2 古の勇者譚
「つまり、お前は本当に勇者ではなくて、ただシトーの見せた物語の中に書いてあったこの世界のことや、千年前の勇者の行動を知っているだけの異世界人、ということか?」
雨の上がった山の中を歩きながら、アルが尋ねてくる。
繰り返し説明すること3回、ようやく満足出来るレベルの理解を得られたようだ。
オレは頷きながらちょっとばかり満足感を得る。
そもそも、オレの説明がへたくそというのもあるんだけど、何せ「ゲーム」なんてやったことのないアルにはどれだけ説明しても伝わらない。
そもそも、コンシューマゲームの前提となる「テレビ」だとか「コントローラー」って概念がどうも難しい。細かく話そうとすると、全然違う話になっちゃってたりして。オレだって知らないよ、何で電気流すとテレビがつくのか、なんてこと。
結局、大幅に方向転換し、要点だけを抽出した結果、こういう説明になった。「斎藤さんが作った物語がオレの世界ではめちゃ売れてて、皆知ってる。オレはその物語を読んでただけの一般人。ただし今まで全然気付かなかったけど、オレの妹があんたらの言う勇者らしい」って。
「なるほど……。だから、お前は知ってること知らないことが極端なのか。千年前の知識しか持たない淫魔シトーからの、都合の良い又聞きの話だから」
「ま、そういうことになるんだよ。だから、千年のギャップを埋めるためにも、斎藤さんのバイアスで歪められた部分を排除するためにも、オレが知ってる前提じゃなくてもっと根本から色々教えて欲しい」
「それは構わないが……」
アルは少し困惑した様子で、手元の枝を振り払ってからこちらを振り向いた。
「千年のギャップは確かにあるかも知れない。だけど正直、お前の知る勇者譚と俺達の知るそれにそう大きな違いがあるようには思えないぞ」
「へ?」
「お前の話にちらちら出てくる勇者譚は、俺の知ってるのとほぼ同じだって言ってるんだ」
「え、だって……」
斎藤さんも莉亜も、ゲームのラン・ジェ・リは、千年前の事実とは違うって、そんなニュアンスで話をしていたはずなんだが。
アルセイスは、オレの表情をしばらく観察してから、正面に向き直った。
そうして、軽く肩を回すと、その話を語り始めたのだった。
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神は、その夜、大地に8つの種族を作った。
人族、マーメイド、フェアリィ、エルフ、ドワーフ、サラマンダー、エンジェル――そして、魔族。
闇夜に輝く己が羽を割いて、1つずつに与えた。
人々は互いに支え合い、地を耕し、一族を殖やした。
こうして、8つの種族は恵みに満ち、己が居所を定め、地を踏み固めた。
魔族の王は、邪悪さゆえに、その王国を地の底へ隠した。
羽は冷たい土に埋もれ、様々に穢された。
神は、7つの種族に、邪悪の王を滅ぼすよう命じた。
彼らのうちの最も賢きものが立ち上がり、剣を掲げた。輝く羽は剣にまといて、真白の焔をあげた。
白の王に続いて、6つの種族は地の底へ降り、祭壇を築いた。
白の王は祭壇に太陽を迎え、魔族の王を焼き尽くした。
そうして、灰を取り、祈りを捧げた。
「今ありて、かつてありし方。遠くにいまして、己が手よりも近くにいます方よ。罪人の血をもって、あなたの裁きをこの地に正しく行いたまえ」
こうして、神は7つの種族を祝福し、最も賢きものに永劫の黄金を与えた。
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「あの……大変申し訳ないんだけども、もうちょっと分かりやすくなんないかな?」
「ああ、説明が必要なのは分かってるからちょっと待て。俺たちだって、この通りそのままで何もかも理解してる訳じゃない。これに関しては今までにたくさんの神学者が研究・解釈してる」
「あ、良かった……」
アルがあんまりすらすら暗誦するので、こっちの世界じゃこの微妙に抽象的な内容から、オレがゲームでやってたのと同じストーリーをそのまま読み取れるもんなのかと、ちょっと不安に思ってた。
「神学者によって多少解釈は分かれるところもあるが、まず疑いがないのは、『白の王』『最も賢きもの』だな」
「……人族か?」
「ああ。8つの種族のうち聖剣を与えられたのは人族だから、ここは研究者の争いがない部分だ」
「じゃあ、羽っていうのが聖武具なんだな」
「そう。魔王の離反に際し、神は勇者に命じてこれを討たせた。魔王が悪に堕ちた理由は諸説あるが」
「なるほど……じゃあ、最後に貰った『永劫の黄金』ってのは?」
苦笑した背中が、さあな、というように肩をすくめた。
「その辺りが逆に、争いの多い部分だな。アルフヘイムにおける通説は、『物理的な富』が与えられたという解釈だが」
「ほかの種族はまた違う解釈をしてる?」
「そうだ。人族が鼻持ちならないのは、大体そこに由来してる」
ため息をついたアルの足が止まり――勢いよく振り返った。
「おっ……な、なんだ!?」
「黙れ。聞こえないか?」
「聞こえる?」
青い瞳の見つめる先を追いかけて、耳をすます。
微かに、木々を掻きわける音が聞こえたような。
「……追手か?」
「だろうな。ただの鹿狩りなんかにしては足音が多いし、それに――甲冑の音がする」
「武装してるって?」
「たぶん。音だけだから確実ではないが」
分からないか、ともう一度聞かれたけど、オレにはちょっとそこまでは。ガサガサいう音が微妙に近づいてるのは何とか分かるけども。
「逃げた方が良さそうだな」
「ああ。関所からの追手だとしたら、人族だろう。捕まれば、お前はともかく、俺はただじゃ済まない」
「敵対中だから……?」
背を低くして、目立たぬように歩を進めていたエルフの王子は、皮肉気に唇を歪めて囁いた。
「敵味方なんて、人族にはないさ」
「それは」
「さっき言い損ねたな、神の与えた『永劫の黄金』。人族の代表的な研究では」
段々、追手の足音が近づいてきている。
こちらはできるだけ音を立てずに移動しているはずなのに。
バレてる? 何で。
あいつら、何でオレ達の後をこんなに正確についてこれるんだ。
「――『永劫の黄金』とは、人族が神の権能を振るうだけの権力を与えられた、とそういう大それた解釈をするんだ」
憎々し気なアルの声を聞きながら、ふと足元を見下ろして、気付いた。
どういう歩き方をしているのか、アルセイスはほとんど足跡を残さないまま、先を進んでいる。
だけど、オレの方はと言えば――雨上がりのぬかるんだ地面に、しっかりと押されたブーツの靴底の印。
「ヤバい、アル! あいつら、オレの足跡を――」
「足跡?」
振り向いたアルの瞳が、大きく見開かれる。
オレの身体を勢いよく引いたその腕を掠めて、炎が弾けた。
引っ張られた力でそのまま地面に突っ込みながらも、オレは慌てて身体を起こす。
「――アルっ!?」
「来るぞ、レイヤ! 【汝の勇を掲げよ 彼方此方へ淀みなく及ぼせ ――力場の鎖】!」
地面から伸びる見えない鎖が、飛来する矢を絡めとり、オレ達の体に触れる前に引きずり落とす。
矢の放たれた木々の向こうに、鋼の鎧がいくつも、ぎらぎら光っているのが見えた。




