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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第三章 Gotta Be You
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11 奴隷の選択肢

 口を動かさずに手を動かしなさい、という指摘をくらわなくなったのは、ようよう一週間目のことだ。

 どうやら、喋りながらでもヘルガの求めるレベルを満たすだけのものが、縫えるようになってきたらしい。

 いや、そのレベルもオレの現状に合わせて、かなり落としてはくれてるんだろうけど。


「大体さ、あんたもあの紳士のこと別に好きなワケじゃないんだろ? 何で大人しく言うこと聞いてるんだよ」


 縫い針を止めず顔も上げないまま問いかける。

 視界の端で、ヘルガの羽がびくりと震えた後に、きょろきょろと周囲を見回した。


「いねぇし聞いてねぇよ。何でそんな怯えてるの」

「……あの人だったらどこで聞いててもおかしくない」

「そんなに暇じゃないだろ」

「人手は有り余ってる」


 とは言え、扉を開けて誰かが踏み込んでくる様子もないと知って、ヘルガはそっと息を吐くと、自分の手元に視線を戻した。ようやくオレから目が離せるようになったのか、オレが縫っている間は持ち込んできた自分の仕事に手をかけていることが多くなった。

 今日の縫い物は白いジャケット。

 分厚い生地で裏地の滑らかさはとろけるよう。縁取りに金糸を使い装飾の多いそれは、どんな人間がいつ着る用なのかオレにはさっぱり予想がつかない。


「私だけじゃない」

「……ん?」


 指先を見詰めながらぽつりと呟いた声を、最初聞き逃しそうになった。

 問い返したオレに、顔を上げないまま桃色の瞳だけが再びあてられる。


「奴隷。反抗したり逃げ出したりしないように」

「しないようにっても」

「……外せないの、これ」


 これ、と言いながらヘルガの手がオレの手を掴み、手のひらを胸の中央へと導く。


「うぉおおおおっ、お、おいっ!?」


 柔らかな膨らみは微かだけれど、挟まれた小指と人差し指の端は十分埋もれている。

 慌てるオレを怪訝そうに、ヘルガは手の甲を押し込んでオレの手を自分の胸元に密着させた。


「うわっ……と……これは?」


 親指の付け根、ちょうど胸の中央の辺りにゴリゴリと固いものが触れている。

 よく気をつけて触れると、まるで身体に埋め込まれているように胸の谷間との間が密着していることに気づいた。


「埋まってるの。言うことを聞かないとここから……電気が走る。最悪は爆発する」

「爆発!?」


 言われて押し当てた手のひらの向こう、固いものの奥で何やらぐりぐりと回転しつつ動いているような感触。発電……しているのだろうか。

 外部からこれの動きを操作できるというのなら、確かに反抗するのはとんでもないことだ。いくら小さな機械だとは言っても、こんなに心臓の近くで爆発なんかした日には――間違いなく、死ぬ。


「……待てよ、何でオレはそれ付けられてないんだ?」


 微かに笑ったヘルガがオレの手を離した。

 それで何となく手の甲が寂しくなって、その感覚でようやく女の子の胸を揉んで――はないけど何かそんなヤバイ感じになってることに気付いた。

 慌てて手を引くと、ヘルガが首を傾げる。


「何で慌ててるの」

「や、だって女の子にこんなこと……!」

「あなたと私がこうして密室に閉じ込められてるってことは、何があってもおかしくない――何があっても旦那様は気にしないってこと。子どもを作ることさえ」

「子ども!?」

「密室で抱き合い、声を合わせて子作りの呪文を唱和した後、キスをする」

「呪文!?」

「そうすれば女性の腹に子どもが宿り、その約10ヶ月程後、育まれた子どもは外界に出現する。光に包まれ女性の腕の中に召喚される」

「10――待って、出現!? 召喚!?」

「うるさい」


 すぱん、と頭を叩かれ、それを機にヘルガは手元に視線を戻した。

 それでようやく以前アルとルシアに尋ねた時、2人から散々なじられたことを思い出した。

 ヘルガも気を悪くしただろうかと思うと悩ましいが、これ以上手を止めたままにすると今度こそ怒られる。気を取り直して布に刺しっぱなしにしていた針をつまみ直し、縫いかけのぱんつの続きを再開する。

 ただし、やっぱり言い訳したい気持ちは抑えきれなかった。


「あの、前にもその辺の話……えっとエルフに聞いてみたんだけどよく分かんなくて。何かめちゃくちゃテレてるし、えっちとか変態とか言われるし……だから別に今日も変なつもりじゃなくて、ただ本当気になって……」


