14 お試しぱんつ
「ま、上出来かな」
夕暮れの作業部屋。
オレとヘルガ、そして机の反対側にふんぞり返って座るエセ紳士。
エセ紳士――改め、ダニエルの手の中には、小さなぱんつがある。
ヘルガの測ったサイズ通りに、オレが1日かけてシャーロット姫用に作ったものだ。
人族の手にぱんつを渡して良いものか、ぱんつの秘密を知ったヘルガとも相談したけれど、とりあえずはシャーロット姫なら大丈夫じゃないか、という結論に至った。
別に、その人格に敬意を払ってとかそういう話じゃない。単純に、あんな幼い子の魔力が少々強まったところで、何の問題もないだろう、という話だ。
たとえぱんつを横流しされたところで、サイズ的に穿ける者も限られるだろうし。
「一言も喋るなって言ったのに」とヘルガには散々怒られたのだが、それはまた別の話だ。
「よし、じゃあ今日の君の仕事は終わりだ。おつかれさま。晩餐を少し豪華にしておいてあげようか」
「どうでも良いよ、そんなの」
「そう言うな。五感の快楽は生きる喜びだよ?」
ごはんくらいしか楽しみがないのは、誰のせいだと思ってるんだ。
睨みつけてやったが、ダニエルにはさして思うこともなかったらしい。何でもない風に話を続けた。
「ま、この調子で頑張ってくれ。そうすれば、食事だけじゃない。今よりもっと良い生活をさせてあげられるからね。手始めに、明日は今日以上に大事なお客様が来るから対応よろしく、ヘルガ」
「分かりました」
「待てよ……王女より大事ってどんなヤツだよ?」
王族御用達らしいけど、王様でも来るんだろうか。
おっさんのぱんつは……まあ、拒否はしないけどあんまり面白くなさそうだなぁ。
ダニエルは答えようとしたけれど、気が変わった様子で途中で口を閉じた。
「あー……ま、明日のお楽しみにしとくと良いよ。ヘルガも初対面の相手だ。最上級に注意を」
「はい」
「じゃあね、君らの仕事はとりあえず及第点だ。今夜はゆっくりしてくれ」
凍った表情で答えるヘルガを眺めると、ダニエルはぱんつをつまんで、笑いながら出て行った。
その背中が扉の向こうに消えたところで、無意識の内にお互いに吐いた深い息の音が重なった。どうもあのエセ紳士がそばにいると、身体中が固くなってしまう。
オレが自分と同じ動作をしていることには気付いていると思うけど、ヘルガはとりあえずそれには言及せず、黙って椅子に腰掛けた。
「……じゃ、始めましょうか」
「お、おう」
机の上から、練習に作ってあったぱんつをつまみ上げ、ヘルガがしばしそれを観察する。
穿くのには問題ない、と判断されたのだろう。
ぱんつを持ち椅子から立ち上がったヘルガは、窓際へと向かった。引いたカーテンで自分をくるんで内側に入り、おもむろにスカートの裾をまくった――ように見えた。
「え、ちょ……おい、そこで着替えるのか!?」
「問題ない」
「あるよ! オレがあるよ!」
「私はない」
淡々とした声が返ってくるとともに、カーテンの向こうでごそごそ着替えている音とシルエットが見えている。
生着替え――という言葉が脳裏に浮かんで、咄嗟に振り払った。
欲求不満の男子高校生か、オレは――いや、そうだけど。
いやいや、恥ずかしいのはそうじゃない。
そもそもオレがこの手で作ったものを、目の前で穿かれるっていうのが恥ずかしいんだ。
あれだ。慣れない手料理差し出して、相手が一口食べたところで「どう……?」とかいう心境に似てると思う。料理は作ったことないけど。
色々頭の中で言い訳してみたけれど、結局は何をどう隠しようもなく、単純に視覚的&聴覚的にも恥ずかしいのだった。
カーテンの向こうのはずなのに、今ヘルガが何やってるのか結構分かっちゃうものだ。
ごそごそする音と膨らむカーテンの動きで。
あー羽が動いてるなぁとか、脱いでるなぁとか、片足通したなとか、そういう。
そういう……。
じゃっ、とカーテンが引かれる鋭い音で、慌てて顔を上げた。
「……何で机に突っ伏してたの?」
「恥ずかしいんだよ! だからやめろって言ったのに……」
出てきたヘルガは特に何でもない顔をしている。やっぱり淫欲が封印されてた影響だろうか。この世界の人、イマイチ恥ずかしさの概念がオレとは違うらしい。
この後も、こういうことある度にオレ1人で悶えることになるんだと思うと何だか切ない。
この世界には、オレ以外に欲求不満の男子高校生はいないのかよ……。
「ああ、もう良いや。それどこじゃなかった。で、どうなんだ? 多少は魔力が上がった感じするか?」
「多少どころじゃない。何なの、これ……」
よく見れば、ヘルガの桃色の瞳は興奮したようにキラキラしている。
上気した頬で背中の羽をばたばたと動かしてみせてきた。
うーん、そう言われてみると、ぷるぷる小刻みに羽ばたく羽の動きもいつもよりキレが良い……ような?
