8 奴隷契約
「秘密を掴むんだ」なんて余計なこと考えたりなんかしなきゃ良かった。
暴力なんて嫌だ、なんて優等生ぶったりしなきゃ良かった。
もっと早くに、逃げ出しとくべきだったんだ。
オレのちっぽけな予想なんて踏み潰してく、そんなヤツに出会う前に。
今更、後悔したってもう遅い。
どうしようもなく、懐から取り出した針と糸を使って、紳士の目の前でぱんつをちくちく縫って見せた。
紳士は銃口をオレのこめかみから離さないまま、大人しくその完成を待っていた。
今までと同じ微笑を浮かべて。
この世界に来てからずっと動かし続けた手は、思考とは全く無関係に動いてく。
叩き込まれた半返し縫いで指が動いている間だけは、何も考えなくて良かった。
ただ手を動かして、縫い目を合わせていくだけだ。
だから、恐怖が戻ってきたのは紳士の姿がなくなってからだ。
出来上がったものを渡して、試着を待っている間に、怖くなった。
もしも、要らないと言われたら。
役に立たないと思われたら、オレもこの床に死体になって転がるんだろうかって。
そんなことしか考えられない自分が、情けなくて仕方なかった。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「なるほど、悪くないよ。何だろう、肩がすっきりして動きがいつもより良くなってる気がする」
笑顔で戻ってきた紳士の言葉を聞いて、ようやく緊張が解けた。
どうやらオレの首は繋がったらしい。
安堵のあまり、吐いた息と一緒に力が抜けて、ずるずると背中を滑らせて背もたれに頭をつけた。
「うん、使える道具は長生きできるよ、君。ぜひとも頑張ってほしいなぁ」
「……知るかよ」
呻くように呟くのが精一杯だった。
それだって、「何か言った?」と堂々と聞き返されれば、どっかに吹っ飛んでしまうような弱々しい反論だ。
「でさ、僕としてはこれを国中に流通させたいんだけど……君、1日何枚くらい作れる?」
「今、作って見せただろ。1枚縫うのに1時間。あんたの分は平均的な体格してるから、手持ちの裁ち終わってる布で縫うだけだったけど、もし身体のサイズ測るところから始めるなら、身体に合わせて型紙のサイズ調整して、その型紙に合わせて布を裁って、縫うのはその後。半日がかりだろうな」
……嘘だ。
同じ縫い方のぱんつで良いなら、複製の能力を使えば、もっと簡単に作れる。
MPの上限がいくらになってるかは分からないが、休み休み複製すれば、1日に10枚は固いと思う。20枚はちょっと無理かも知れないが。
だけど、そんなことほいほい教えるほど、オレだってバカじゃない。
人族を――信用など、しない。
するものか。
オレに――私に――あんな裏切りをもたらした者を。
頭の中で怒りが沸騰するように感じて――ふと、そこで自分の思考を振り返った。
……あれ? 今、オレ何考えてたっけ?