 手元でちくちくしている分、顔を上げなくてすんで良かった。

 アルもルシアもそんな感じだし、もしかしたらこれもまた変態とか言われたらどうしようと思いつつも、いつも好奇心が勝ってしまうのだ。

 申し訳ないと思いながらも言い訳を重ねたけれど、ヘルガは特に騒ぎ立てはしなかった。


「ああ……昔から、エルフはその手の知識を不自然なまでに隠す傾向がある。子作りの呪文すら自分の子にしか教えないらしいと聞くから」


 顔を上げないから分からなかったけれど、声はどうやらいつも通りだ。

 何を気にしている風でもないさらっとした答えに、心の中で自分の胸を撫で下ろした。

 どうやら、あの時2人に変態扱いされたのは、ランジェリ世界共通の常識に基づいたものではないらしい。


「ふぇ、フェアリーはそこんとこどうなんだよ」

「私が気にしてるように見える?」

「み、見えない……」


 下を向いたまま、ヘルガの唇がふっと笑う。

 ここんとこよく見かけられるようになってきた笑顔に、少しだけ気持ちが緩んだ。

 口調は固いし、表情の変化は乏しいけど、多分この人、最初からこういう人じゃなかったと思うんだ。笑うと可愛いし。

 やっぱり胸に埋め込まれてるヤツとか、これまでの「旦那様」によるひどい扱いとか、そういうもので気持ちが……疲れてるだけなんじゃないだろうか。


「そもそも、私はレイヤとの間に子どもが出来ても構わない――というか、むしろ積極的に作りたいとさえ思ってる」

「――っうえぇ!?」


 ヘルガの過去に思いを馳せている間に予想外の方向に話が飛んだので、オレの手から布地も一緒に飛んだ。


「バカ、落とすな」

「す、すみませんっ!」


 慌てて拾ったけど、赤くなった顔は戻らない。

 だけどヘルガはそんなオレの方を見もしないまま、ものすごいスピードで手元を動かし続けている。

 何を言おうかとわたわたしているオレに構わず、ヘルガの言葉が淡々と続いた。


「さっき言ったでしょう……旦那様はそれを望んでる。だから、私はここにこうしている」

「あ、あー……なるほど」

「そこまで明確に指示されている訳ではないけれど。あなたの能力は特殊だし、子どもにもそれが引き継がれる可能性は高い。幸いにして私は子どもを宿していてもそんなに無理無く働ける奴隷だし。だったら、そういうのも試してみても良い――と、旦那様が思っている可能性はとても高い」


 ヘルガにとっては、他に選択肢なんてないらしい。

 「旦那様」が何を求めているかを、先回りして考えてその要求を満たそうとしてるだけだ。

 だから、相手がオレなのかどうかは全然関係ない。

 ただ、旦那様がそう考えてるかどうかだけが大切。

 何となく腹立たしくて、手元のぱんつに針を通しながら尋ねてみる。


「あんたはさ、それで良いの。今の話だと、10ヶ月の間、母親はお腹の中に子どもを宿すんだろう? こんなオレみたいな、どこの誰とも知らぬ男と子どもを作ってさ、それで良いワケ?」

「……それ、聞く必要ある?」


 返ってきたのは、予想以上に冷たい声だった。

 はっとして顔を上げると、桃色の瞳がオレをじっと見据えていた。


「私に選択肢はない。まだこれを埋められてないあなたは違うかもしれないけれど」


 繊細なフェアリーの右手が針から離れ、自分の胸元を抑える。

 それでようやく、オレの言葉が彼女の何かを傷付けたんだってことが分かった。


「あ、ご……ごめん」

「謝らなくても良いけれど。さっき答え損ねた質問に答えてあげる」

「え? 答え損ねた……?」


 尋ね返したけれど、ヘルガはすぐにオレから視線を逸し、再び自分の針仕事に戻った。

 しばらく待っていたけれど、それ以上言葉が紡がれる様子もない。

 オレも黙って自分の仕事に戻る。

 しばし沈黙の中それぞれの手を動かしていたところで――ようやく、ヘルガがぽつりと呟いた。


「この――機械は、とても高価。廃棄の可能性のある奴隷には、中々付けられない」


 聞き流してふーん、と答えようとして――その話が何の質問の答えなのか、思い当たった。

 何でオレはその機械が付けられてないんだろうって。

 つまり、そう――オレはこのまま廃棄される可能性があるってことだ。


「廃棄って、普通にその辺に放り出してくれるとか、そういう……」

「奴隷にそんな優しい対応してくれると思っているなら、後悔の暇もなく命を失うことになるよ」

「……あ、そ、そうなんだ……やっぱそうだよな」


 今なら逃げ出せる。あの、胸の機械を付けられていない、今なら。

 だけど、逃げ出そうとすれば廃棄――多分、いらない存在として殺されて捨てられるんだろう。

 頭を抱えたい気分なのに、慣れた指先だけがするする動いていく。

 視界の端、透き通った羽が小刻みに震えているのが見えたから――絶対に聞かないでおこうと思った。

 子どもを作る呪文なんて、絶対に。

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