1 千年の変化
大体、この二人だけで旅をしようっていうのは、そもそも非常に危うい試みだったんだ。全然そんなこと、考えもしてなかったけど。
片やエルフの(元)王子様。
片や異世界転移でやってきた(他称)勇者の男子高校生。
どう考えても、まともな旅になるワケがない。特に前者。
そう、問題は前者だ。オレじゃない。いや、オレも問題だけどアルのが問題だ。
アルは、王子だけあって知識としては他国の情勢について詳しいけれど、何せ箱入り(に近い)ので、実体験は皆無に等しい。
森と共に生きるエルフだから、突然変なキノコを拾ってくる的なイベントなんかは幸いにしてなかったが、市井の民草の状況はたぶん、あんま分かってない。金銭感覚とかおかしい。端的に言うと。
一方のオレは、そんな世間知らずを連れてても大丈夫な頼れる男なのかと言えば……まあ、言わずとも分かるだろう。そもそも、今までこの世界のことを、ゲームでしか体験したことがない。それも斎藤さんのフィルターが思い切りかかったシナリオで、千年前のランジェリの様子についてしか。
そんな2人旅でも、困難の方は手加減してくれるワケじゃない。
エルフ達の住む森アルフヘイムはのどかな様子だったので安心していたけれど、本当のところ甘く見ていられる状況じゃない、ということに気付くのに、さして時間はかからなかった。
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「うぇー……冷てぇ……」
「もっと奥に入って火を焚こう。濡れたままじゃ風邪をひきそうだ」
「宿を出たときには、あんなに良い天気だったのにぁ」
ぼやきながら、偶然見付けた洞窟の中を、風の届かない辺りまで踏み入った。
ぱっと見は生き物の気配はない。アルが洞窟の中の枯れ葉を集め火を付けるのを、見守る。
「ま、仕方ないだろ。山の気候は変わりやすいものだ」
「何で、身体をキレイにする魔法があるのに、乾かす魔法はないんだろうな」
「綺麗にすることと、乾かすことと、何か関係あるか?」
「あーそれは……オレ的にはあるんだけど、この世界的にはないんだよな、たぶん……」
デフォルト下着を脱げないこの世界には、入浴がない。身体を洗うという概念がないので、清潔さは魔術で保っている。
だけどその魔術っていうのは、オレの思う入浴、イコール水を使って洗うってこととはノットイコールなので、オレのこの感覚は多分アルにはわかってもらえない。
実際、こちらの呟きなどどうでも良さそうに、アルセイスは洞窟の外をチラ見してぼんやりしている。
「とりあえず雨が止むまでは、ここで大人しくしてるしかないな」
この世界には、元の世界と同じく四季がある。
今の季節は、気温で言えば春にあたるだろう。ランジェリでは春とは呼ばないんだけど。
普通に歩いている分にはぽかぽかと良い気候だが、こうして濡れそぼった状態ではやはり肌寒い。
オレと同じことを感じているのか、焚き火に向かって乱雑に枝を投げ入れると、アルは外套を脱いだ。それから順に上衣を脱ぎ、ブーツを脱ぎ、下穿を――
「――待て、ストップ、たんま。ちょっと止まれ!」
「何だ?」
既に下穿を脱ぎ終えたアルは、膝丈の薄手のシャツ一枚でこちらを向いた。その手はシャツの裾にかかっており、今にも裾を引き上げようとしている。
いやいやいや、何やってんの!?
「ちょ待って! 何であんた、ここで脱ぐの!?」
「濡れたままじゃ風邪をひく……って、2回も言わせるな。誰もいないんだから良いだろ」
「オレがいるだろ! それ以上脱ぐなよ」
「お前だけじゃないか」
「オレだけだから問題なの!」
「……お前もそのままじゃ冷えるぞ?」
絶対に理解していない顔のアルセイスは、自分のシャツをいったんおいて、オレの服に手を伸ばしてきた。その手の甲をはたき落として、オレは外套だけ脱いで火の傍に寄る。
「おい、お前な」
「良いから! あんたも座れ、ここに!」
「座るけども」
一生懸命視線を逸らしているというのに、予想よりも近く、すぐ隣に腰掛けたのが、空気の動きだけで伝わってきた。濡れた髪を掻き上げて、ため息をついている。
「……もうちょっとあっち行けよ。近すぎるだろ」
「文句言うな。そんな大々的に火をおこすほどの燃料はない」
「いや、そうじゃなくて」
アルフヘイムを出発して1週間になるというのに、アルはいつまで経っても同性感覚で寄ってくるから困る。最近まで淫欲とやらが封印されてたのも関わってるんだろうから、ある意味仕方ないのかもしれないが……オレはそういうの封印されてないんだけど。
恨めしさを視線で伝えようとしたが、やっぱり何も分かっていない顔で逆にこっちを睨み付けてくる。早々に説明を諦めることにした。肩を竦めて見せてから、取り出した地図を地面に広げる。
