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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第二章 Change Your Ticket
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15 海の魔物

 森の中を駆けながら、オレの手を引くルシアに声をかけた。


「どうだ!?」

「うん……良い。良いよ、これ!」


 満面の笑みで振り返るルシアに、オレも頷き返す。


「そりゃ良かった。動いてて変だとかは?」

「ないない。良い感じ!」

「魔力は?」

「過去最高! これすごい良いわぁ! 身体にすごくフィットするし、魔力十分だし!」

「それやっぱぱんつのおかげなの?」

「しかないでしょ!」


 絶好調で走るルシアの足が速すぎて、ほとんど引きずられてるオレ。

 かろうじてコケないようについていってたけれど、前方が開けているのを見てスピードを上げた。

 荒い息をつきながら、森を抜ける――月明りを直接受けて、前方で槍が煌いた。


「――アルセイス!」

「――【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】!」


 丁度必殺技の呪文が完成したところだったらしい。

 青い光に取り巻かれたアルの睨み付ける視線の先に、ソレ(・・)がいた。

 長い黒髪を持つ美しい女だ――少なくとも、頭は。

 肩までは人間の女と同じ滑らかな肌をしているのに、胸から下は巨大な蛇のような魚のような。オレの頭ほどもある大きな青い鱗の一枚一枚が、ぎらぎらと光っている。長い身体でとぐろを巻いて、迫りくる光の奔流を睨み付けていた。


「――セット、全詠唱破棄カット極限防壁アルティメット・シールド】!」


 赤い唇が捻じ曲がり、透明な壁が蛇身の女の前に現れる。

 防がれた光を見据えて、アルは聖槍リガルレイアを構え直した。


「……そのまじゅつ、以前にも見たことがある」

「おや、わらわの手の内が分かるとな。どこの魔族とうたかは知らぬが……エルフの小娘1人片付けられぬ愚かものと一緒にするでないぞ」

「ぬかせ」

「まあ、今宵のにえはエルフではない。邪魔じゃ、下がっておれ」


 女の瞳がちらちらと辺りをうかがい、そして、最終的にオレの上で止まる。


「そなたが、勇者(・・)とやらかね?」


 視線の冷たさにぞくりとした途端、真横から突き飛ばされた。受け身も取れずに倒れたオレの真上を、青く丸い円盤が飛び過ぎ、背後の森の木の一本を根元から断ち切った。

 オレを突き飛ばしたルシアが、勢いで逆方向に転がりながら受け身を取る。視線を追いかけて、オレと同じように幹に深く突き刺さった青い円盤――蛇女の鱗を見付け、目を丸くした。


「おや、避けたか。うまいこと」


 倒れていく樹木の枝がこすれる騒めきをBGMに、面白そうな蛇女の声が夜空に響く。

 木を切り倒したのは蛇女の巨大な鱗だ。腰辺りの鱗が2枚剥げているのが見えたが、眺めている内に鱗が伸び、元通り身体を覆っていった。


 地面に座り込んだままのオレは、彼女の容姿と攻撃パターンに覚えがあった。

 かつてプレイしていたラン・ジェ・リの中ボス――海魔レヴィ。地魔ベヒィマ、鳥魔ジーズと共に魔族三将軍と言われる1人。中盤の海マップで船の上の勇者を襲ってくるのだが、これが強くて。

 オレも最初は何回か倒されて、セーブまで戻された記憶がある。

 あの青い鱗カッターをがっこんがっこん投げてくるのだが、アレが当たると痛いのだ。HPが半分近く削れる。


 ……そして、多分こうして現実に対峙している今は、当たると痛いどころじゃないワケだが。

 背筋を冷や汗が流れ落ちる。当たれば、多分……死ぬ。


「さて、勇者よ。そなたが勇者なら分かるであろ? わらわの望みはただ1つじゃ」

「海魔レヴィ。あんた何で、オレが勇者だと……」

「知れたこと。シトーのヤツめがそう告げたからじゃ。エルフの森の人族は勇者の再来じゃと」


 ちょ、斎藤さん! あんた何やってんの!

 「私から言い聞かせておく」とか偉そうなコト言ってた癖に、オレの存在をバラしただけで終わってるじゃん!


 ……ん? ってことは、そもそも最初にゴブリンを引き連れて襲ってきたのも海魔レヴィの差し金か。そもそもオレ達に向かってきたのもクラーケンだし。


「……人族の王国ラインライアの差し金ではないのか?」


 じりじりとすり足で動きながら隙なく槍を構えるアルの声に、海魔レヴィは面白そうに片眉を上げた。


「……であれば、どうする?」

「最初のゴブリン達も、ラインライアの手によるものだろう」

「さあな。わらわの配下は海の魔物だけじゃ」

「クラーケンには覚えがあるが、ゴブリンは知らぬ、と?」

「知らんな。誰ぞがうまいこと拍子を合わせて差し向けたのやも知れぬが……それは、わらわには関わりのないこと。さて、そう言えば生白なまっちろい陸の生き物が何ぞ我が館の前にひれ伏しておったような気もするが……まあ、陸のことは陸のものが何とでもするが良い。エルフなどという小蟹の一族が十や二十、命を落としたところでどうと言うものでもない」

「この――!」

「アル! 待ちなさい!」


 沸点を振り切って駆け出したアルセイスの背中に、ルシアが悲鳴のような声を上げる。

 待ち構えていた海魔レヴィの鱗が煌めき、まっすぐにアルの首元めがけて飛んでいく。危ういところでその巨大な刃を聖槍の穂先で防いだが、威力を殺しきれずに足元がぐらつく。がりがりと金属の噛み合う耳障りな音を立て、鱗が聖槍の刃を弾いた。後ろに持って行かれそうになる槍の柄を握りしめて踏ん張る。

 そこに時間差で放たれた2撃目の刃が向かってくる。身を捻ってかわしたアルの背中で、服が弾けた。鱗がぎりぎりを掠めたようだ。バランスを崩したアルに向かって、レヴィが3撃目の鱗を立てる。


「アル! やだ……!」

「――アルセイス!」


 駆け寄ろうとするルシアの肩を押しのけ、オレはアルの方へと向かった。


「バカ! 来るな!」


 痛みに顔をしかめながら、オレの姿を見付けたアルが叫ぶ。

 リガルレイアを構え直そうともがくアルの前に立ち、両手を前方へ突き出した。


「【不落の城壁、虚空の砂礫 共に来たりて我が前に立て ――地殻盾グランドシールド】!」


 地属性中級の魔術は、術者のMPをゆうに50Pは消費する比較的コストの大きい魔術だ。それでも、息を呑む間もなく築かれた壁は、向かってきた鱗を硬質な音を立てて跳ね返した。


「……さすがは勇者、というところかの」


 壁の向こうの声は、むしろ面白そうにすら聞こえる。

 そちらには返事もせず、ただし視線は外さないまま、背後のアルに向かって声をかけた。


「おい、アル! 大丈夫か!?」

「……お前、何で……」


 返ってきた声はずいぶん小さい。

 嫌な予感で振り返るのと、オレの背中に重いものがもたれかかってきたのが同時だった。


「いやあ! アルっ!」


 ルシアの悲鳴が響く。

 ずり落ちそうになるアルの身体を慌てて抱えた途端、指先の滑る感触で血の気が引いた。

 触れた手のひらが、赤い。熱い血液が、濡れたところから冷えて、体温を奪っていった。

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