表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第二章 Change Your Ticket
40/198

18 勇者じゃないなら

「……今、何と言った?」


 問い詰める風じゃなくて、ただ聞き返したって声だった。

 まるで本当にオレの言ったことが聞こえてないみたいだ。

 表情の抜け落ちたようなアルセイスに向けて、もう一度同じことを言えるワケがなかった。


「…………」

「ね、待ってよ。アル、レイヤくん」


 アルよりも先にルシアの方が立ち直った。オレとアルを交互に睨み付ける。


「勇者じゃないってどういうこと? アルは確かにレイヤくんが勇者だって……それに、もし勇者じゃないとしたら、君のその淫欲解放ぱんつの能力はどういう……?」

「ちょっと待て」


 アルセイスが額に手を当てながら呟いた。


「お前、そう……確かに、自分では自分のこと勇者だとは言わなかったな」

「…………」

「……そうか、俺の早とちりか」

「えっ!? ちょっとアルセイス! 問題はそこじゃないでしょ、言った言わないじゃなくて、レイヤくんはわたしと話したときにも否定しなかったよ! 誠実さを言うならちゃんと否定すべきでしょ。それを今になって……」

「否定しなかっただけだろ、肯定もしてないはずだ。少なくとも、俺にはそうだった」

「だからって……!」


 慌てるルシアを放って、アルは再びオレに背を向けた。

 気を失った時に取り落としてしまった聖槍リガルレイアは、海魔レヴィの足元にある。そこへ駆け込むべく突撃の姿勢を取っているようだ。驚いて、後ろから肩を掴んだ。


「待てよ、オレは勇者なんかじゃないって言ってるだろ! だから、これ以上あんたが身を呈してオレを守る必要なんか――」


 こちらを振り向きもせず、アルはオレの手を払う。


「お前が勇者じゃないなら、この襲撃はアルフヘイムの問題だ。人族のお前がでしゃばる余地はない」


 オレが反論する前に、ルシアの方が派手に反応した。


「そんなワケないでしょ、アル! あの蛇のひとは勇者(・・)を狙って来てるのよ! それが分かってるんだから、レイヤ、くんを……」


 言葉が途中で途切れる。誰が止めたワケでもないけれど、最後まで言い切る気にならなかったんだろう。

 『レイヤくん(オレ)を差し出せば、おとなしく帰ってくれるかもしれない』なんて。


「……ねえ、アル。君はアルフヘイムとレイヤくんとどっちを優先するのよ」

「どっちが? アルフヘイムに決まってるだろう、そんなもの」


 振り返ったアルの目は、オレを見なかった。

 ただ、ルシアだけを見て口を開く。


「そうじゃなければ……いや、俺の個人的な感情なんてどうでも良い。俺は王の息子だから」

「それなら何で――」

「何でって……そいつの能力、お前だって見ただろう。勇者じゃないと言うなら――それの差し出すアイテム(ぱんつ)ってものは一体何なんだ?」


 確かに、オレはぱんつを作ることができ、そしてそのぱんつによって人の魔力ステータスを向上させることができるらしい。

 今まで考えたことなかったけど……その力は、じゃあどこから来てるんだ。

 勇者じゃないのに淫欲ぱんつを解放できるっていうのは、どういうことなんだ……。


「どうやら、本人も分かってないらしいが」


 オレの表情を横目で見て、アルは呆れたように呟いた。


「そもそも、俺がコレの言うことを信じたのは、こいつがいともかんたんに淫欲ぱんつを解放して見せたからだ。ソレが作るぱんつ(アレ)が魔王との戦いで切り札になるだろうことは、容易に想像できるだろう。力のあるアイテムは誰かがコントロールせねばならない。何しろどういうものか、なぜコレに作れるのか何も分かってないんだ。無制限に解放すれば、奪い合いで戦火が広がるだけだぞ」


 薄々考えていた恐怖のようなものを正面から指摘されて、一歩後退る。

 勇者の力だと、正義の力だと思っていたから表面化していなかっただけだ。だけど……本当にこんなもの解放して良いのかと、オレも躊躇していたのは事実だ。


「今、コレの力を失う訳にはいかない。そして鎖も付けずに世界に放り出す訳にもいかない。調査してコントロールして、そして必要とあらば更なるぱんつ開発を指示する、そういうヤツが必要だ。お前以外には頼めない」

