17 囚われのエルフ
「なるほど。勇者様からの申し入れは断った、と」
全く全然これっぽっちも信用していない顔で、ダニエルはにこにこと頷いた。
「うん、それでこそ僕の奴隷だ」
「うれしくねぇよ」
渋い顔で言い返したけど、ダニエルの追及は緩まない。
……昼間、莉亜の申し出を断ったのは早まったことしたかも。今になって少しだけ後悔した。
アルセイスを理由に差し出された手をはねのけたオレに、莉亜はさして悩みもせず、「まあ、じゃあしょうがないね」と答えた。
何の裏もなかったかのように、「お兄の作ったぱんつはいらないから」と言い残して帰っていったのだった。
いらないなら何で来たんだよ、お前!?
いや、オレを助けに来たのはよく知ってるけども!
一応、また様子見に来るとは言っていたが、そっちがそのつもりならこっちにだって言いたいことがある。
何でお前がここにいるのかくらいは、説明してから帰れ!
もちろん、ダニエルの奴隷であるオレに、勇者さまを引き留める力などある訳がない。オレの言うことなんて欠片も聞かず莉亜は部屋を出ていった。
残ったのは、答える者のない疑問と、しつこく続くダニエルの尋問だけだ。
いつものオレの部屋、ヘルガも入って来れないように入り口を塞がれ、延々と同じことを尋かれ続けている。
「さてそれで……勇者様にどんな指示をされた?」
「だから、さっき言っただろ。オレをここから連れ出してやるってのを断っただけだって。あいつ、ぱんつはいらないって言ってたから、受け取りには来ないぞ」
「うん、その話は良く分かったよ。いやあ、君は良い奴隷だ。……それで勇者様からはどんな――」
「――あんたな! 何でそんなに警戒するんだ、オレはびしっと断ったって言ってるだろ」
外も暗くなっているというのに、もう何百回と同じ質問を繰り返されている。
うんざりして声を荒げたが、ダニエルはオレの怒りなんて意にも介さない。
「僕が君の言葉をそのまま受け取ると思う? 盗聴器まで壊されたのに」
しれっと尋ねられて、うっかり納得しかけた。
確かに思わなそうだけどさ、この根性曲がり。
「しかし、君が『アルセイス』をとても心配してるっていうのは分かったよ。つまり、僕の手の中に彼がいる限り、君が裏切ることはないって訳だ」
「ああ、まあ……そう……?」
――あれ? 何か今、おかしくなかったか?
そう言えば、最初にアルセイスを捕らえたって話を聞いた時から、ずっと何か引っかかってる。
首を傾げるオレの表情をどう取ったのか、ダニエルは嘲笑じみた笑顔を浮かべた。
「はは、そんな顔するなよ。大丈夫、命に別状はないさ――命にはね」
「――っざけんなよ、てめぇ!」
がたん、と椅子を蹴って立ち上がった胸元に、例の拳銃を突き付けられた。
一瞬、動きの止まったオレを見下ろすダニエルの目は冷たい。
銃口に押されるように再び椅子に座らされたけれど、睨み返す目だけは緩めなかった。
拳銃は怖い。死ぬのも怖い。殺すのも――。
だけど何より、この世界でたった1人オレを助けてくれたひとを失うことが、怖い。
「ほら、そんな目をしないで落ち着いて。もしここで君が死ねば、僕自身はアルセイス王子に用はないんだから……つまり、特攻覚悟なんて何の役にも立たないってことさ。なーに、僕の言うことを聞いて大人しくしてれば、そのうち会わせてあげるよ」
「それのどこが安心出来るんだ。大体……何でそこまでしてオレをここに止めたがる?」
「君の作る下着は特別製なんだろ? 高く売れるものを商人が手元に置きたがるのは当然だ」
「……そうだな。アルセイスなんてどでかい駒が盤に乗ってなきゃ、それも納得できたけど」
莉亜と会う前にアルの話を聞いたことで、ようよう確信した。
オレにだって分かる。さすがにおかしい。
アルセイスを使ってオレを引き止めるなんて、重要度が逆だろ。
だって、アルフヘイムの王子なんだぞ。
オレのぱんつなんて、ちょっとばかりステータスが底上げされる――って言い方はこっちの世界の人達には理解し得ないだろうから、ちょっとばかり元気になる――程度だ。
そんなアイテムが作れるってだけで、アルフヘイムの王子を足枷代わりに使うほどの価値があるか?