裏切りって何だ? いや、人族は信用できないっぽいのは、ここまでの経緯で色々分かってるんだけど。
自分の中に混ざってきた突然の声をうまく飲み込めないまま頭を捻っていたけれど、紳士にとってはオレの様子がおかしいなんてどうでも良いらしかった。勝手に考え込んでいた結論を、勝手に出している。
「……ふーん、まあ1日1枚でも十分かな。ジャケットなら1着に1週間はかかるものね、それを思えば。分かったよ、じゃあこうしよう」
1人で納得した紳士は、相変わらず手の中で拳銃っぽいものを弄びながら、計画を話し始める。
「まず、僕はこれからうちの仕立て屋に言って、君の今作った下着と同じものを作らせる。それで、本当に君という存在に替わりがないのかを確かめるんだ。僕の部下達はもうやって見たと言っていたけれど、僕はこの目で見なきゃ信じない質でね」
黙って頷いた。
その実験は、オレももう既にやった。
ルシアが作った自作のぱんつには、オレが作ったのと同じような能力を底上げする(もしくは底上げされたと感じさせる?)ような性能はなかった。
ぱんつはオレにしか作れないものなんだ、多分。
オレの目を見て、自信の程を理解したのだろう。
紳士は笑って頷いた。
「良いかい? その間に、僕は客の選定に入る。選ぶ基準は色々さ、将来性、金払い、信用度に現在の地位。僕にとってどんな風に役に立つかが鍵になるだろうね。実験がうまくいった暁には、君は僕の選んだ客のためにその下着を作るんだ。一度ぱんつを穿けば、僕が今感じているこの万能感を誰でも味わうことが出来るんだろう? きっと良い商売になるよ」
オレは黙って頷いた。
頷く以外の選択肢なんてないし――客という名の第三者が近づいてくるのは、むしろ歓迎だ。
さっきの変な声で、少しだけ頭が冷えた。
冷静に乗り切らなきゃ。
ここで諦めてる場合じゃない。
オレには――まだ、やらねばならないことがある――から。
「ついでに、うちのお抱えの仕立て屋を紹介してあげるよ。君の腕じゃ素人に毛が生えたようなものだ。付与される能力を別にすれば、正直見た目としてはほぼ魅力がない。辺境の村娘でももうちょっとまともなものを身に着けてるよ」
「……悪かったな」
「ああ、悪いね。この先、君がその腕を振るう相手は贅沢と虚飾に慣れた上流階級の皆様、ということになるんだから。それ相応の見た目のものが作れるようにならないと、そういう方々は魅力を感じてはくれやしない。目の前の料理を口に運ぶかどうかを、空腹感でも栄養価でもなく、見た目の鮮やかさで決める方々なんだから。秘境の部族のゲテモノ料理みたいなものを出されても困ってしまう」
返事をしなかったのは、バカにされたみたいに感じたからだ。
オレが、じゃない。
オレに針仕事を教えてくれたルシアを、だ。
「ま、うちで仕事をしている限りは生活の心配はしなくて良いよ。この部屋は君の好きなように使って良いし、食事だって着るものだって準備してあげる。どうしても寂しいと言うなら、女の子くらいはあてがってあげよう。ああ、君は元々エルフの奴隷を持ってたんだっけ? 似たようなのを探して上げても良いし」
「やめろ」
「何で? 好きなんでしょ、エルフ」
「やめろよ!」
つい声を荒げると、銃口が向けられそうになる。
自分で気付いてため息で立て直した。
「……アルはそういうんじゃない」
「ふうん……?」
銃口を下げながら、紳士は首を捻る。
「ま、どちらにせよ、そういうのは順番に、だね。せいぜい僕の役に立ってくれ。そうすれば、君の幸福はどんどん増えていくよ」
そう言って、オレの答えを待たずに立ち上がった。
オレはその姿を憎しみを込めて睨み付ける。
――喜びも不幸も主人に握られ、移動の許可すら与えられるのを待つ存在。それを、この世界でも奴隷と呼ぶのじゃないのか。
紳士は、そんなオレの不満も分かりきった顔で頷く。
「さて、今日中には実験の結果が出るだろうから、今夜はゆっくり休むと良い。どんな結果が出るにせよ、明日からの君は今日までの君とは違う生活を送ることになるんだから」
扉から出ていく紳士の背中に、飛びかかってやるかどうするか迷って――結局は、握られたままの拳銃を見て諦めた。
1人部屋に残され、外から鍵のかかる音が響く。
紳士のススメに従うワケじゃないけど、隅の方に置いてあったベッドに飛び込んで、今日はもう寝ることにした。
そう、全部明日からだ。
情報を集めよう。客やら仕立て屋やらが来るんだろ。
魔術を放つ隙を見計らいながら、調べるんだ。
拗ねてる場合じゃない。もっと積極的に聞き出さなきゃ。
だって上流階級なんだろ? きっと知ってるはずだ、再来した勇者のことを。




