13 トライ・アンド・エラー
「はい、違う違う。縫い目がだんだん小さくなってる!」
「あー……」
「ほら、ほどいてほどいて!」
「あー……分かった」
もう布地を見つめ過ぎて、見えてるんだか見えてないんだか分かんない。
だけど、何百回も繰り返した糸ほどきだけはオレの指が勝手に覚えてる。何を考えるよりも早く糸を切り、反対側からするするほどいた。
教室であるルシアん家のテーブル周りは糸くずと布の切れ端まみれだ。本人曰く「1日が終わってから片付ければ良いのよ」ってことらしい。まあ、たしかにこうして裁縫を続けてると、細々掃除してる余裕はない。
「おっけー、じゃ、ここからやり直し!」
「あー」
「返事は『あー』じゃないでしょ」
「……はい」
「よろしい」
しぱしぱ目をしばたかせながら、再び針を持つ。
胸を張るルシアの指示通り、針を布にくぐらせた。
指ぬきを外した右手は、針の尻が当たる箇所が赤くなっている。
「今からでも、右にも指ぬきしても良いのよ?」
「あー……もうこれで良い。針の場所が布越しに分かって細かい作業しやすいから」
「でも、絶対指ぬきした方が良いわよ?」
「右の指ぬきは落としやすいから。左手だけで良いよ」
「でも……」
こんな風に会話しながらでも縫えるようになってきたのは、ここ数日の実験――という名の地獄の特訓のおかげだろう。ありがたいやら肩が凝るやら。
既にアルセイスから全てを聞いているルシアは、ここ3日ほぼつきっきりでオレのぱんつ製作に付き合ってくれている。オレがたどたどしく縫っているのを横で見ていると、時々その手がぴくりと動いているのは、奪い取って自分で縫いたくなるからだろう。だけど、オレが縫わなきゃ意味がないってことが分かってるので、そこは何とか自重してくれている。
ルシア的にどうしても譲れないのは、右手の指ぬきらしい。ルシアから教わった、突き刺した針の尻を押す指ぬきの使い方。試行錯誤の上、オレは右手では指ぬきを使うのをやめた。ぱんつに向いた布地は大概薄手で、針を押すのに力が要らなかった、というのが理由の1つ。もう1つは、スピードよりも縫い目を整えることに注力しなきゃいけないときに、右手の指ぬきはどちらかと言うと邪魔になることが多かったから。
ルシアが普段縫ってる洋服のように、そこそこ厚手でざくざく縫っていかなきゃいけない場合には、こっちの指ぬきも重要なんだろう。その扱いになれてるルシアにとっては、薄手だろうが縫い目を綺麗にするときだろうが、指ぬきがあった方が縫いやすいに違いない。
教わりつつも先生に反抗するのは、自分でも生意気に感じるが、時間のない中でぱんつの出来上がりを待っているアルのことを考えると、自分自身で最善と思うことをやらざるを得ない。
少なくとも……ルシアのせいで実験が失敗した、とは言いたくない。
どうなったとしてもオレのせいだと言えるように、思ったことはきちんとやり方に反映しなければ。
「……どうだ?」
「うぉ!?」
耳元で突然アルの声が聞こえてびっくりした。いつの間にか、後ろに忍び寄ってきていたらしい。
扉を開けて入ってきたはずだが、気配どころか音も聞こえなかったのは、オレが集中していたせいか。
「完成品は?」
「そっちの山よ。朝から3枚、これが4枚目」
「試してみよう。寝室を借りるぞ」
出来上がったぱんつを抱えてアルが出ていったところで、ふう、とルシアが息を吐いた。
「……さ。ファッションショーが始まるようだし、ちょっと休憩しよっか」
「あー……ちょっと待って。もうちょっとで、端まで縫い終わるから」
「あんま根詰めても良いことないわよ?」
「いや、キリの良いとこまでだから」
別に、根を詰めるとか、無茶をするとかそういうことじゃない。
ただ……自分に出来ることを精一杯やってるだけだ。それだけ。
だって、それだけしか出来ないから。
