23 旅立ち
「はい、裁縫セットと道中の食事、水筒、ナイフ……全部小物入れに詰めといたから」
「ありがとう」
ルシアに差し出された小袋を腰に縛り付ける。
胡散臭そうにオレを睨む視線は気になるけれど、ルシアの立場なら仕方のないことだろう。
海魔レヴィの襲撃から一週間。
ことの経緯は、結局、王とルシア以外のエルフには伝わらなかった。
いや……もっと能動的に、アルが伝えずに済ませた、と言うべきだろう。
オレが勇者である、という偽の情報すら、そもそも知っているのはアルフヘイム王とルシア、そしてアルセイスだけ。他のエルフにとっては、もとより見知らぬ異邦人の人族でしかなかったんだ。
それに加えて、アルセイスは。
「――わたし、諦めてないから」
オレを睨み付けたまま、ルシアが呟く。
「諦めるって……」
「アルセイスのこと。あいつは確かにちょっと短気だし、沸点超えるとイマイチ対応が適当になるけど、今まで頑張って王子してきたんだもの。わたし達みんな、あいつが次の王様だって思って頑張ってきたのよ。あいつが王様になれないなんて、突然言われてもはいはいそうですか、なんて納得しないから」
「…………」
「アルセイスがいない方が良いなんて、思わないんだから! 本人と王が何て言ってるにしても……次の王はアルセイスに決まってるんだから!」
アルセイスは、自分がこのままここにいると余計な争いが起きる、と王に説明したらしい。
幼い弟がいるらしい。まだ物心もつかないような。
いずれ成長すれば、立派に王の後を継ぐのかもしれないが……今はまだ、先に後継者として育てられていたアルセイスの方が上だ。力も、経験も、人望も。
ルシアみたいに友情からアルセイスを応援しているのはまだストレートな方で、よそ者のオレからは見えもしない複雑かつ裏のある諸々の派閥があるらしい。
ただ単に、王が後継者の入れ替えを宣言するだけではおさまらない。
それよりも、適当に理由をつけて王国から遠ざかる方が、表立った反発は少ないだろう。
例えば、「奪われた聖槍リガルレイアを取り返しに行く」なんて、それらしい理由とか。
こう説明すれば、誰も反対はできない、たぶん。
ついでに、一緒にオレを連れていくワケだから、エルフ達はきっと、こいつは勇者に関わる誰かなのだろうなんて勝手に推測してくれるかもしれない。アルがこんなことになってるのも、それに関することなんだって、これまた勝手に。
詳細を説明しなくても、想像の筋道を見せてやれば良い。
――と、これが、アルセイスが王を説得した概要だ。
王は、渋る様子を見せながらも結局は頷いた。
アルは言葉を濁したけれど、レヴィの襲撃直後からオレが宮殿を追い出され、ルシアのところで世話になっていたことを考えるに、渋っていたのは多分オレを連れてくって部分だろう。
この危険な存在をこのまま世界に解き放って良いのか、という。ここで後腐れなく消しておいた方が良いんじゃないか、ということだ。
どう考えても、オレの存在は危うい。
アルを……王国の後継者をキズモノにし、ゴブリンと海魔の相次ぐ襲撃を招き、未知のアイテムを作成し、そして――結果として、魔王の封印を解きかけている。
もしもオレがアルフヘイム王ならば、さっさと殺して、後顧の憂いを絶っているところだ。
ぎりぎりのところで生命を繋いだのは、ひとえにアルの説得と、作ったぱんつのおかげだろう。
うん……作りました。命には代えられないからな。王様に、ぱんつ。
基本的にはアルに作った最新バージョンのぱんつと同じで、腹の前で紐を結ぶようなトランクスっぽい短パンっぽいタイプ。男物だから、ちょっと大きめではあるけども。
アルに「できることは示しておいた方が良い」って言われて作ったんだけど、どうやらオレのぱんつの力は男性諸氏にも及ぶらしい。旅先から、定期的にぱんつ送ってこいって話になった。
