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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第二章 Change Your Ticket
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20 勇者(偽)のちから

「なるほど。勇者であるからには、忌々しいその神なる槍も使える、とそういうことじゃな」


 慌てる様子もなく、どちらかと言うと楽しそうに海魔レヴィが身体を揺らす。


「やってみよ。先程の小蟹のざまを見て、それでもなお我が盾に向かってくるだけの気概があるならば」


 この槍の持ち主たるアルセイスですら、必殺技の【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】を防がれている。余裕のある様子はそのためだろう。

 あの技は、魔術と同じ扱いなのでめっちゃMP消費するのだ。そもそもアレを使えるのか、という話に加えて、今のオレの最大MPで足りるか、という不安もある。

 しかも、さっき一度【地殻盾グランドシールド】を使ってしまっているのだが。


『お兄、もしかして残りMP心配してる? だいじょぶだよ。さっき身体を治した隙に回復しておいたから』

「MP回復……?」


 莉亜りあが軽く言ってくれてるけど……MP回復って何やったんだ。

 ゲームのラン・ジェ・リにはMPを回復する魔術も、一般流通しているマジックアイテムもない。ドロップでたまにしか落ちてこないMPポーションが唯一の回復薬だ。

 だからこそ、魔術や必殺技というのはここぞというときの決め技だったのだが。


『勇者だからね。莉亜りあちゃんに死角はないのよ』

「でも」

『ゲームの勇者にはそんな力ないって? あれはゲーム、あくまで淫魔シトーが作ったゲームだよ。本物のあたしとは全然違うものだから、あんなのアテにしちゃだめ』


 ただのゲーム――そういうもの、なんだろうか。

 いや、たしかにゲーム自体はあくまでゲームだから、隅から隅までこの世界そのまんまってことはないんだと思うけど。

 言われてから自分の身体に意識を戻してみれば、MPが底を突きそうなときの疲労感もなくなってる。MPが充填されてるのは事実のようだ。


「確かに、MPは戻ってるみたいだけど」

『でしょ、おにい。さあ唱えてみて。あたしがついてるからきっと大丈夫よ』


 心強い言葉を受けて、オレは聖槍リガルレイアを構えた。

 身じろぎをした海魔に向け、斎藤さんが笑いかける。


「では、呪文が完成するまでは私が時間つぶしのお相手をいたしましょうかね」

「時間つぶし、な。己の分際を理解したということか」

「魔力の枯渇と離れていた時間が長すぎまして。ちまちまと貯めていた魔力は音瀬さんをこちらに呼んだときにほぼ使い切ってしまいましたし。ええ、今の私は己の必殺技すら使えませんとも」

「ふん、今から負けたときの言い訳か?」

「負けたとき? まさか。今の私は別にしても、音瀬さんが負ける訳ないじゃないですか。何せ偉大なる救世の『勇者』なのですから――セット、全詠唱破棄カット――【華焔の旋風(フレイム・ブレス)】!」


 舞い上がる炎を煙幕にして、斎藤さんは海魔に駆け寄っていく。

 その勇敢な背中を眺めながら、オレは既に――この世界に来るよりもずっと前から――暗記しきっているその呪文を口にした。


「そ、【其は青藍の刻限に佇立する万有の先導者】――」

『ぐへ……ひゃー! お兄、かっこいー!』


 微妙に棒読みな歓声が胸に痛い。

 いや、オレだって恥ずかしいよ。ゲームの呪文だもん。

 だけど、唱えろって言ったのお前だろ!


「ちょっと音瀬さん! 照れ……ダレてないで呪文続けてくださいよ――セット、全詠唱破棄カット――【華焔の旋風(フレイム・ブレス)】!」

「ふん。セット、全詠唱破棄カット――【極限防壁アルティメット・シールド】! 勇者だから何だ。レスティキ・ファにすら打ち破れぬこの壁を超える者はおるまいよ。そもそもそこの小僧、魔力は足りているのか? そんな顔色で、発動までに気を失ったりはせんだろうな?」


