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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第三章 Gotta Be You
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12 王女殿下の下着事情

「……ま、ぎりぎり及第点、かな」


 ウザ紳士の手の中から放り捨てられたぱんつを、空中でぎりぎりキャッチした。

 あんたにとっちゃ「ぎりぎり及第点」の出来損ないかも知れないが、オレにとっちゃ心血注いだ大事な一枚だ。無造作に床に落としたくはない。

 睨み付けるオレの視線を面白そうに見下ろして、ヤバ紳士はにこりと笑った。


「ちょうど良い顧客が見付かったとこなんだ。午後には来るから――ヘルガ、君も準備をしておいて」

「はい」

「君も知ってる方だよ、ほら。第二王女殿下だ」

「かしこまりました」

「失礼のないように、対応をこの子にもしっかり教え込んでおいてね」

「……はい」


 ヘルガの答えに一瞬タメがあったのは、「めんどくせ」って意味にしかとれない。

 多分、教えるのが、じゃなくてオレの物覚えの悪さが。

 腹立ち紛れにちょっとばかり脅してみる。


「王女さまなんてこんなとこに連れてきて良いのかよ。オレがそんな偉い人を相手に大人しく……してるなんて……」


 黙って睨みつけられてる内に、その視線に押されて思わず声が小さくなっていった。

 今にも廃棄(・・)されそうな気がして、冷や汗がだらだら流れる。

 完全に声が出なくなったところで、紳士は呆れ――を通り越して哀れみを交えて頬を緩めた。


「君にそんな度胸があるなんて、ちっとも思ってないから安心しなよ」


 床を睨みつけてる内に、紳士は部屋を出て行ってしまった。

 悪かったな、とか皮肉を言いたかったけど、言える状態ですらないじゃないか、これ……。


 ぽん、と慰めるようにヘルガがオレの肩を叩く。

 ある意味――オレとヘルガは同じだ。あいつが怖くて、死ぬのが怖くて、全然こんなことやりたいワケじゃないのに、言うことを聞いてる。

 室内を軽く整え始めたヘルガの背中を見つつ、どうでも良いことを聞いてみる。


「なあ、王女って本当に本物の王女なのか……?」

「偽物の王女がいるとでも?」

「や、そういうことじゃなくて……その……えっと」


 何が聞きたかったのか自分でもよく分からない。

 頭の中をうまいことまとめてみると、どうやら多分――単純に信じられなかったようだ。


「だからさ、何であんなウザ紳士のとこに王女様が注文なんてするんだよってこと」


 いや、もっと正確に言えば、自分――音瀬玲也がどこかの国の王女様なんて偉い人と関わる機会があるなんて思ってなかったってこと。

 しかも採寸て――えっ待って、ぱんつ作るための採寸って……もしかして……!


「あの、オレもしかして……裸の王女様にこう……メジャー当てたりとか、するの?」

「問題が?」

「いや、だってそんな……は、裸のお嬢様にそんな、男が触ったりとかしたりとかして良いのか的な……」

「何言ってるのか分かんない」


 びし、と握っていた定規で、ヘルガは机をひっぱたく。


「王女殿下はそんなもの何とも思ってない。仕立て屋には男性も多いし、あなたには王女を人質にして逃げ出す勇気なんてない」

「普通の服ならまだしも、下着だぞ!?」

「コルセットは男性が作るのが一般的」

「そ、そうなの!?」


 当然ながら問い返したけれど、ヘルガの方があまりにもモノ知らずなオレに呆れた様子で、定規を机上に置いてまた片付けを初めてしまった。

 コルセットって、この世界じゃ男が作るのか……。

 や、でも確かに「淫欲」が封印されてるこの世界じゃ、そういうのもさして抵抗ないものか?

 しかし、今の人族は数年前から封印が解けてる様子なんだけど……すぐには変わらないってことなのかな。


「……その、とにかくさ、オレ採寸はちょっと……」

「さすがに最初からあなたにそこまで求めてない。採寸は私がする。デザインはあなたが今日まで練習してきたデザイン一択。採寸からパターンをおこして、布を断つところまで私がやる。あなたは縫うだけ。それで何か問題が?」

