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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第二章 Change Your Ticket
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16 肉体的絶対絶命

 背中にもたれた身体を掴んで勢い良く揺さぶる。


「アルっ! おい、大丈夫か、アル!?」

「……生き、てる。耳元で……叫ぶな」


 迷惑そうな声が返ってきた。声に力が入っていない様子で気にはかかるが、返事はできるらしい。


「すぐ治癒魔術を――」

「バカ。来る、ぞ……!」


 はっとして顔を上げた瞬間に、壁の上から身を乗り出した海魔レヴィの姿が見えた。気味の悪い笑みを浮かべ、見下ろしてくる。その胸元から真っ直ぐに放たれた鱗を、アルセイスの身体を押し倒すようにして避けた。


「逃がすものかよ」


 きひひひひ、と引きつった笑い声が響く。ルシアがこちらに駆け寄ろうとしたけれど、足元に突き刺さる鱗を避けるためには、後ろに跳ぶしかなかった。きっと蛇女を睨み付けたルシアは、その位置で呪文を唱える。


「【我、虚無を抉る透徹の剣 拓かれし朝を射抜け ――氷矢の一撃(アイシクル・ショット)】!」


 輝く氷の刃がルシアの頭上に生まれ、指先の動きに合わせて海魔レヴィの身体に向かった。だけど――


「――だめだ、ルシア! 【氷矢の一撃(アイシクル・ショット)】じゃ……!」

「えっ!?」


 蛇女に突き刺さるはずの刃は途中で方向を変え、ルシアの方へと戻ってくる。

 慌てて森の中へと駆け込むルシアの背中に、オレは言葉を足した。


「こいつは海魔レヴィ、海属性の魔術は基本的に効かない……どころか、横取りされるぞ!」

「ちょ、もっと早く言ってよ、勇者さま!」


 自分で放った攻撃を木の幹で避けたルシアが、木々の後ろから声をかけてくる。ランジェリの知識から言って、エルフであるルシアの魔術知識には不足はないだろうから、単純にアルフヘイムの森と海魔とは接触が少ないのがミスの理由だろう。ここは海から遠すぎる。人魚マーメイドと交流がないのも、多分同じ理由だ。


「ひひ、愚かな小蟹よ! このようなもの、わらわに届きもせぬわ!」


 哄笑をあげる海魔レヴィの身体から、再び剥がれた鱗がルシアの方へと向かっていく。【氷矢の一撃(アイシクル・ショット)】で傷を付けることはできなかったとしても、注意を引くことは出来たらしい。この隙にアルを安全な場所へ移動しなければ。

 地面でもがくアルセイスに肩を貸し、力を込めて引き上げる。さして鍛えてもいない男子高校生が1人を担いで立ち上がることが出来たのは、火事場の馬鹿力のおかげか、それともぱんつ作りまくったことでレベルアップしたことによるものか。


「痛……」


 アルが顔をしかめているけれど、それどころじゃない。無言で引きずるように駆ける途中、木々の後ろからルシアが叫んだ。


「レイヤくん、危ない!」


 背後を振り向かないまま、その声だけを頼りにアルの身体を引き寄せて横へ跳ぶ。腕を掠めて鱗が飛んでいく。バランスを崩して地面に倒れたオレの上に、抱えていたアルセイスが降ってきた。


「ぐへぇっ」


 悲鳴をあげたのはオレだけだった。下から見上げてみたけれど、アルの青い眼は閉じられていて、衝撃にもぴくりともしない。失血のせいか、倒れたときの打ちどころが悪かったか。


「お、おい、アルセイス!」


 返事がないことに慌てながら引き起こそうとしたが――その時には、既に海魔の姿は目の前に迫っていた。


「これで終わりじゃ」


 三日月形に歪められた瞳が、オレ達を見ている。

 【地殻盾グランドシールド】を唱える暇は、もうない。

 背筋を走る寒気を無視して、アルセイスの身体を守るように腹側に抱えた。蛇女から目を背けるのは至難の業だったけれど……せめて、オレを盾にしてアルだけでも助かってくれないかと。