 海魔の嘲笑を受けながらも、かろうじて顔を伏せずにすんだのは、下から差しこむ光のためだ。

 呪文を受けて、降り散る青い光が足元を照らし始めている。地面に光が走り、複雑精緻な魔法陣が描かれていく。


 きてる。

 これは確実にきてる。


 エフェクトがついたことで、「それっぽさ」が格段にあがって気持ちが高揚してきた。

 同時に、心理的な抵抗を突破する勇気がみなぎってくる。

 握った聖槍の先を海魔レヴィに向けた。びりびりと刃先から伝わってくる振動と轟音を手のひらに感じながら、叫ぶ。


「【永劫の腕に抱け! 最終奥義――聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】!」


 白い光が真っ直ぐにほとばしる。

 一瞬前に射線を離脱した斎藤さんの横をすり抜けて、【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】の巨大な刃が海魔を襲う。

 海魔レヴィはにやりと笑って手のひらを掲げ、その刃を受け止めようとした。


「セット、全詠唱破棄カット――【極限防壁アルティメット・シールド】!」


 透明な壁が鱗の生えたレヴィの腕の前に生まれる。

 輝く【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】の一撃はその壁によって防ぎ止められ――は、しなかった。


「――なに!?」


 レヴィの驚愕の声とともに、ガラスの割れるような澄んだ音が響く。

 一瞬だけ空中に留まっていた光の奔流が、壁の消失とともに蛇体へと襲いかかった。


「があああああっ!」

「勇者と正面から魔力で組み合おうなんて、百年早いですよ」


 振り返った斎藤さんと目が合う。余裕の笑みとはさすがと言うかなんと言うか。


「お疲れ様でした、音瀬さん。さすが勇者さま、頼りになりますねぇ」

「いや……オレにも何が何だか。何で、アルの【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】は通らなくて、オレのは通ったんだ」


 勇者の魔力なんて言われても、オレの最大MPよりアルの方が上のはずだ。


「そうですねぇ。ゲームのランジェリで言うなら、アレですよ。MPじゃなくて、能力値の『知力』に左右される魔術攻撃力の方です」

「ああ……」

『うふふん』


 その説明で理解した。確かに、ラン・ジェ・リには『知力』というステータスがあって、これが上がると魔術自体の攻撃力が跳ね上がるのだ。

 ゲームでも、勇者は他のメンバーよりも『知力』が高くて、魔術については右に出る者はいなかった。種族的に魔術に長けたエルフの――その中でも屈指の魔術使いであるレスティキ・ファよりも、だ。

 ただし、勇者のMP最大値はそんなに大きくない。レベル上昇によるMP上限の上がり幅が種族によって違っているせいだ。勇者は人族、レスティはエルフだから、一緒に旅をしていると、同レベルでもレスティの方が魔術を連発出来ることになる。


「勇者ですからね。転生前ほどではないにしろ、生まれつきの魔力――『知力』が高いのは想定してましたとも。ええ……」


 自分で言いながら、複雑な表情になる斎藤さん。


「しかしこれほどとは……魔王さまが復活した暁には、どうやって倒せば良いんでしょうね」

『ちょっと』

「なあ、今、何か不穏なこと言わなかったか?」

「いや、冗談ですよ、冗談。ははは」


 完全に冗談じゃない眼をしている。やっぱこのひと、あんま信用できない。


「――レイヤ!」


 微妙になごんで(?)いたオレ達の横に、アルが飛び込んでくる。

 足止めしていた【水竜の法衣(ウォーター・カーテン)】の効果がきれたのだろう。


「ああ、アル……」

「バカ、気を抜くな! まだだぞ――!」


 その声で慌てて振り向いた途端、鱗がオレの腕を狙って死角から飛んできた。


「うわ……っ!?」


 危ないところで腕を引いたが、硬い鱗に弾かれた聖槍の柄を取り落としてしまった。知らない内に背後に回った長い尾が、オレの方を指している。

 拾おうと屈んだところを再び鱗に狙われて、尻もちをつくように後ろに避けた。

 その隙に、再び鱗に弾かれた槍はオレの足元から遠ざかる。

 尾が無事だと言うことは、当然、本体も無事なはず。

 だから、槍の転がっていった先には――


「……きひひ、なるほど。貴様が勇者であるというのは、事実のようであるな」


 槍の柄を拾い上げたのは、身体の端々を炭化させながらも立っている海魔レヴィだった。

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