まだデフォルト下着が消えるようになってるってことは王国民には正式にアナウンスしてないので、ひっそりと広めるんだろう。ひっそりと。
ちょっと納得いかないのは、自分用にも一枚試しに作ったときに、なぜか何の効果もなかったってとこだ。みんな「前より魔力が上がってる気がする」とか言うんだけど、オレだけは実感わかないんだよな。何でだ。自分には効かないもんなんだろうか。
いや、他に穿くもんもないから穿いてるけども。
思い出して首をかしげてるオレを、ルシアはただ黙って睨みつけている。
どう答えるも意味がないような気がして、オレもまた、黙って見返していた。
だから、正直、ちょうど良いタイミングではあった。アルが、勢いよく扉を開けて、飛び込んできたのは。
「――レイヤ!」
「アル、ちょうど良かったわ! あなたね……」
言いかけたルシアの言葉も聞かず、ばたばたと騒がしく足音を立てながら近づいてくる。
「おい、アルセイス……」
「行くぞ、レイヤ。出発だ」
「出発って……」
「すぐに出るぞ。こんなところでぼんやりしている暇はない」
「アル! ちょっと聞きなさい――」
「――それどころじゃないんだ。戻ってきたら聞く」
腕を引っ張られて慌ててついていくオレの後ろを、ルシアも追いかけてくる。
「ちょ、ちょっとぉ!? アルってば」
「じゃあな、ルシア。アルフヘイムのことは頼む!」
ルシアの方を振り向きもしないまま、それでも早口に言い残す様子には、色んな思いがこめられていたのかもしれないけれど。その表情はうかがえなかった。
後ろの方で、ルシアの足音が止まった。
立ちすくむ様子が気配で伝わってくる。
「おい、アルセイス……!」
「うるさい、黙って走れ」
「いや、何も走らなくても」
「走れって」
「待てよ。ルシアに何も言わなくて良いのか?」
分かっていても、問わないワケにはいかない。
最後は嫌な印象を与えてしまったかもしれないけれど、このアルフヘイムでなんだかんだと助けてもらったのは事実なのだ。恩人が涙目で立ちすくんでいると知りながら、黙ってはいられなかった。
アルセイスは一瞬だけスピードを緩めたけれど、それでもこちらを振り向きはしなかった。前を向いたまま、独り言のように呟いた。
「今、ルシアと話せば、絶対に止めようとするに決まってる」
「だけど」
「今の俺は、ここにいない方が良いんだ。俺にとっても、この国にとっても」
ぐいぐい手を引きながら、慌ただしくアルフヘイムの森を抜けていく。
そのスピードこそが、逆説的にアルセイスの思いをあらわしてたように感じた。
急がなければ、抜けられない。
勢いをつけて初めて、踏み切れるような。
プールに飛び込む時に上がる、水しぶきみたいに。
ちっとも湿っぽくない声が、どれだけ自分の心を抑えてるのかってことを表現していた。
その泣かない背中に向けて、声をかける。
「アルセイス!」
「なんだよ!」
「オレ、絶対……あんたを元に戻してやるから!」
弾かれたように、目の前の身体が振り向いた。
長い金髪が、その視線を追うように空中を泳ぐ。
金色の軌跡が通り抜けた後には、まっすぐにオレを見る青い瞳が残っていた。
しばらく黙ってオレを眺めた後、アルは一言も返さずにまた視線を戻し、再び森の中を走り出した。
疑われているのかも知れないし、アルが望むことばじゃなかったのかも知れないけれど。
それでも、オレはオレの責任をとらねばならない。
多分それだけが、この世界でオレのやらなきゃいけない『何か』だ。
下着を作るなんてことより、ずっと。
勇者の言うことを聞くなんてことより、きっと。
視界の向こう、木々の切れ目が見える。
光差す世界へと、アルに手を引かれながら、オレは駆け込んでいった。