奴隷であるヘルガはまだ分かる。きっとダニエルにとっちゃ使い捨ての駒なんだろう。
だけどアルセイスはエルフ達の王国に対する重要な切り札だ。民間人のダニエル自身に使いみちが分からなくても、人質にすればどれだけの金が入ってくるか。
オレのぱんつをいくらで売ってんのかは知らないが、所詮は装備品。
アルセイス本体の身柄の方がよっぽど稼げるはずだ。
ダニエルは一度軽く目を見開いて、嬉しそうに笑った。
「なるほど、なるほどね。君はどうやら順番を勘違いしてるみたいだなぁ」
「順番……?」
ぐ、と銃口がをオレの胸を強く押す。
「アルセイス王子の身柄を押さえてるのは、ラインライア王の依頼だよ。君をここに繋いでいるのも陛下の要望なのさ」
「ラインライア王? シャーロット姫の父親か?」
「そうそう、僕こそ知りたいよ、一民間人の君に何でこんなにも王が執着するのかって。だけど、裏に潜む人の大きさが分かったら大人しくしてることだね。君の肩には君だけの命じゃない、ヘルガ、アルセイス王子、そして彼の戴冠を待つ麗しきアルフヘイム王国の未来までかかってるんだから」
「……何だそれ?」
呟いた声は、自分でも分かるくらい掠れていた。
しがない男子高校生のはずなのに、背中に比重を乗せられ過ぎて、頭がオーバーヒートしてくる。
訳分かんない。何でオレが。
王様が直々にオレを捕まえとく理由なんてあるか?
アルセイスじゃなく、オレの方を――?
ふと、さっき感じた違和感の出処に思い当たった。
今、ダニエルは何て言った……?
「あんたさ、アルセイス捕まえといてまさか……紳士的にもてなしたりなんてしねーよな……?」
「僕自身は、いくら相手が麗しいエルフの王子だって言っても、躾も終わってない奴隷に手を出す程困っちゃいないよ? だけどまあ、躾中の彼に部下が何をしてるのかまでは関知しないから、あれだけ美しけりゃ男だろうがそりゃ……助け出したところで、君の手の中に綺麗なまま返ってくるとは思わないでおきたまえ」
嫌な笑いを浮かべて煽られたけど――話の内容よりも、気付いたことの方で頭がいっぱいになった。
ああ、ようやく突き止めた――違和感の元。
今のアルセイスを指すなら、「彼」って三人称はおかしい。あいつは今、オレのせいで女の子の姿してるはずなんだ。だから、そうとすれば今、ダニエルに捕まってるのは――?
呆然としたまま、ダニエルを見上げる。
オレの視線から、力が抜けたことを察したのだろう。ダニエルはするりと襟の中へ拳銃をしまいこんだ。
「ようやく分かったかい? 全部もう遅いのさ。昨夜の内にヘルガと逃げたりしなくて良かったね」
「何だと、ヘルガは……?」
「まさか、彼女に奴隷制御装置を外す程の魔力があるなんて知らなかったよ。君の作った下着に魔力を上げる効果まである、なんてのもね」
案外、それが国王陛下の目的なのかな、と続けるダニエルの言葉は、オレの耳を通り抜けるだけだった。
そんなことより――バレてる。
奴隷制御装置って言うのが、ヘルガの胸元についてたあの四角い機械のことだろう。ヘルガがオレの作ったぱんつ穿いて、アレを外しちゃったのがバレてる。
もし昨晩の内にそのまま逃げようとしてたら、きっとアルセイスを引っ張り出してオレを脅したのだろう。だから、今日の内にアルの存在をオレに告げた――?
