12 ごまかしの数
幸せにするって……え? アルを? オレが? 何で?
ルシアに問われて初めてそんな概念に触れた。
オレにとってその問は意外と言うか……とにかく、今までそんなこと考えたことがなかった。
確かにある種の責任はあると思う。女の子にしちゃったのは申し訳ない。
だけど、幸せにするって……それって。
「えっと……伴侶として、ってこと……ですよね」
「そうよ。アルは生まれてからずっと君を待ってたんだから、当然でしょ」
「ぐっ……」
オレの世界の常識としては、そういう「生まれた時から決まってる」的婚姻はどうかと思う。かつ、オレはまだ高校生で、そもそもアルはそういう状態を本当に望んでいるのか、という疑念も残っている。だって、アルセイスだって男なのに!
だけど、そういうオレの常識や理念から出る反論のことごとくは、口に出せずに胸の中で消えた。
だって――そもそもオレは、アルの伴侶じゃないんだ。待たれてたのはオレじゃない。
沈黙するオレに、ルシアの視線は冷たい。
「ふーん、つまり、君はアルの未来なんかどうなっても良いんだ」
「……そういうワケじゃ、ない、けど」
「君に合わせてわざわざ女の子になったのに、そんなのはアルの勝手だって思ってるんだ」
「オレに合わせて? いや……それは違くて……」
「自分とは無関係だって言ってる?」
「や、そういうワケじゃなくて、それはちゃんと……オレのせいだと思ってる。だから……元に戻れるようにしてあげたいと……」
「え? そっち?」
だって、ほんとにオレのせいだ、そのことに関しては。
頷いてみせると、ルシアは小さく頭を振った。
「何でそっちなのよぅ……」
「アルだって戻りたいんじゃないのか?」
本物の勇者は千年前と違って今は女の子だ。莉亜の伴侶になるなら、男に戻った方が良いに決まってる。
ルシアがイライラとテーブルを叩いた。
「あのね! 何でそうなるのよ!」
「何でって」
「戻りたかったら、アルが裁縫を習いたいとか言うワケないでしょ!」
「あー……」
なるほど。それを基準にして、オレは呼び出されたワケだ。
えっと……これ、ルシアにはどこまで言っちゃっても良いんだろう? オレが勇者だっていう(ニセの)情報はバレてるワケだから……えっと……。
全方位に向けて嘘と誤魔化しを続けた結果、自分でももう誰に何を言ったのかぱっと分からなくなってきている。天井を見上げながら、ルシアにどこまで誤魔化してるのか考えていると、突然、背後の扉が軋んだ音を立てて開いた。
「おっ前……! 出かけるなら声をかけてからにしろよ、探しただろうが!」
「アル!?」
振り返ると、呆れた顔のアルセイスが戸口に立っていた。
ルシアに名を呼ばれ、顔を顰めている。
「お前もだぞ、ルシア。こんな真夜中にレイヤを呼びつけて、一体何の話をしている」
「あ……えっとぉ……」
さすがに言葉に詰まったルシアに向けて、アルセイスはため息をついた。
「まあ、扉の向こうでもちらっと聞こえてたけどな」
「聞いてたの!?」
「ああ。……全く、俺のいないところで人の幸せを決めるなよ。俺がこいつと添い遂げたいと、いつ言った」
「や、それは言ってないけど……でも……」
「俺もお前にきちんと事情を説明しなかったからな、同罪か」
近付いてきたアルセイスは、そっとルシアの頭に手を置く。
「心配かけて悪かった」
「何よ、バカ。アルらしくない……」
「お前、昨日からそればっか言ってるけど、お前の中の俺らしいって何なんだよ」
「しれっとした顔して、えらっそーに『臣下が王子の心配するのは当たり前だろ』って言ってなさいよ」
「……すっごいヤなヤツじゃないか」
「すっごいヤなヤツなのよ、君は」
微妙な表情で離された手をちらりと見てから、ルシアの視線が再びオレを捉えた。
オレは黙って肩を竦めて見せた。
「だって、昨日からあんまりおとなしいから、何だかアルが変わっちゃったみたいで」
「そんなことはないが……その、色々説明出来なくて悪かった」
「うん、分かってるよ……。いくら幼馴染でも、君は王子様だもんね。言えないことがたくさんあったんでしょ。でもさ、もしかしたら、予言の相手と出会えたから、女の子らしくしたくなったのかなって」
「それはないな」
きっぱりと言い切られて、ルシアが軽く目を見開く。
「でもさ、ほら……2人で旅するんでしょ? そんなだったら、あの……ふとした拍子に子どもとか出来ちゃうかも……?」
「や、それはさすがにない……いや、ちょっと、困る……」
2人の間に漂う微妙な空気は何なんだ。
どっちも変に照れながらそんなこと言ってるけど、オレには、あんた達の照れるポイントが全く分からない。そもそも片方は下着にガウン羽織っただけだっていうのに、そこには言及しないのか?
よくそんな至近距離で向かい合ってられる。(身体が)女同士だから良いのだろうか?
