13 初めての顧客
「絶対に、くれぐれも、一言も、身じろぎも、指一本動かさないでね。出来たら呼吸もしないで」
「それは無理だろ」
ぴしりとオレに指を突き付けるヘルガの言葉を、さすがに却下した。
呼吸しなきゃ死ぬだろ、普通。
「全部、私がやる。第二王女殿下だからって甘く見ちゃだめ」
「いや、王女を甘く見るってどういうことだよ」
「とにかく、余計なことしないで」
「分かってるよ」
王女さまだろ、失礼なことなんてしないって。
返事をしたところで、外から声をかけられた。
「王女殿下のお越しだ」
「行きます」
答えたヘルガが扉を開け、オレを呼ぶ。
ヘルガについて廊下に出た。
よく考えたらここに着いてから、部屋を出たのは初めてかもしれない。
最初に来た時に、でかい屋敷だとは分かっていたが、やっぱ思ってたよりも広いかも。
廊下だけでも広いし、両側に扉はいっぱいあるし、1人で歩くと迷子になりそうだ。
まあ、いざとなったら魔法で壁をぶち抜けば良いか、ちょっと乱暴だけど……。
しばらく歩いたところにある他より幾分豪華な扉の前で、ヘルガが立ち止まりオレを振り返った。
「……絶対余計なこと言わないで」
「分かったって!」
疑わしげにオレを見た後、ため息1つつくと、扉を叩いて中へと入った。
「シャーロット王女殿下、ご無沙汰しております」
「うむ、大儀であるな」
ヘルガの背中から部屋の中を覗いたが、10歳くらいの人族の少女が1人、偉そうにふんぞり返っている姿しか見えない。
見えない、が――ヘルガの言葉を受けた様子からして、この少女が第二王女殿下なのだろう。
言われてみれば、服の生地はしなやかだし、さり気なく身に着けた装飾品も派手ではないが高価に見える。いや、見えるだけでよく分からないけども。
オレは黙って頭を下げ、部屋の隅へ控えた。
見回したが、オレが閉じ込められている部屋よりだいぶ豪華だ。
扉の様子から推測するに、続きの小部屋が奥にあって、お付きの人はそっちにいるのだろう。
「ふん、今日は何やら面白いものを作ってくれるとダニエルが言うておったが。それが面白いものを作る男か?」
「はい、殿下。旦那様の申し上げた男はこれです。男――と、いうほどのものでもありませんが」
ヘルガの言葉に従って、少女が近付いてくる。
くるりと巻いた黒い髪、黒い瞳の少女は、真下から、どうにも生意気そうな顔つきでオレを見上げた。
「ほう……これがなぁ。下着とやらを作ると聞いたが、どうだ? ヘルガから見て、その下着は有効か?」
「ダニエル様が殿下に申し上げた通りです」
「ふむふむ……」
オレの胸元くらいしか背のない少女に、じろじろ眺められる。
今にも触られそうな近くに、ツンと尖った鼻先がくっついてきた。
幼さにそぐわない異様な迫力に、つい足を引いた。
それを追うように腰を曲げたシャーロット姫が、くん、と鼻を鳴らす。
「何やら……エルフの匂いがするな」
「分かるのか!?」
「レイヤ!」
即座にヘルガから叱責が飛んだが、姫はにやりと笑って答えた。
「戯れだ。ダニエルから聞いただけさ。ダニエルはそなたから聞いたと言っていたが……ふん、やはりそなたの言う『アルセイス』とはアルフヘイムの王子のことか」
「し、知ってるのか……?」
「レイヤってば!」
「知っておるさ、昔からな。王子と王女、知り合う機会は少なくはない」
「や、そうだろうけど……」
「むしろ不思議なのは私ではなく、そなたの方であろう。ダニエルの下働きなどという身分で、何故エルフの王子を見知っておるのだ」
口にはしたが、特に問いただすつもりはなかったらしい。
それだけ言うと、途端にオレから離れ、部屋の隅で服を脱ぎ始めた。
慌てて駆け寄ったヘルガがそれを手助けする。
「ダニエルの店はそなたがおるのが良いなぁ。初見のドレスもそなたにかかれば脱ぎ着が容易い」
「構造は大体わかりますので」
「フェアリーとは皆そのようなものかな。我が城にも1人欲しいものだが……どうもなかなかそなたほど肝の座ったのはおらぬらしい」
てきぱきと紐を解き、ボタンを外すヘルガは確かに頼もしい。
オレが突っ立ってぼんやり見てる間に、あれよあれよとシャーロット姫は脱がされて、下着姿になっていた。
さすがのオレも、妹より年下の少女に欲情する趣味はない。
さしたる感慨もなく下着姿を眺めて――ふと気付いた。
既に、彼女の身に着けているのはデフォルト下着じゃあなかった。
何かこうすとーんとした、シュミーズが寸胴になったようなものと、腰巻きみたいに下半身に巻きつけるタイプのヤツ。
前にあの偽正規兵のヤツらが言っていた通りだ。
人族の間で、デフォルト下着を脱ぐのが流行ってるって。
簡素な下着を見たヘルガも特に不審な顔はしない。いや、ヘルガは元々表情の変化が乏しいけど、そうは言ってもこれが初めて見た下着なら、何らかのアクションはするだろう。
プラスのアクションだって考えられる。「わあ、王女さまったらさすが、ファッションリーダーですね! 服の下までハイセンス!」的な。
いや、本当にそういう言い方するかは知らないけどさ。
「なあ、ヘルガ」
「いかがしました」
「新しい下着というのは、どんなデザインになるのだ? 私はまだ見たことがないが」
「ああ、それであれば見本がそこに……レイヤ!」
「お、おう……」
ポケットに入れてあったぱんつを引っ張り出し、シャーロット姫の前でひらひらとかざして見せる。
愛らしいリボンのついたぱんつを見て、シャーロットの目が輝いた。
「それか、なるほど! これは中々に動きやすそうではないか」
「私の手ですから、デザインも悪くないと思います」
「うむ、悪くない」
悪くないと言いながら、にやにやしている。気に入ってるっぽい。
手渡されたぱんつを眺めながら、ふと思い出したように呟いた。
「これはよく見るとあれだな。勇者殿が着ていたヤツに似ておるな」
「待って、勇者だって!?」
尋ね返したオレの顔を、シャーロットは不思議そうに見返す。
「何だそなた、アルセイスだけでなく勇者殿とも顔見知りか。つくづく、何でダニエルの下働きなどしとるのだ」
「いや、顔見知りってのとはちょっと……それに、下働きなのは別に……」
「言わずとも良いぞ。少しばかり興味は出てきたが、ダニエルからは問うなと言われておるのでな」
なるほど、あのエセ紳士――ダニエルは、シャーロットにそう言い聞かせているらしい。
一国の王女とは言え、幼い少女だ。オレやヘルガの口車に乗せられて、余計なことをされては困るからだろう。
「シャーロット殿下。そろそろ測らせて頂いてもよろしいですか?」
「おお、すまぬの。ほれ」
ヘルガに促され、シャーロットが両手を上げた。
その身体にメジャーを回しながら、ヘルガが顎でオレに指図する。
本当は勇者とやらについてもっと尋ねたかったが、戻っていろ、という無言の合図を受けて、オレは部屋の隅へと引っ込んだ。