「それよりも、今のうちにちょっと確認したいんだけど。今どの辺にいるんだ? だいぶ森に突っ込んでるんだけど、方角は合ってるんだろうな」
「合ってる……と、思う」
「思うって」
「俺だって、まさか街道を逸れて歩くことになるとは思ってなかった」
「つったって、あんた」
「悪いのは俺か? ん?」
アルセイスの視線が尖り始めてきたので、オレは口を閉じた。
確かに、エルフ族が悪いワケじゃない。責められるべきはどちらかと言えば、人族、と言った方が良いだろう。
オレとアルセイスには目的がある。奪われた聖槍リガルレイアの奪還、つまり、海魔レヴィの拠点を目指しているワケだ。
レヴィは西海を覇する海の女王。したがって、彼女の拠点は大陸西方の海岸にある。大陸の中央よりやや東寄りにあるエルフ達のアルフヘイム王国からすれば、大陸横断……の半分くらいの道行きになる。これはゲームをやり込んだオレには、大体覚悟していた距離ではあった。アルセイスは海魔レヴィの名は伝承でしか知らなかったらしいが、それでも西海岸の魔物だということは知っていた。アルセイスにとってもまあ大体了解済みの旅ということだ。
オレもアルも全く関知していなかったのは、人族の状況だ。
そもそもこれはゲームの頃からあったのだが、この大陸には東西にまっすぐ突き抜ける街道がある。この街道はアルフヘイムを突き抜けるように通っているので、街道に乗ってコルナの町を出発すると、その先は人族の王国ラインライアの支配する土地に踏み入ることになる。
旅に出た最初の日、コルナの町を出たところまでは良かった。
街道を歩いて3日目に、道を塞ぐように建設されている途中の城にぶち当たった――関所だ。それも、多国を結ぶ街道に、人族が勝手に作り始めたヤツ。
当然ながら、エルフであるアルセイスを連れていることを見咎められ、拘留されそうになったので、慌てて逃げ出して街道を逸れた――結果、こうして山の中を方角もあやふやなまま歩くことになっているワケだ。
「アルはさ、知ってたのか。人族が勝手に関所作ってるなんてヤバいこと」
「知っている。そもそも、かなり以前から対立し続けているんだ。人族とエルフは」
「以前からって……」
少なくとも千年前は――ゲームのラン・ジェ・リではそんなことはなかった。魔王という共通の敵に対抗するために、他の種族は手を取り合って力を合わせていたのだから。
人族、マーメイド、フェアリィ、エルフ、ドワーフ、サラマンダー、エンジェル。
7つの種族と、その全ての敵たる魔族。その対立関係は明白で、魔族を排除した7種族はお互いに協力し、共に世界を安定に導いたはずだ。
「ここ百年くらいかな。建設中だった、あの砦が作り始められたのはもっと最近だが」
「何でそんなことに」
「さあ。人族の側が勝手に言い出したんだ。『薄汚いエルフ共と協調する必要はない』と」
「そんな……」
「使者を送っても門前払いで話も出来ない。そもそも対話するつもりが向こうにない」
「それであんたは、人族が嫌いなのか」
アル自身からもその話を聞いたことがあるし、そういえばルシアも前にそう言っていた。「アルが人族を受け入れるなんて、相手は勇者でしかあり得ない」って。
アルは一応、エルフの(元)王子様なのだ。種族同士で仲が悪いから、というならある意味それは仕方がないことなのかも。
「俺の場合は……いや、それはまた別の経緯があるんだが……」
「へ?」
「まあ、それは今は良いだろ。それよりも、この地図……どこで手に入れた?」
「どこでって……オレが描いたんだけど」
「お前が!?」
アルがすっとんきょうな声をあげる。や、他に選択肢ないだろ。
ルシアの持たせてくれた旅の道具の中にはなかったし、アルも地図を持ってきてないみたいだった。だから、千年前の――ゲームのラン・ジェ・リを思い出しながら、さささっと描いたのが、コレ。
「間違ってるかな? 千年前の状態しか分かんないから、だいぶ変わったかもしれないけど」
それでも、ラン・ジェ・リに関する記憶だけは間違いないと思う。あんだけやり込んだんだ。山の位置、小川の位置まで覚えてる。
「いや、間違ってない……と思う。伝わってる情報通りならば、国境線は多少変わってるが、ほぼ現状通りのはずだ」
「そっか、良かった」
少し安心したけど――なら、何でそんな変な顔してるんだ。
問おうとしたら、アルの方が先に、困惑した様子で尋ねてきた。
「お前、本当に勇者じゃないんだよな……? 何でこの世界の地理をこんなにしっかり把握している?」
あ、そういう話になるのか。
うーん、どう説明すれば良いものか。ゲームなんて理解できないだろうしなぁ……。
ここんところを理解して貰わない分には、話が余計ややこしくなる。
ただでさえ説明の下手なオレは、悩みつつも、辿々しい説明を試みるのだった。




