21 背負うべきもの
斎藤さんが眉を寄せて、その姿を見やる。
「人のこと散々しぶといとか言ってましたけど、あなたもまあしぶといですよ」
「きひひ、貴様に認められれば本物じゃな」
ノーダメージではないだろう。敵ながら、焼け落ち剥がれた鱗の痕は痛々しい。濡れた黒髪も、妖艶な顔の半面も焼け崩れ皮膚の下の肉塊を晒している。
それでも、海魔レヴィはまだ嗤っていた。
「勇者の力とやら、とくと見せてもらったぞ」
「――返せ! その槍は――」
オレの横からアルセイスが身を乗り出そうとする。
肩を掴んで留めたが、振りほどこうとするアルの力は強い。オレ達の様子を見ている斎藤さんは、呆れたように肩を竦めた。
「ちょ、斎藤さんもぼんやり見てないで止めろよ!」
「私が? 馬鹿な。一度は見逃してやりましたがね、魔王さまの復活に必要なのはあなただけなので。レスティキ・ファなんて腹立たしい女の存在など、どうなろうと構いません。たとえ、無計画に無手で無謀にも無援のまま海魔に向かっていって、たった1人で返り討ちにあおうともね」
「この……!」
煽るだけの言葉だったけれど、結果的にアルセイスはもがくのを止めた。ここまで言われて気にせずに向かってくほどには、頭に血がのぼってるワケじゃないようだ。ただ悔しそうにレヴィを睨み付けるにとどめている。
「ふん、良い眼をするな、レスティキ・ファ」
「その名は我が祖のもの、俺はアルフヘイムの王子アルセイス」
「小蟹の名など覚えるつもりもないわ。さて、この聖武具はどうしてやろうかの……」
「虚勢もそこまでにしておくと良いですよ、レヴィ。それに触れ続けるなんて、同じ魔族として正気の沙汰とは思えません」
斎藤さんの声を聞いて、改めてレヴィの手に視線を向けた。
表情には余裕がうかがえるが、その腕は槍を握る手のひらから蒸気を発し続けている。
「聖槍リガルレイアは神の武器ですからね。我ら魔族とは相容れぬ存在。触れた先から拒絶され、体組織が破壊され続けるものです」
「言われずとも知っておる」
「手を放しなさい。それを置いて大人しく降伏すれば、命ばかりは助けてあげましょう」
「何もしとらん貴様に言われとうない! わらわが窮地に陥っているのは、あくまでそこの『勇者』の小僧のせいじゃ!」
「なるほど、まあそうも言えるかも知れませんが、そんなことはどうでも良く、とりあえずそれから手を放してですねぇ……」
「そもそも、シトーよ」
きひ、と海魔レヴィが嗤う。
「なぜ、わらわにコレを置いて行かせたいのじゃ? わらわも使えぬ、貴様も使えぬ。わらわに出来ることはへし折ることぐらいじゃが……」
「ちょ、待ちなさい! 早まってはいけませんよ、レヴィ! それはほら、折ったりすると大変です、大変なことにそれはもう!」
「……なぜ、魔物を傷付ける聖武具を、貴様が一生懸命かばおうとしておるのであろうなぁ?」
慌てる斎藤さんの姿を見て、レヴィはますます笑みを深めた。
痛みを堪えるように顔を歪めながら、両手で聖槍リガルレイアをたわませる。
「あー! 待っ……ちょっと待ちなさい! それはヤバいヤバいヤツです!」
「なぜかのう?」
「すとっぷすとっぷすとっぷ! それ以上やったらぽきっといっちゃいますからぁ!」
「いっちゃったらどうなるのかのう?」
「いっちゃったらヤバいことにぃ!」
斎藤さんが大慌てで両手を振れば、ますますレヴィが調子に乗る。
あっけにとられて見ているオレの右耳で、莉亜が『あー……』と声を上げた。
『あの、シトーじゃないけどさ。アレ折られたら、マジでヤバいことになるんだけど……』
ヤバいヤバいって、お前ら何なんだよ。
『聖槍リガルレイアはじめとする聖武具は、カミサマがこの世界に打った楔だからね。アレがないと、カミサマの力がこの世界に届かなくなるの』
神様のちからが届かないって……それは確かに何だかマズそうな……?