「ある。何でそれでオレが同席しなきゃいけないんだよ」

「私が縫ったと思われると、私も旦那様も困るから」


 桃色の瞳が冷たくなったので、やな意味での「混同されたくない」だってのが分かった。

 つまり、オレの下手くそな縫い物を自分の仕立てだとは言いたくない、ってこと。

 あんだけ練習した上でそれを言われるとさすがに腹が立つ。ヘルガだって好きでここにいるワケじゃないって分かってても、だ。


「……じゃあ、オレは見てれば良いんだな」

「そう。むしろ手を出さないで」

「わかったよ」


 ふん、と鼻を鳴らして手元の布に視線を戻した。

 オレが手を動かし始めたのを見て、ヘルガは部屋の隅に床のごみを集めだす。


「旦那様の顧客はラインライア王族を中心とした高位貴族の方々なの。あなたが拾われたのもそのせい」

「……貴族がステータス底上しげてどうするんだよ、戦士じゃあるまいし」

「すてえたす? 何?」

「攻撃力とか防御力とか……魔法の威力が格段に違うってアル――エルフ達は言ってたけど」

「良く分からないけれど。旦那様からはそんな話聞いてないわ。あの人があなたのぱんつを売ろうと思ったのは、身体が軽くなった感じがするのが良いって、何かそんな理由だったわよ」

「オレのぱんつは健康グッズかよ……」


 いや、そもそもぱんつは健康グッズ的なものなのかも知らんけど。

 アルセイスやルシアは割とはっきりと違いがあるって感じてたみたいだけど、そもそも戦うことのないエセ紳士や貴族なんて人達にはその辺の違いは分かりづらいものなのかもしれない。

 それに、アルの場合はぱんつ穿いてると聖槍リガルレイアが使えるか使えないかって、大きな違いがあったもんな。


「少しでも快適に過ごせるなら、有り余ったお金はいくらでも使う。それがラインライアの富裕層よ、お気楽なこと」


 ため息混じりに呟いたヘルガを見て――オレは、ふと思いついた。

 もしかして、この人を味方に引き込めば、結構簡単にここから出られたりするんじゃないだろうか。

 特に……まだ例の――ヘルガの胸に付いてるような――機械を付けられてない、今なら。


「あの……あの、あんたさ。フェアリーなら、魔法使えるんじゃ……?」

「まあ、使えるけど」


 ゲーム内でもそういう設定だった。

 【水竜の法衣(ウォーター・カーテン)】とか、そういう水系の魔法が得意。

 同じ水系でもマーメイドとはちょっと違うくて、そこの差異が微妙過ぎて、当時もプレイヤーからはコメント出てたっけ。「どっちかいらなくね?」とか。

 まあ、今となっては斉藤さんがこの世界をそのまんまゲームにしただけだから、なーんも考えてなかったって分かってるんだけど。


「あの、思いついたんだけどさ」

「何」

「あんた、これ穿いてみたりとかしてみない? その胸のヤツも、これ穿いてみたら、魔力が上がって魔法で外せたりとか……する、かも……」


 鼻で笑って切り捨てられるかとびくびくしながら言ってみた。

 だけど、思ってたよりもずっと真剣な目で見詰められて、つい言葉が途切れた。


「……本気で言ってる?」

「えと……まあ、本気、だけど」

「これを外せる可能性があるって?」

「か、可能性、はあるんじゃないか?」


 真偽の分からないことを変に煽ったような――嫌な罪悪感が胸元に込み上げてくるけれど、嘘は言ってない。そもそも、オレにだって分からないだけだ。

 この……ぱんつ作る能力の定義も、詳細も。


 ルシアやアルと試したとき、ぱんつの作り方とステータス向上にさして関係はなかった。

 関係あるのは、結果どれだけ丁寧に上手に作れたか、どんなデザインをしているか――いや、どんだけ露出度の高いデザインをしているか、だけ。

 ぐっと近付いてきたヘルガが、机の隅に重ねてあったぱんつの1枚を取る。


「良いわ、試してみる」

「あの……」

「でも、それは夜にしましょう。まずは王女殿下を迎えて、一度旦那様を安心させてからじゃないと。それに、私があなたのところに来ることは、多分夜も見咎められない」


 隙を作ってからの方が良い、それは確かにそうだ。

 ヘルガがオレと何か……その……子どもとか作ることを期待されてるとしたら、夜の方が良いっていうのもそうだし。

 だけど……自分で勧めておいて、ちょっとだけ尻込みする。

 ここから逃げ出すってことは、多分、お互いに危険をおかすってことで。


「いや……分かった。夜に、待ってる」


 そうだ、怯えてばかりいられる状況じゃない。

 だって、ヘルガの掴んでるあのぱんつ――渡したいひとが、いるんだ。

 頷くオレに、ヘルガもまた真剣な目をしたまま頷き返した。

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