16 助けに来たのよ
「莉亜? え、待って……え?」
「あー、もうお兄ってば! ウロウロしてないでとりあえず中入って、ほら! あっダニエルさーん、じゃ、この人借りますんでー!」
莉亜はオレの腕を引いて部屋の中に引き込むと、向こうに首だけのぞかせて背後のダニエルに向かって手を振った。
軽すぎるほど軽い調子に一瞬焦るが、ダニエルは特段怒る様子も見せず、落ち着いた声が返ってくる。
「もちろんですよ、勇者様。どうぞ思う通りの仕立て物ができますように」
「はーい、ありがとでーす」
ばたん、と音を立てて扉を締め、部屋の中で立ち竦むオレとヘルガに振り返って見せた。
「はー、もう探すの大変だったんだからね、お兄。アルフヘイムにいるんじゃなかったの?」
「いや、それが……待てよ、何でお前がここにいるんだ」
「何でってお兄が……あ、ストップ」
手のひらを見せてオレの言葉を遮ると、莉亜は冷たい目で部屋の隅を睨み付けた。
立てたままの手をそちらへ向ける。
「あたしのいる部屋を盗聴しようなんて、良い度胸してるじゃない。踏み込んできたら、本体の方にお見舞いしてやるから黙って大人しくしてなさい! ――セット、全詠唱破棄――【氷柱の剣舞】!」
煌めく氷の刃が3本、莉亜の頭上に生まれ、指先の示す通り部屋の角にめがけて飛んだ。
壁の崩れる音とともに、破片が飛び散る。
莉亜はそれを見据えてから、小さく鼻を鳴らした。
「あのおっさん、ほんとクセモノね。お兄もさ、お付き合いする相手は選んだ方が良いよ」
「好きであいつに付き合ってるワケじゃない」
顔をしかめて言い返す。
莉亜はいたずらっぽく笑ったけれど、今の言い方だとダニエルがこの部屋の様子を盗聴していたということか。もしかすると、昨日のシャーロット姫との会話を知ってたのも、彼女から聞いたと言うより盗聴していたからなのかも知れない。
今まで呆気にとられた様子で黙っていたヘルガが「あの」と声を出した。
「あの……勇者さま。あなたは一体……」
「ん? ……ああ、さっきのお針子さんね。あのさ、良ければちょっと黙ってて欲しいんだけど。あたし、お兄と話がしたいだけなんだよね」
お前に説明する気はない、とその瞳が告げていた。
見た目はただのツインテールの女子中学生――のはずが、その視線には何故か気圧されそうになる。
言われた通り、ヘルガは何も言わず一礼して一歩下がった。ぎゅっと胸元に拳を当てているのは、怯えのあらわれだろう。
ヘルガの様子に頓着せず、莉亜はすぐにオレに向き直り、にこりと笑って見せた。
「ま、とにかくお兄。無事で良かったよ。どうなることかと思ったから」
「どうもこうも……お前こそ何でここにいるんだよ。こっちに来たりはできないんじゃなかったのか?」
アルフヘイムの森でクラーケンと戦った後、莉亜はそう言っていた。
斎藤さんみたいにこっちに来たりは出来なくて、会話しているのが精いっぱいって。
「出来なかったよ、魔力切れだったもの。だって、その直前に行き来したばっかだったし」
「……直前?」
「まあね。ほら、家でご飯食べたりしなきゃいけないから、毎回日帰りだけど」
「日帰り!?」
ちょっと待て。何だそれ。
「お前、転移の呪文なんか知らないって言ってたじゃないか!」
「違うよ、お兄。よーく思い出して。あたしが言ったのは『【変容】の呪文なんか知らない』『可能ならすぐにでもお兄を助けに行く』だよ。だから、可能になったから来たってこと……まあ、今までも何度か来てはいるんだけど、お兄に会ったところでどうにもしてあげられないんじゃアレだから、色々準備をしてたのよね」
頭の後ろで手を組んで、つまらなそうにぼやく。
「一応最終チェックで色々見て回ったけど、ま、これくらい出来てれば良いかなって思ったからさ。……んじゃ、行こっか、お兄」
「……行くって、どこへ……」
「決まってるじゃない。元の世界へ帰る――んじゃ、ないよ」
