞳がじっと見ていた。
微かに漂う非難の色に、一瞬気を取られた。
途端、背後から罵声が響く。
「この野良エルフが! これでも喰らえ!」
振り向いた時、男の握っている銃がまっすぐ俺を向いていることが見て取れた。
この距離ではもう避けられない――ならば、せめて相打ちでも。
残されるだろうか弱い人族の少年が1人きりで生き抜けるのか疑問はあるが――以前に比べればそんな躊躇は少なかった。
もうこの肩には、アルフヘイムも、そこに住まう大勢のエルフ達もかかってはいないのだから。
どこか軽やかな思いで剣を構え、銃口に向かって踏み出そうとした瞬間――真横から体当たりを食らいたたらを踏んだ。
見れば、俺の身体を押しのけ、銃口から放たれた光を浴びる少年の姿――
「レイヤ――このバカ!」
叫んだ途端に、力の抜けたレイヤの身体に押し倒される。
「ぐっ……」
柔らかい腐葉土に受け止められはしたものの、人1人のクッションになった腹の衝撃は大きい。呼吸が詰まって一瞬、視界が暗闇に落ちそうになったが、藻掻いた時剥がれた爪の痛みで何とか踏みとどまった。
腹の上に乗ったレイヤの頭に、外傷はなさそうだ。
目が合うと、ほっとしたように微笑まれた。
バカ、お前……何で俺を庇ったんだ。
俺にはもう、庇われるような価値なんてないのに。
見下ろしてきた目線で、俺に体重がかかってることに気付いたらしい。
慌てて身を起こし足を踏み出そうとして――そこで、レイヤの身体は糸が切れたように再び崩折れた。
「おい!? レイヤ!」
容赦なく体重をかけてくる身体の下から這い出て、強く揺さぶってみるが目を覚まさない。どうもさっきの光に何かやられたらしいが……。
「動くな、お前ら!」
向こうからバラバラと兵士達が駆け寄ってくる。
呪文を唱えようにも間に合わない。さっき下敷きになった時に捻ったのか、足首に変な痛みがある。もしそれがなくても、完全に気を失ったレイヤの身体を抱えて逃げられる程の腕力など、今の俺にはなかった。
迷ったのは一瞬だった。
俺に出来るのは、その場の最適を選ぶことだけだ。
ここでレイヤを守って戦おうとすれば、まず間違いなく気を失ったレイヤを人質に取られ、諸共に捕まるか殺されるかするだけだろう。
それよりは、可能性のある方に進むことにした。
素早くレイヤの傍を離れ、後ろへ跳ぶ。痛む足では少々着地が危ういが、正直――万全の状態でレイヤを連れて逃げるよりも素早く逃げられる自信があった。
「――おい、逃げるのか!?」
背中から苛立った男の声がする。
振り返った瞬間に、その男の傍に倒れ伏したままのレイヤの身体が視界に入って、あやうく足を止めそうになった。
だが――正しき王道を敷くには、最善の為にはどんなものでも切り捨てる覚悟が必要だ。
もう、王道など関係ない俺に、そんな覚悟が本当に求められているのかは分からないけれど。
「てめぇ、こいつがどうなっても良いのか――!?」
脅されようが何だろうが、俺が姿を消してしまえば、あいつらにとってはレイヤが唯一の収穫になる。そうそう簡単に殺して終わりにはしないはずだ。
計算はした。可能性も測った。
だから、これで正しいはず。これが最善。
レイヤを救うためにこそ、俺がここで捕まる訳にはいかない。
分かっているのに、ひどく心がざわめいた。
後ろを振り返りたくなる衝動を噛み殺しながら、ひたすらに森の奥へと駆け込んだ。
男達の声はどんどん遠ざかっていく。
重なる緑の葉の向こうに、揺れる枝の後ろに。
駆け抜ける途中で枝を掴み、兵士達の死角から飛び上がる。そのまま木の枝に伏せた。
藪の向こうから俺を追いかけてきた兵士は、消えた目標を探して枝の下を走り回っている。しばらくその場でうろうろしていたが、俺の姿を見付けることはできなかったらしい。
真下を通り抜けてく人影を息を殺してやり過ごしてから、思い付いた。
そうだ、アレを追いかけよう。レイヤが連れられた先を突き止めねば。
対象を追跡する【渡りの小鳥】の呪文を口の中で唱えてから、兵士の上空、樹上を飛ぶ魔術鳥の姿を見ながら考えた。
正直に言ってしまえば、無視して海へ――奪われた聖槍リガルレイアの元へ進む選択肢もある。
あいつは結局、勇者ではなかったのだから。
元より異世界の人族、ここで消息を断ったとしても誰も困らない。
だが、それでもレイヤは助けなければ。
でなければ……誰がこの後、俺の下着を作るんだ。
ただ下に穿くものというだけであれば誰にだって作れるという事実は、意識的に無視した。
だって、あいつは――今の俺がたった一つ背負ってる荷物なのだ。
ここで捨てて行く訳にはいかない。
何もないはずの俺を生かしたんだ。
俺にしか背負えないのだと、それくらいは思わせてくれても良いだろう?
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レイヤの捉えられた場所は簡単に突き止められた。
街道沿いの砦だ。【渡りの小鳥】で追った後、こっそりと中を覗いて確かめたから間違いない。
砦の中で得意げに下着を大盤振る舞いしてる姿を見たときは、ぶん殴ってやろうかと思ったがぎりぎりで思いとどまった。
無警戒で踏み込む訳にはいかない。
問題は、奴らの持っている銃――初めて見たが、噂通りの威力だ。アレをどう対処するか決まらない内は動くことが出来ない。
実を言えば、しばらく前からアルフヘイムでは、人族が不思議な武器を持っているという話がまことしやかに囁かれていた。
それは矢よりも早く飛び肉を抉ると言う。
更に、それには魔術を組み合わせることも出来るらしい。
あるいは焔を纏い、あるいは雷を帯びて飛来する。
既に幾人かのエルフがそれによって人族の手に落ちた、と言われていた。
何度かそれを入手して解析しようとしたが、結局は失敗に終わった。広範囲にまかれてはいても、どうやら銃を持つ人族は限られているようだ。誰でも持っている訳ではないらしい。特権階級や兵士達だけに渡されているのだろうか。
そんなことを思い出しながら様子をうかがっているうちに、レイヤが王都へ移送されるという話が持ち上がった。
小鳥たちと共に砦の屋根の上にあぐらをかいて座り、高窓から漏れる声を聞きながら、ふと考える。
……王都ならこんな田舎よりも、人族の開発したという銃を入手しやすかろう、なんて。
俺の横で羽を休めていた小鳥達が、鳴きながら飛び去って行った。
どうやら俺から滲んだ不穏な気配を感じて、逃げてしまったらしい。
ふと自分の顔に手をあててみると、唇が奇妙に歪んでいる。
まあ、これも性分と言うか――仕方ない。
レイヤにはもうしばらく我慢してて貰おう。