「例の変な装置、外せそうか?」
「やってみる」
小さく羽ばたいた透明な羽が、髪と同じ虹色に輝いた。
両手をあてた胸元が、手のひらの向こうから光り始める。
「【溶け出す夜の雫、指先辿れ水滴 ――流れる固体】」
水系統の上級魔法――融解の魔法だ。
固いものでも流動体にして溶かして流してしまう恐ろしい魔法なのだが、ゲームではゴーレムなんかにめっちゃ効いた。消費MPがハンパないので、バンバン連発出来ないのが残念なところ。
手の中に流水の集まるエフェクトの後に、はじけ飛んだ水滴が見えなくなるとこまで、ゲームと一緒。
エフェクトが消えた後は無音が続く。
沈黙の落ちた部屋で、ヘルガは立ちすくんでいた。
「……あの、どう……?」
「――とれた!」
顔を上げてこちらを見る。
胸元を押さえていた両手を外すと、そこにあったはずの変な機械は影も形もなくなっていた。
ヘルガの浮かべている満面の笑みに、思わずオレも笑顔で返す。
「お、おう、良かったな!」
「とれた! とれた……! これでいつでも帰れる!」
くるくると輪をかいて踊り回るヘルガ。
テンションの上下についていけなくて微妙に焦るけど、とりあえずは良かった。
「帰れる! ティルナノーグへ帰れる! 帰れる!」
「お、おう……」
「私――これで自由よ!」
「おう、良かったな……うわっ!?」
正面から、がばっと抱き着かれた。
桃色の瞳が間近から見上げてくる。
「ありがとう、レイヤ。あなたがこんなに役に立つなんて思っても見なかった!」
「おう……いや、待て。それ何か失礼じゃないか!?」
「お礼にあなたも連れて逃げてあげる。行きましょう、ティルナノーグへ。私達、妖精の国へ」
「いや、ちょって待て、落ち着けって! オレはまだやんなきゃいけないことがあるんだって」
そう、それを置いてラインライア王国を出てしまうと、そもそも何のためにここに来たのか分からない。
多少の魔法はオレだって使えるんだ。
ぱんつによる底上げはオレには効かないから、上級魔法は使えないにしても。
「やらなきゃいけないことって何? それが終わったら一緒に帰る?」
「いや……えっと、それはうーん……多分そのうち?」
オレとアルの最初の目的地は海だ。海魔レヴイに奪われた聖槍リガルレイアを取り戻さなきゃいけない。
アルフヘイムから見るとティルナノーグは東にあるから、海魔レヴィのいる西海岸とは逆方向。
ただし、それが終わったら、その後は――世界中を回って勇者の伝承を探そうなんて言ってたし、ティルナノーグに立ち寄ることもあるだろう。
まさかヘルガが【流れる固体】を使えるような上位の水魔法の遣い手だとは知らなかった。
ぱんつ効果が上乗せされてるとは言え、これならヘルガのバックアップで穏便に逃げることもできそう。
そうと分かれば、明日の大事なお客様とやらが気になってくるワケだが。
部屋中を飛び回っているヘルガに向けて、そっと声をかけてみる。
「あの、ヘルガさ……」
「何、レイヤ? さ、行こうか」
今までの無表情がどこいったって感じで、ウキウキしながら既に荷物を纏め始めている。
この状況で、「明日のお客様と会ってから逃げるんじゃダメかな?」とか言い出すのって……うーん、めっちゃ拗ねられそうだなぁ……。




