18 勇者じゃないなら
「……今、何と言った?」
問い詰める風じゃなくて、ただ聞き返したって声だった。
まるで本当にオレの言ったことが聞こえてないみたいだ。
表情の抜け落ちたようなアルセイスに向けて、もう一度同じことを言えるワケがなかった。
「…………」
「ね、待ってよ。アル、レイヤくん」
アルよりも先にルシアの方が立ち直った。オレとアルを交互に睨み付ける。
「勇者じゃないってどういうこと? アルは確かにレイヤくんが勇者だって……それに、もし勇者じゃないとしたら、君のその淫欲解放の能力はどういう……?」
「ちょっと待て」
アルセイスが額に手を当てながら呟いた。
「お前、そう……確かに、自分では自分のこと勇者だとは言わなかったな」
「…………」
「……そうか、俺の早とちりか」
「えっ!? ちょっとアルセイス! 問題はそこじゃないでしょ、言った言わないじゃなくて、レイヤくんはわたしと話したときにも否定しなかったよ! 誠実さを言うならちゃんと否定すべきでしょ。それを今になって……」
「否定しなかっただけだろ、肯定もしてないはずだ。少なくとも、俺にはそうだった」
「だからって……!」
慌てるルシアを放って、アルは再びオレに背を向けた。
気を失った時に取り落としてしまった聖槍リガルレイアは、海魔レヴィの足元にある。そこへ駆け込むべく突撃の姿勢を取っているようだ。驚いて、後ろから肩を掴んだ。
「待てよ、オレは勇者なんかじゃないって言ってるだろ! だから、これ以上あんたが身を呈してオレを守る必要なんか――」
こちらを振り向きもせず、アルはオレの手を払う。
「お前が勇者じゃないなら、この襲撃はアルフヘイムの問題だ。人族のお前がでしゃばる余地はない」
オレが反論する前に、ルシアの方が派手に反応した。
「そんなワケないでしょ、アル! あの蛇のひとは勇者を狙って来てるのよ! それが分かってるんだから、レイヤ、くんを……」
言葉が途中で途切れる。誰が止めたワケでもないけれど、最後まで言い切る気にならなかったんだろう。
『レイヤくんを差し出せば、おとなしく帰ってくれるかもしれない』なんて。
「……ねえ、アル。君はアルフヘイムとレイヤくんとどっちを優先するのよ」
「どっちが? アルフヘイムに決まってるだろう、そんなもの」
振り返ったアルの目は、オレを見なかった。
ただ、ルシアだけを見て口を開く。
「そうじゃなければ……いや、俺の個人的な感情なんてどうでも良い。俺は王の息子だから」
「それなら何で――」
「何でって……そいつの能力、お前だって見ただろう。勇者じゃないと言うなら――それの差し出すアイテムってものは一体何なんだ?」
確かに、オレはぱんつを作ることができ、そしてそのぱんつによって人の魔力を向上させることができるらしい。
今まで考えたことなかったけど……その力は、じゃあどこから来てるんだ。
勇者じゃないのに淫欲を解放できるっていうのは、どういうことなんだ……。
「どうやら、本人も分かってないらしいが」
オレの表情を横目で見て、アルは呆れたように呟いた。
「そもそも、俺がコレの言うことを信じたのは、こいつがいともかんたんに淫欲を解放して見せたからだ。ソレが作るぱんつが魔王との戦いで切り札になるだろうことは、容易に想像できるだろう。力のあるアイテムは誰かがコントロールせねばならない。何しろどういうものか、なぜコレに作れるのか何も分かってないんだ。無制限に解放すれば、奪い合いで戦火が広がるだけだぞ」
薄々考えていた恐怖のようなものを正面から指摘されて、一歩後退る。
勇者の力だと、正義の力だと思っていたから表面化していなかっただけだ。だけど……本当にこんなもの解放して良いのかと、オレも躊躇していたのは事実だ。
「今、コレの力を失う訳にはいかない。そして鎖も付けずに世界に放り出す訳にもいかない。調査してコントロールして、そして必要とあらば更なるぱんつ開発を指示する、そういうヤツが必要だ。お前以外には頼めない」
「アル……! いやよ、それなら君が――」
「――頼むぞ」
伸ばしたルシアの手をすり抜けて、アルセイスは走り出した。
聖槍リガルレイアに――その傍に立ちはだかる海魔レヴィに向けて。
「アルセイス!」
オレの声になんて、もう振り向きもしなかった。
駆け寄ってくる新たな獲物を見付けて、海魔が嗤う。