 意識は失っていてもまだ温かい身体を抱きしめて眼を閉じたところで――背後を風が舞った。


「……全く。ずいぶんと勝手をしてくれますねぇ、レヴィ」


 とん、と地面に突いた足音が直接伝わってきた。今だけは、軽い口調が涙出るほどありがたい。

 おそるおそる振り返ると、見慣れたスーツの後ろ姿。


「――斎藤さんっ!」

「おやおや、勇者さまともあろう方がひどい有様で。せめて鼻水は拭ってくださいね」

「鼻水なんか流してないよ!」


 言い返したけれど、鼻先で笑った斎藤さんは、すぐに海魔レヴィの方へと向き直る。


「さあ、レヴィ。私の指示を聞かず、勝手にここへ来た理由を教えてもらいましょうか」


 斎藤さんの肩越しに、蛇女が面白そうに笑っているのが見えた。


「指示だと? 魔王亡き今、この世界を統べる三将軍に、かつての腰巾着が偉そうに何を言うか」

「魔王さまは封印されているだけですよ。この世界はまだ魔王さまのものです。たとえ、異界の身がこの地に直接の影響は及ぼせなかったとしても」

「いつまでも千年前と同じと思うなよ。この千年、貴様が呑気に異界で遊びほうけていた間、我らは己の力を取り戻そうとしておったのだ……それが、その勇者の再来とやらのお陰で一気に解放された!」


 海魔の長いツメが、オレを指す。


「勇者が、自らの封印を1つ解いただけでこれだけ力が戻るのだ。その存在を磨り潰して魂ごと消せば、施された封印の全ては消え、我らの力は元通り――いや、これまでここで力を蓄え続けてきた我ら三将軍は、千年前を遥かに超える力を持つことになるであろう」

「バカなことを。説明したでしょう、放っておいても勇者は全ての封印を自分で解くことになる、と。もしも勇者の魂の破片でも残して、また異界に逃げられたならどうするつもりですか」

「そのようなヘマはせぬよ。そこをどけ、シトー。今ならわらわに楯突いたこと、なかったことにしてやっても良い」


 さっき斎藤さんの到来をありがたく感じた気持ちは、謹んで訂正することにする。

 結局どっちも勇者の封印が解ければそれで良くて、ただその方法で対立してるだけみたいだ。

 淫欲ぱんつが封印だと思ってたんだけど、それだけじゃないんだろうか。


 斎藤さんは軽く首を傾げるように揺らすと、足を引いて突撃の姿勢を取る。


「そちらこそ。今なら、魔王さまに反旗を翻したなどと、余計な噂は立てずにおいて差し上げますが」

「どうあっても邪魔をする気だな」

「私の千年の計画を潰すような真似をされればね、多少はお仕置きをせねば分かって貰えないようですか」

「だから、貴様は――いつまでわらわの上におるつもりじゃ!」


 膨れ上がる海魔レヴィの怒気とともに、剥がれた鱗が斎藤さんの首元を狙って飛んでくる。


「斎藤さん!」

「――愚かなことを。セット、全詠唱破棄カット――【極限防壁アルティメット・シールド】!」


 斎藤さんの手が横に払われると同時に、その手の先で鱗が止まった。

 かと思うと、ひょいと振り向いて親指で横を指す。


「あの……あなた方後ろにいると非常にやりにくいんで、今の内にどっか行っていただけません?」

「喜んで!」


 アルの身体をお姫さま抱っこに抱え直して、オレは斎藤さんから離れ森へと向かった。

 背後で、海魔がしゅうしゅうと怒りの音を立てるのが聞こえる。


「逃がすものか!」

「あなたの相手はこちらですよ。セット、全詠唱破棄カット――【華焔の旋風(フレイム・ブレス)】!」


 どっちも味方じゃないなら、いっそ魔族同士でやりあっててくれるのが一番ありがたい。

 斎藤さんが止めてくれてる間に、アルを――!

 森の向こうで一生懸命手招きしてるルシアの横に、大急ぎで滑りこんだ。

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