……いや待て、違う。勇者だ。莉亜が来るから、ダメ押しの脅しをかけたんだ。今日のこの執拗な尋問も、莉亜に絡んでる。つまり、王様と莉亜は対立してる……?
――ああ、そんなことより、ヘルガだ!
「ヘルガはどこにいるんだ」
「彼女にはもう一度コントローラを取り付けてるところだ。首輪を外そうとする犬に対して、多少手荒になるのは仕方ないよね」
「そんな――」
「――何もかも君のせいだ。君が彼女を誑かし、彼女を泥沼に引きずり込んだ。何、まだ殺すつもりはないからさ、明日になれば返してあげるよ。ただし、もう魔術は使わせない。君に返すのは、舌を切り落としてからだ」
ぞわり、と背中を駆け上る何かがあった。
そいつは頭にまで到達して、今朝見たヘルガの笑顔を黒く塗り潰す。
真っ黒に、真っ黒に。ほら、全部闇の中。
憎しみに形があるならば、きっとそれはこんな姿をしているのだろう。
頭の奥にある黒い影の底から、恨めしげな金色の瞳が見上げてくる。
裏切り者を――人族を殺せ、と囁きながら。
どうせみな手の中から零れ落ち、全てはオレのせいになる。
歪んだ冤罪、狂った伝承。
三日月型に歪んだ唇の隙間から、尖った牙が覗く。
暗い闇の中1人、その声を受け、オレは――いや、私は――
どん、と地面の下から突き上がるような衝撃。
はっと顔を起こすと、扉の外へ厳しい視線を向けるダニエルの姿が間近にあった。
どうやら怒りで少し気が遠くなっていたようだけど、今の足元の衝撃はダニエルも感じたらしい。
「……今のは、何だ?」
訝しげな様子で、扉の外へと声を投げる。
「おい、誰か……! 地下を見て来い、今のは何の音だ?」
「少々お待ちください、今様子を見に――ぎゃああああっ!?」
くぐもった悲鳴は、途中で途切れた。
目を見開いたダニエルが、ジャケットの内側から再び拳銃を取り出す。
「――何者だ!?」
「……ふふ……いやあ、探しましたよ、音瀬さん」
聞き覚えのある声――そしてその呼び方。
オレが応えるより先に、隣のダニエルの方が早く反応した。
引き金を引くぷしゅ、と気の抜けた音の直後、着弾した扉から破裂音。2度、3度――6度繰り返された破裂音の後、拳銃がカチ、カチ、と空音を立てた。
いつになく焦った様子で、ダニエルは拳銃を引いて予備の弾を込めようとする。
その隙に――軋み音を立てて扉が開いた。
扉の向こうに立っていたのは、乱れた衣服を適当に羽織り口元を腫れさせたエルフだった。引き千切られた上衣の隙間から、真っ平らな胸がのぞいている。垂れたベルトの端を引きずりながら、肘の辺りが紫色に変色した右腕を掲げていた。
どこからどう見ても満身創痍だと言うのに、彼はそれには頓着せず、オレの姿を見て笑う。
その顔立ちはアルセイスにそっくりだけれど――それがアルじゃないことが、オレには分かってしまった。
声も違うし――それに、アルはそんな顔では笑わない。
そんな……疲れ果て、拗ねたような顔では。
「こういう時に来るのは王子様ってのがパターンなのでしょうけども……まあ、偽物でも勘弁してください。本物が来るのを待つには、少しばかり時間が足りなさそうなので」
アルセイスの顔をした偽物のエルフは、頬に飛んだ赤い飛沫を手の甲で拭いながら――薄い笑みを浮かべて立っていた。