「何だ、愚かな小娘よ。そうも死に急がずとも、わらわがここに来たからには、小蟹の素など一掃するつもりじゃ。森ごと全て濁流に押し流してくれるぞ」
「お前にそんな力がある訳がない。それが出来るなら最初からやってるだろ。魔族だ三将軍だと意気がっても、お前なんかせいぜい蛇の親分みたいなものだ」
「小蟹めが……ほざくなよ! 今や、わらわの力は淫魔シトーにも優るのだ!」
挑発に乗って放たれた鱗は、アルセイスも予測していたのだろう。
タイミングを見計らうように右に避け、そのまま駆け抜ける。
だが、その足取りは普段の軽さには程遠い。やはり、最初に食らった攻撃が回復しきれていない。
アルの背中を追おうとした途端、後ろから腕を取られた。
「……行かせないから」
苦しげに眉を寄せたルシアが、オレの腕を掴んでいる。
「君が何者だって守るわ。君のためじゃない、アルのために」
「……ルシア……」
「気安く呼ばないで。肯定とか否定とか関係ない。君はわたしたちに嘘をついてたんだもの。少なくともわたしはそう考えてる。でも――」
ぐっと腕を引かれて、森の奥へ引き込まれそうになった。
よろけそうになったけれど、体勢を立て直してぎりぎり踏みとどまる。
「でも、それと君の能力は関係ないわ。信頼なんて欠片もないけど、能力だけは認めてあげる」
「…………」
もともとアルフヘイムに突然厄介事を起こした人族だ。最初から疑われてたのは知ってる。
だから、本当のことを言えばきっとこうなるって、オレには分かってた。
だけど、それが分かってても。
どうしても本当のこと言いたかったのは。
「……ダメだ」
「君の意見なんて聞いてないよ」
「ダメだ! アルを置いて行けるもんか!」
「……っ! 君の意見なんて聞いてないって言ってるでしょ!」
激高するルシアの手を振り払おうとして、逆にもう片方の手を握られる。力の強さで、ルシアの本気度も伝わってきた。
だけど、オレだって冗談でろくでもない真実を開示してるワケじゃない。
正面からルシアを見つめて呪文を口にする。
「【夕闇赤き空の――」
「君ね! あんまり反抗的だと、さすがのわたしも怒るわよ!」
出だしを聞いて何の呪文か理解したのだろう。さすが魔術素養の高いエルフ。オレの呪文を止めようと、両手が塞がったまま放ってきた蹴りを、オレはそのまま腹で受け止めた。
「ぐっ……――【幕を落とせ、月の瞼おろせ夜よ】」
「ちょっと……!」
思い切り蹴飛ばされて、胃の奥から何かがせり上がってくる。
だけどそれをぎりぎりで堪えて、続く呪文を唱えた。
目を見開いたルシアが慌てて次の攻撃を用意してるけど、オレの方が早い。
「――【眠り】!」
「……うっ……もうこの、バカ……! こんなんでわたし、寝たりなんか……!」
襲ってくる猛烈な眠気を、魔術耐性の高さで跳ね除けたのだろう。ふらついた身体を、それでもルシアはたたらを踏んで堪えている。
だけど、その一瞬で、オレは掴まれた手を解いてた。
ルシアが再び手を伸ばした時には、オレは既にアルの方へ向けて駆け出していた。
「――レイヤくんっ!」
呼ばれる声を背後に、真っ直ぐにアルの方へ向かう。
ちょうど鱗を避けてこちらへ視線を向けたアルが、ぎょっとした顔をした。
「おま……何で来た! さっきもやられるだけだっただろうが!」
何でって? 決まってる。
海魔の狙いがオレなら、オレが死ねばそいつは満足する。
アルを囮にして逃げるくらいなら、もう。
何もかも偽って、守られるくらいなら、いっそ。
アルの視線に促され、こちらを向いた蛇女の黒い目に歓びと殺意が満ちる。
恐怖は、さほどでもなかった。
我知らず、頬が緩む。余裕じゃない。覚悟のような、でもそれとは違うもっと投げやりな何かだ。
アルセイスが泣きそうに顔を歪める――その向こうから飛んでくる鱗が視界に入る。
避けるつもりもなく、鱗に向かって駆け込もうと足を踏み出した瞬間――声が、聞こえた。
『もう、お兄ったら! 何、諦めてんの! ちょっと目を離すとすぐそうやって!』
「莉亜――っ!?」
呟いたタイミングで、横腹に鱗がぶつかって通り過ぎていった。身体ごと後ろに持って行かれそうな衝撃を、何とか踏みこらえる。足に力を入れたことで、鱗のぶつかった場所から、どろりと熱い何かが流れ出した。
落ちていくソレが自分の中身だと理解した途端、カーテンが降りていくように視界が暗くなっていった……。
来週から投稿を週1にします。金曜21時のみ。火曜更新は今日以降しばらくお休みです。