「アル……! いやよ、それなら君が――」

「――頼むぞ」


 伸ばしたルシアの手をすり抜けて、アルセイスは走り出した。

 聖槍リガルレイアに――その傍に立ちはだかる海魔レヴィに向けて。


「アルセイス!」


 オレの声になんて、もう振り向きもしなかった。

 駆け寄ってくる新たな獲物を見付けて、海魔が嗤う。


「何だ、愚かな小娘よ。そうも死に急がずとも、わらわがここに来たからには、小蟹の素など一掃するつもりじゃ。森ごと全て濁流に押し流してくれるぞ」

「お前にそんな力がある訳がない。それが出来るなら最初からやってるだろ。魔族だ三将軍だと意気がっても、お前なんかせいぜい蛇の親分みたいなものだ」

「小蟹めが……ほざくなよ! 今や、わらわの力は淫魔シトーにも優るのだ!」


 挑発に乗って放たれた鱗は、アルセイスも予測していたのだろう。

 タイミングを見計らうように右に避け、そのまま駆け抜ける。

 だが、その足取りは普段の軽さには程遠い。やはり、最初に食らった攻撃が回復しきれていない。

 アルの背中を追おうとした途端、後ろから腕を取られた。


「……行かせないから」


 苦しげに眉を寄せたルシアが、オレの腕を掴んでいる。


「君が何者だって守るわ。君のためじゃない、アルのために」

「……ルシア……」

「気安く呼ばないで。肯定とか否定とか関係ない。君はわたしたちに嘘をついてたんだもの。少なくともわたしはそう考えてる。でも――」


 ぐっと腕を引かれて、森の奥へ引き込まれそうになった。

 よろけそうになったけれど、体勢を立て直してぎりぎり踏みとどまる。


「でも、それと君の能力は関係ないわ。信頼なんて欠片もないけど、能力だけは認めてあげる」

「…………」


 もともとアルフヘイムに突然厄介事を起こした人族だ。最初から疑われてたのは知ってる。

 だから、本当のことを言えばきっとこうなるって、オレには分かってた。

 だけど、それが分かってても。

 どうしても本当のこと言いたかったのは。


「……ダメだ」

「君の意見なんて聞いてないよ」

「ダメだ! アルを置いて行けるもんか!」

「……っ! 君の意見なんて聞いてないって言ってるでしょ!」


 激高するルシアの手を振り払おうとして、逆にもう片方の手を握られる。力の強さで、ルシアの本気度も伝わってきた。

 だけど、オレだって冗談でろくでもない真実を開示してるワケじゃない。

 正面からルシアを見つめて呪文を口にする。


「【夕闇赤き空の――」

「君ね! あんまり反抗的だと、さすがのわたしも怒るわよ!」


 出だしを聞いて何の呪文か理解したのだろう。さすが魔術素養の高いエルフ。オレの呪文を止めようと、両手が塞がったまま放ってきた蹴りを、オレはそのまま腹で受け止めた。


「ぐっ……――【幕を落とせ、月の瞼おろせ夜よ】」

「ちょっと……!」


 思い切り蹴飛ばされて、胃の奥から何かがせり上がってくる。

 だけどそれをぎりぎりで堪えて、続く呪文を唱えた。

 目を見開いたルシアが慌てて次の攻撃を用意してるけど、オレの方が早い。


「――【眠り(スリープ)】!」

「……うっ……もうこの、バカ……! こんなんでわたし、寝たりなんか……!」


 襲ってくる猛烈な眠気を、魔術耐性の高さで跳ね除けたのだろう。ふらついた身体を、それでもルシアはたたらを踏んで堪えている。

 だけど、その一瞬で、オレは掴まれた手を解いてた。

 ルシアが再び手を伸ばした時には、オレは既にアルの方へ向けて駆け出していた。


「――レイヤくんっ!」


 呼ばれる声を背後に、真っ直ぐにアルの方へ向かう。

 ちょうど鱗を避けてこちらへ視線を向けたアルが、ぎょっとした顔をした。


「おま……何で来た! さっきもやられるだけだっただろうが!」


 何でって? 決まってる。

 海魔の狙いがオレなら、オレが死ねばそいつは満足する。

 アルを囮にして逃げるくらいなら、もう。

 何もかも偽って、守られるくらいなら、いっそ。


 アルの視線に促され、こちらを向いた蛇女の黒い目に歓びと殺意が満ちる。

 恐怖は、さほどでもなかった。

 我知らず、頬が緩む。余裕じゃない。覚悟のような、でもそれとは違うもっと投げやりな何かだ。

 アルセイスが泣きそうに顔を歪める――その向こうから飛んでくる鱗が視界に入る。

 避けるつもりもなく、鱗に向かって駆け込もうと足を踏み出した瞬間――声が、聞こえた。


『もう、おにいったら! 何、諦めてんの! ちょっと目を離すとすぐそうやって!』

莉亜りあ――っ!?」


 呟いたタイミングで、横腹に鱗がぶつかって通り過ぎていった。身体ごと後ろに持って行かれそうな衝撃を、何とか踏みこらえる。足に力を入れたことで、鱗のぶつかった場所から、どろりと熱い何かが流れ出した。

 落ちていくソレ(・・)が自分の中身(ないぞう)だと理解した途端、カーテンが降りていくように視界が暗くなっていった……。

来週から投稿を週1にします。金曜21時のみ。火曜更新は今日以降しばらくお休みです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