『具体的に言うと世界が一部崩壊しちゃう。全体にも影響はあるけれど、リガルレイアはエルフ達を繋ぎ止めるためのものだから、一番影響あるのはこの辺――アルフヘイム一帯だね。消滅しちゃうよ』
「――めっちゃヤバいじゃねぇか!」
『だからヤバいんだって!』
「だからヤバいんですって!」
思わず出た声に、莉亜と斎藤さんが揃って答えた。
莉亜の声は聞こえてないはずだから、斎藤さんもリガルレイアが壊れるとどんなことが起こるのか知ってるってことになる。逆に、何も言わないレヴィやアルは知らない……のだろうか? ゲームでもそんな話は出てこなかったから、これは勇者とか魔王とかそれに近い人達だけが知っていることなのかも知れない。
ちらり、とレヴィの視線がこちらを向いた。焦げ付いた身体を揺らしながら、からかうような声でオレを誘う。
「何がヤバいのかは知らぬが、『勇者』よ。これを失うことがそんなに大変だと言うなら……お前の生命をもって、この槍と交換してやっても良いのだぞ?」
交換条件ってヤツだ。
注目を浴びて、何かを言おうと口を開いた。
オレは勇者なんかじゃない、そんな風に脅されたところで無駄だって。
だけど、それより先に、右耳でくすくす笑う声がした。
『うふ、お兄は『勇者』なんかじゃないのにね。でも、仕方ないからそう思わせておこうか。大丈夫、あたしがついてるんだから、レヴィがいなくなったらすぐまたさっきみたいに戻してあげるよ。ね、全然怖くないよ。本物の勇者がいるんだから――』
――言おうとしてたことがぜんぶ吹っ飛んだ。
そう、オレに偉そうなことなんて言えるワケないじゃないか。
だって、結局、斎藤さんがオレを守ってるのは、オレが勇者だと思ってるからで。
オレのやったことは、ぜんぶ莉亜のおかげなんだから。
さっきみたいに、死んだと見せても戻れるんなら、それも良いんじゃないだろうか。
ゲームみたいに戻れるなら、死ぬなんて大したことじゃないんじゃ……
ふらりと踏み出しそうになった左手を、誰かが掴んだ。
「――お前は俺に、自分は『勇者』じゃないと言った」
莉亜の声とは反対側、左側から、凛とした声が辺りに響いた。
左手を握られて、弾かれたようにそちらを見る。
アルセイスの青い眼が、至近距離からオレを睨み付けていた。
「何度も何度もその場の流れで誤魔化しやがって。どれが真実だ。そうやって、何でもかんでものらりくらりと切り抜けてくつもりか!」
「……でも」
「良いか。お前が勇者なら、それについては責任を負え。そうじゃないなら――それは、お前の背負うものじゃない!」
静かになったレヴィと斎藤さんが、オレを見ている。
ダメだ。あの2人には、レヴィにはオレが勇者じゃないなんて知られたら、リガルレイアが壊されてしまうかも。そうなれば、アルフヘイムが。
慌てて否定しようと開いた口は、だけど、思ってたこととは違うことを漏らした。
「……オレ、勇者なんかじゃないんだ……」
『ちょ、お兄――!』
「そんなの、さっき聞いた」
情けないオレの声を聞いて、ふん、と息を吐いたアルセイスは、海魔レヴィに向き直る。
「と、いうことだ。ここには勇者なんていない。分かったらその槍を返せ」
ばさりと長い髪を翻すアルの背中は、オレより小さいはずなのに、何故か途方もなく大きく見えた。
その背中に泣きつきそうになって、ぐっと自分を押しとどめる。さすがに格好悪過ぎるだろ、美少女に守られて泣きつく男なんて。
頭を切り替えて海魔レヴィを見ると、ぽかんと口を開けていた。
「そんな馬鹿な」
「事実だ」
「そんな訳があるものか! 勇者でないただの人族に、何故リガルレイアが使えるのじゃ!」
「知るものか。知りたければ自分で調べろよ。お前に教える筋合いはない」
ぴしゃりと言い切ったアルセイスに、もう一度食ってかかろうとしたレヴィの動きが、ぴたりと止まった。
不思議に思ったのは一瞬だった。すぐにオレの耳にも聞こえてきたからだ。森の奥から響いてくる、エルフ達の鬨の声が。
「……ふん。態勢を整えるのが早いではないか」
「あいにく、先のゴブリン達の侵攻で、アルフヘイムは常にピリピリしてるからな。リガルレイアを折れば、お前の生命もそこで潰えることになるだろうが……それでもやるか?」
アルに挑発された海魔レヴィは、一瞬だけ怒りを顕にして眉を上げたがーーすぐに、表情を消して後ろへ退いた。
「……良かろう、この場は退いてやる。囲まれる前にな」
「あっ、まさか逃げるつもりじゃないでしょうね!?」
「逃げるつもり以外の何があるのじゃ、この愚か者め! 小僧よ、貴様が勇者ではないなぞ、わらわは信じぬ。故に、貴様は追ってこい。この槍が惜しくば、な ――【虚空の門の守り手よ】!」
じゃらじゃらと尻尾を鳴らしながら、レヴィがオレ達から距離をとっていく。
斎藤さんは諦めきれない様子で追おうとしたけれど、ちらりとオレの方を見て、追撃をやめた。
「――【鍵持つ獣の名を問い ここに扉を開け 転移】!」
光の中へレヴィの巨体が消えた直後、森の中からエルフの軍勢が姿をあらわす。
そちらに視線を向けて、アルセイスが手を振る。
その向こうで、斎藤さんが訝しげにオレを見ていた。
「……あなたが勇者じゃない訳がないんですよ、音瀬さん。だって、下着を創り直すことが出来るのは、封印を施した勇者だけなんですから」
「斎藤さん、それは」
「何より、あなたからは勇者の匂いがぷんぷんするんですよね。あの忌々しい、卑怯者の匂いが……」
それだけ呟くと、斎藤さんはエルフ達に見咎められる前に、【転移】を使って姿を消した。




