22 背負うべきもの(真)
『……卑怯者とかさぁ、好き勝手言うよね、シトーのヤツ』
苛立った声が右耳で響いた。莉亜だ。
見れば、森の向こう、空との境界が徐々に明るくなり始めている。長い夜が明けようとしているらしい。
『あたしの何が卑怯だって言うんだろ。別に悪いことなんてしてないのにさ』
「莉亜……」
『少なくとも、シトーには言われたくないよね』
呟いた声に何て返そうかと思ったけれど、それ以外に色々言いたいことがあったのを思い出した。
「そうだ、莉亜。お前、今まで何やってたんだよ! 今までオレ、大変だったんだぞ!」
主に、ぱんつ作ったりするのに。
頭を掻きながら足を踏み鳴らすと、てへ、と笑う声がした。
『知ってるよぉ。だって見てたもの』
「見てたんなら、お前……」
『でもさ、こうやって会話するのって魔力使っちゃうから。ほら、もったいないじゃない? 使わないときはオフにしとかなきゃ』
「そんなエアコンみたいな」
『大丈夫だいじょうぶ。ほら、大事なときはちゃんと助けたでしょ? ちょっと深夜アニメ見てる隙に大変なことになってたけど』
「お前……!」
『いや、今いちばん面白いトコなんだって。次回最終回だから』
「知るかよ! ずっと繋ぎっぱなしとけよ、危ないから!」
そもそも、お前が勇者なんだろうが!
今回だって、オレじゃなく莉亜がこっちに来てたなら、リガルレイアを盗られることもなく、海魔レヴィを追い返せていたんじゃないだろうか。
『そうやってちまちま節約した力を、さっきの【聖光翼刃斬】に込めたんだから、多少はお礼も言って欲しいとこなんだけど』
不機嫌そうに鼻を鳴らすと、莉亜は「あーあ」とため息のような不満のような声を漏らした。
『せっかく助けてあげたのに、やんなっちゃうなー。助かったのはあたしのおかげなのになー』
「そ、それは……助かったけど」
『けど?』
「……ありがとう」
『ふふん。今度がっつりお礼してもらわなきゃね。早くあたしをそっちに喚んでよ。そしたら、いっぱい買い物に付き合わせちゃるんだから』
助かったのは事実なのだが、巻き込まれた感の強いオレからするとどうも理不尽な気がして……いや、やっぱ助けられたんだから、ちゃんとお礼はした方が良いのかな。
アルセイスが不思議そうな顔でこちらを見る。
「何を1人でぶつぶつ言ってるんだ」
「いや、それが……」
そう言えば、オレが勇者じゃないことは説明したけど、莉亜のことまではちゃんと説明してない。
説明しようと口を開いたところで、莉亜が大きなあくびをした。
『……レスティ――じゃなかった、アルセイスだっけ? 説明はそっちで勝手にしてよ。あたし、もう寝なきゃ。明日も学校なんだから』
「あ、ああ。悪かった、ありがとう」
『ほんと。最終的にお兄を救ったのはシトーじゃなくてあたしってことをよくよく胸に刻んで、あいつのことあんまり信じないようにね。じゃ』
「信じるなって……あっ」
言ってる意味をよく確認する前に、ぷつり、と音がして莉亜の声が途絶えた。早々に寝てしまったらしい。
「あー……切れた」
「何が」
「いや、あのさ……」
向こうの方で、アルフヘイム王にルシアがことの経緯を説明している。
それを遠目に見ながら、オレはアルに向けて莉亜のことを説明した。オレのいた世界の妹で、本当の勇者で、声だけで繋がってるけど、オレを通して力を出すことも出来るんだって。
「なるほど。妹が本物の勇者だと知ってたから、自分は勇者じゃないとあれほど明確に言えたのか」
「まあ……」
「俺からすれば、下着を解放し、聖槍リガルレイアを振るうお前は、自覚がないだけで本当はやっぱり勇者の再来なんじゃないかという思いもあったが」
「……そんな風に思ってたの?」
「まあ、疑いとしてはあったかな」
しれっとそんなことを言うので、オレはびっくりした。
「だってあんた、さっき海魔レヴィに対して大見得切ってたじゃないか!?」
勇者じゃないなら責任なんかとらなくて良いって、リガルレイアを折られるかどうかの瀬戸際で。
それなのに、じゃあ、何で。やっぱり本当はオレが勇者かも、なんて思ってたってのに。
アルは小さく微笑むと、オレに背中を向け、アルフヘイム王の方へと歩み出した。
「お前自身は、自分は勇者じゃないって思ってたんだろ? じゃあ、それに相応しくあれば良いだけだ。それに……俺は、そういうのは嫌いだ。誰かを犠牲にして、何かを助ける、みたいな」
「でも、アルセイス。あんた、この国の王子で――」
「――だった、だな。正確には。この国は男系継承なんだ。お前が勇者じゃないとしたら、俺をどうやって元の姿に戻すのか、その方法も分からない。聖槍リガルレイアまで奪われた今、アルフヘイム王もさすがに後継者について本格的に考え直す必要があるだろうから」
「――おい、それって!?」
こちらを向きもしないが、その言葉の重さすら分からないワケではない。
つまり、それは――アルが、アルフヘイムの王子としての地位を追われかねない、ということだ。
いや、この口ぶりだと、もっと前からきっとそんな話になってたんだ。でもオレが勇者だから、まだぎりぎり希望が持てていただけで。
「アルセイス、それじゃ、あんた……!」
「少しでも悪いと思っているなら」
ぴたり、と足を止めたアルセイスが背中越しに振り返る。
昇りかけた太陽が、その向こうから差し込んで来た。
逆光の中で、オレがその地位を失わせたエルフ達の王子は、楽しそうに笑っていた。
「悪いと思っているなら、責任取ってついて来いよ。もう俺はこの国も背負わない、何の権力もないただのエルフだ。でも――」
すぐには、答えられなかった。
その輝く金の髪が、透き通るような青い瞳が綺麗過ぎて。
「――お前は、一緒に来るだろ」
「……うん」
思わず素直に答えた。
あんたと一緒に行きたいって。
アルセイスは答えを聞いて、即座に破顔した。
「だよな。お前はアルフヘイムについては責任ないけど、俺については責任あるもんな」
「あ……いや、違くて……いや、違わないんだけど、今のはそうじゃな……」
「どっちだよ」
え……いや、うん。アルセイスについて責任は感じてるの確かだから、やっぱ良いのか。
つい一緒に行きたいって思っちゃったのは、オレに責任あるって思ってるから……だよな。そうか……そうだよな、そう言われてみれば、そりゃそう、なのかな。
落ち着いて頭を掻きながら答える。
「あー……やっぱ、違わなかったっぽい」
「何言ってるんだ、お前は。……まあ、お前が一緒に来るならそれで良いか」
笑ったアルは、改めてオレに背中を向けると、今度こそアルフヘイム王の元へと駆けていった。
その背中を見ながらようやく、オレはさっきのアルセイスの言葉を思い出してた。
責任のないものまで背負わなくて良いって、多分……あれはきっと、アルは自分に向けて言ってたんだ。失われようとしてる地位と責任を、目の当たりにしながら。
勇者じゃないってことを包み隠さず口に出せたけど、結局オレが背負うべきものは変わってない。
アルセイス、あんたのことは絶対元に戻してやらなきゃ。たとえ勇者じゃなくても、このことだけは、オレが背負わなきゃ。
差し込んでくる朝日を見ながら、決意を新たにするのだった。