にまり、と笑った莉亜の表情を見て、思わず後ずさった。
「もう本当さ、何でこんなとこで誰とも知らない人向けに下着作ってんの? 危ないからそういうのやめてよね。魔王の封印が解けるのは良いけど、ものには順序があるのよ」
「順序……? そうだ、お前、勇者なんだろ!? この国の変わりようは何だよ……!? ラインライアの人達が続々とデフォルト下着を脱いでるのもお前のせいか?」
かくん、と首を傾げた莉亜が、オレの離した距離を踏み込んで近付いてくる。
「……だから? 元々、魔王が封印される前はデフォルト下着なんてなかったんだよ? 淫欲ってそんなに忌避されるべきもの? お兄、何童貞臭いこと言ってんの?」
「どっ……童……って、おま、お前な!」
あーあこれだから童貞は全く……と延々続く繰り言を、手を振って黙らせる。
「オレが言ってるのはそういうことじゃない。何でラインライアだけなのかってことだよ」
莉亜の声がぴたりと止まり、後ろでヘルガの息を呑む音が聞こえた。
「封印ってヤツを解くなら全世界いっぺんにやれば良いだろ。封印する時だって全部一緒に封印したはずなのに。何でラインライアだけ解いたんだ」
「何で? うーん、何で、か……」
「お前、ラインライアだけを強国にして、何か企んでるんじゃないだろうな?」
千年前の――旧版ラン・ジェ・リの伝説では、勇者は人族出身だった。ラインライアの辺境から旅立った勇者は、世界を周り他の6種族を味方につけ魔王の居城を目指す――そういう物語だ。
だったら……莉亜が本当に勇者の生まれ変わりなら、(元)出身国に対する思い入れがあってもおかしくない。
可愛らしく小首を傾げた莉亜がオレを見上げてくる。
「どうしたの、お兄ちゃん。そんなことあたしが考えるワケないじゃない?」
「お前……オレにその猫なで声が通用すると思うなよ。他のヤツは知らないけどな、お前の上目遣いも『お兄ちゃん』呼びも、大概悪事を隠してる時だってさすがにオレは知ってるぞ!」
「……ちっ」
舌打ちして視線を逸らされた。
オレに上目遣い攻撃が効かないことは莉亜だって知ってるはずだから……何だろう。余程痛いところを突かれたってことなんだろうか。
「まあほら、お兄。ここで言い合うの、やめよ? お兄が何をそんな難しく考えてるか知らないけどさ、あたしは助けに来ただけなんだから」
「助けにって何だ」
「お兄だって、まさかここで延々とぱんつ作っていたいワケじゃないでしょ? あたしもそんなぱんつ作りだけが趣味です、なんて兄は持ちたくないし」
「趣味じゃねぇよ!」
「だから、まずはここを出て安全なところに行こ? あたし勇者だからさ、ほら、協力者には事欠かないの。……あっ、気になるならそっちのフェアリーちゃんももちろん一緒に連れてくよ」
ダニエルは絶対に信用できない。それは事実だ。
ここでは、そもそもオレの生死すらさして重要視されていない。
だから、そういう意味では莉亜と一緒に行く方が、幾分かマシなのかも知れない。
だけど、「助けに来たのよ」と差し出された手を――オレは、取らなかった。
「……どしたの?」
「ダメだ。一緒には行けない」
「は? 何で」
「……アルが、捕まってる、かもしれない」
「アル? ――ああ、レスティの末裔か……」
さっき聞いたばかりのダニエルの話を思い返す。
もしもアルがここに捕まってるなら、彼を解放しない限り逃げるワケにはいかない。
逆に、あれがダニエルのブラフなのなら、それをはっきりさせるまでは。
「そんなの別に良いじゃん……って言っても、聞かないんだよね」
「ムリだな。オレにとって、アルは――」
アルは――そう。この世界でたった1人、オレを見捨てなかったひとだ。
だから、オレもアルだけは見捨てない。絶対。
だって……それをしてしまったら、オレはきっと自分のこと絶対許せなくなる。
ニンゲンじゃないものになってしまうような気がするから。