「……変なデザインだな」
ぶつぶつ言いながら部屋に入ってくるアルの声が、今度は聞こえた。
作業中だった手を下ろして顔を上げると、チュニックの下からすらりとした脚が2本のぞいている。脚の付け根、作ったばかりのぱんつがうまい具合に腰にハマっていた。
アルが書き出した14個目のチェック項目、「露出範囲が広い方が能力が上がる」を確認するために作ったのが、今アルの穿いているぱんつだ。
元々のショートパンツ風ぱんつよりも露出を上げるために、丈を短くしたもの。なので、オレの思う「ぱんつ」により近づいた形状とも言える。
が、アルにとっては見慣れないカタチなのだろう。元々のアンダーウェアは太ももの半ばまであるような丈だし。
真っ白なぱんつがうまく尻を覆っているのを見て、ほっと一息ついた。腹側にはピンク色の小さなリボン。どうやら、サイズもほぼ間違いないようだ。
1〜13までのチェック項目については、2項目を除いて有意な差はなかった……というのが、アルからの申告。
つまり、オレの触ってる範囲が広がろうが、回数が増えようが、穿き心地が良かろうが悪かろうが、人が傍にいようが、とにかくそんなことはほとんど関係なかったワケだ。
それが明確になったからこそ、こうしてルシア教師監修によるぱんつが作れている。
ちなみに、実験の結果、差があった項目は2つだった。
1つは縫い目の荒さ。もう1つは形状。
縫い目の荒さは、荒いよりも細かい方が多少マシ、という調査結果が出た。調査対象は1人しかいないが。
合わせて、形状の差異から発展して検討されている項目が、今のこの14項の「露出範囲」なのだ。
さて、これは実験なので、実験結果を確かめねばならない。
ルシアなんか、既にオレの横を離れてアルの尻を後ろからダイレクトに眺めている。チュニックの裾を引き上げて立っているアルは、不思議そうな顔でその様子を見下ろしていた。
「アル的にはどう?」
「穿き心地は悪くない」
「魔力は?」
「今までのトップクラスに良い」
「そう……ちょっとお尻突き出してみてくれる?」
頼まれた通り、上半身を屈めて尻を突き出すポーズを取るアルセイス。
「レイヤくん、ちょっとこっち来て」
「はいよ」
最初の内は「恥ずかしくないのか?」「怒られるんじゃないか?」とハラハラしてたオレも、通算27回もこんなことを繰り返していれば、さすがに慣れてきた。
「こうして身体を曲げると、ちょっとこの太ももの付け根が食い込んでる感じするわね」
「アルはどうだよ? 痛いか?」
「これくらいなら、痛いというほどではないが」
「前屈してみたらどうなの?」
「……ちょっと痛いな」
「もうちょい改良が必要だな」
「そうね」
と、目の前の尻を見ながらルシアと会話するのも段々平気になってきた。
なってきた……はず。平気、だ。多分。
「レイヤくん、鼻血」
横からすかさず差し出された布切れで、鼻先を押さえた。平気なはずなんだけどなぁ……。
「で、アル的には魔力は良い感じってことね」
「うん。露出範囲は広いほうが良い、という仮説はなかなか的を射てるかもしれない」
「もっかい試すには、もっと露出範囲を広げたものを作ってみれば良いのかしら」
「いやいやいや、ちょ、何言ってんだ! 露出度を下げる方向でも良いだろう!? 例えばステテコ……えっと、下穿そのままのようなぱんつでも」
慌てて止めたが、2人から「お前が何言ってんだ」という顔で見返される。
「仮説では、露出度を上げると魔力が高まるんだぞ? じゃあ、上げる方向に試す方が、仮説が合ってた時に使えて便利じゃないか」
そう言われればそうだけども。
これ以上露出度上げるって……例えば、それこそ普通のぱんつみたいな?
ついに普通のぱんつ、オレの思う最もオーソドックスなぱんつを、まともに作らねばならぬ日が来た……のだろうか。