そもそも……密室でちゅーって、その程度なら、今までだって。
「あの、ちょっとさ。割り込むようで悪い、聞きたいんだけど」
「何よ、レイヤくん」
「その……子どもが出来るってヤツだけど」
「ああ」
「オレとあんたもアルが来るまで密室だったし、アルとオレは良く2人で話してるし、でも別にそういうので子ども出来たりとかそういう感じで警戒されたりしなかったし。結局、具体的には一体どうやって……」
「きゃー!」
「え?」
「いやー! レイヤくんのエッチ! もう!」
「お前……そういう話題を誰かれ構わず放り投げるのはほとんど変態だぞ」
「ぅえっ!? な……ちょ、待って! ど、どゆこと!?」
何だこの反応。さっきまでアルとルシアが話してたのは何だったんだ。ほぼ同じ話題を振ったつもりなんだけど、何が違うのか。
あれか、オレとルシアの親密度が足りないのか……?
ただただ困惑するオレに、ルシアは容赦ない。
「ちょっと、アル! ほんとに2人で旅して大丈夫なの!? 『勇者』と添い遂げるつもりじゃないなら、こんなエッチな子と一緒にいたら、大変なことになるわよ!」
「いや、こいつの場合はちょっと常識が足りないだけで、別に変なことをされたりはしない、と思う。……多分」
ルシアは疑わしい表情でオレの方を見てるけど……ああ、もう! この状況で常識足りないって言われるの、何か腹立つな。オレの困惑は向こうの世界ではものすごく一般的なはずなのに。
実際に2人っきりになるのは問題なくて、話題を出したことでエッチ呼ばわりされるってどういうことだ? 謎だ……。
頭を抱えてしゃがみ込んだオレを見かねて、アルが首を振った。
「とにかく。俺の気持ちは決まってるから、ルシアは心配しなくて良い」
「……そうなの?」
「そう。勇者と共に行くにしても、魔王を封じたら戻ってくるし、魔王さえ倒せば全部何とかなる……多分」
「さっきから、『多分』多くない?」
「推測だから仕方ない。それよりもレイヤ、いつまでもそこで落ち込んでないで、こっち来い。さっきのぱんつの違いについて、色々考察してたんだ」
指先でちょいちょいと呼ばれて、ふらふらと立ち上がった。
目が合うと、アルがちょっとだけ微笑む。
「考えてまとめたことを話そうと思ったら、お前の部屋がもぬけの殻だったからな。とりあえず無事で良かった」
「え……あ、心配させてごめん」
「うん」
「……あの後、ずっと起きて1人で考えてたのか?」
「だって気になるだろう」
にしても、徹夜覚悟の所業だぞ。何か最初から薄々思ってたんだけど……この人、あれだ。熱血タイプなんじゃないだろうか。
見た目とは裏腹に、気合入るとがーっと燃焼するタイプ。
「何だよ、その顔」
「いや、別に
「だって、ぱんつが違うだけで戦力に差が出るんなら、より良いぱんつを穿けばそれだけで強くなれるかもしれないんじゃないか。早く確かめたいだろ」
そう言われてみれば、大事なことかもしれない。
アルが机の上にばさりと紙を広げた。
レスティの遺した書は羊皮紙だったけど、千年後の今は紙を使ってるってことなのだろう。そう言えば、裁縫教室のときも型紙使ってたし。
オレの横から、ルシアも覗き込んでくる。
2人の視線を受けて、アルが話し出した。
「良いか? ぱんつの性能に差が出る理由を、思いつく限り書き上げたのがコレだ」
「おお……」
見れば、箇条書きで条件が並べられてる。
・穿き心地が悪いほど性能が良い
・形状によって性能が違う
・縫い目が荒いほど性能が良い
・他人の傍で縫うと性能が落ちる
・勇者が布地に触れるほど性能が上がる
……etc.
「わー、びっしり……さすが、アルだわ。真夜中によくやるぅ」
「褒めてるんだよな?」
「褒めてるわよ」
「まあ良いけど……で、コレを今から勇者が確かめる」
「確かめ……え、ど、どうやって」
「それは、こっちに書いてある」
箇条書きから右にラインが引かれている。
→同じ形状で穿き心地が良いものと悪いものを縫う
→バラバラの形状で、縫い目や穿き心地に差がないものを縫う
→同じ形状で縫い目の荒いものと細かいものを縫う
→全く同じものを、1人で縫ったときと他人の横で縫ったときを比べる
→布地に触れる量を変えて試してみる
……etc.
つまり、それぞれの仮説を確認するために、他の条件を変えずに試作品を作るってことだろう。理論はわかった。いや、だけど。
「なあ、これって」
「仮説はいくらでも立てられるが、何が原因なのかは実験するしかないもんな」
「たしかにねぇ。前例ないから、やってみないと」
「いや、実験は良いけど、これって」
「原因は複数の組み合わせかもしれないし、全部試してみないとな」
「やっぱこれって、オレが全部縫うってことかよ!?」
泣きそうになりながら視線を向けると、アルは寝不足の目をこすりながら、満足げに微笑んでいる。
その笑顔は「俺がんばった!」と言外に叫んでるようで――この顔に向けて「出来ません」とは言えないのが、良くも悪くもオレなのだった。




