11 嘘じゃない
「……えっと、とりあえず落ち着きました?」
ほとんどムリヤリにガウンを被せて椅子に座らせ、テーブルの反対側に陣取った。間にテーブルを挟んだのは、距離が近づきすぎないように自分なりに考えた結果だ。
オレとしては最大限に気遣って、こわごわ尋ねた言葉なのに、返ってきたのは苦笑だった。
「やー、わたしは最初から落ち着いてるよ。落ち着いてないのは君の方」
「そりゃ、いきなり目の前で脱がれたら落ち着けませんよ!」
「何でそんな突然丁寧なの?」
「心理的な距離感です」
「……やっぱり君も、アンダーウェア着てないなんてキモチワルイと思う?」
「ちょ……ちがっ!?」
しょんぼりした様子で問われて、頭がりがり掻きむしりたくなった。
違う、そういうことじゃない。
違うんだけど、今のこの世界の人達に、何て言って説明すれば良いのか全く分からない。
つまり、淫欲が封印されてるってのは物理だけじゃなくて精神もそうなんだ。お互いに服を脱いでもいやらしい気持ちなんてならない。だから、下着姿でうろうろしてても恥ずかしくなんてない。
いわゆる普通の高校生男子らしく恥ずかしがったりやらしいこと考えてたりするのは、今のこの世界ではオレだけらしい。そう考えるとしたら、オレは世界にたった1人しかいない変態ってことで……全体としてヘコむしかない。
「あの……とにかくですね、その……アンダーウェアが消えた理由は、大体分かってるんですけど」
「ですけど?」
「分かってるんだけど! これで良いか?」
言い直すと、満足げににっこり微笑まれた。今までのドキドキ感も相まって何となく……その……可愛いなって。
「それで? 何でわたしのアンダーウェアが消えちゃったの? わたし、これからどうすれば良いの?」
「これは多分と言うか、まだ推論の状態なんだけど……」
言いながら、どこまで説明するかをざっくりと頭の中で切り分ける。ちょっとだけ罪悪感を覚えながら、自分に都合の悪いことは伏せておくことにした。
「実は、千年前の勇者が施した封印が解かれたんだ」
「……なるほど」
「あんた、封印の内容知ってるのか?」
「伝承で聞いてるレベルではね。魔王のちからの源を封じたんでしょ。ちからの源ってどんなものかは知らないけれど」
それは合ってる。だけど、ルシアはそのちからの源ってヤツが淫欲だってことは知らないのだろうか。レスティの伝承だって言ってたから、直系の子孫であるアルだけが知ってるのかな。
そう言えば、莉亜も「下着のこと知ってるなんて」的な感じで驚いてたし、知らないのが当たり前、勇者とレスティの間では、そのことは隠すことになってた……ってことなんだろう。それをこっそりと子孫だけに伝えてるんだ、きっと。
「そうなんだけど、その……魔王のちからの源を解放すると――色々あって、アンダーウェアが消えるんだ」
「そうなの!? えっ……じゃあこれって魔王のせい」
「まあ、大まかに言えばそういうこと」
嘘じゃない。オレが淫欲を解放しちゃったのは、斎藤さん……魔王の部下淫魔シトーの企みによるものだし。
この世界でももともとは下着がある状態が普通だったんだ、それを勇者が封印してその封印が解けたからこうなったんだ、っていうのを黙ってるだけだ。
オレが勇者だと誤解されてる状況で、勇者に対するマイナス印象の話は少ない方が良い。そんな計算の結果、雑な説明だけすませて、オレは口を閉じた。
それにしても、オレが自ら奪い去ったアルのだけじゃなくて、ルシアのアンダーウェアまで消えちゃったってのはどういうことだろう。
いや……今や『淫欲』が解放されたってことは、もしかすると誰のアンダーウェアも脱げる状態なのかもしれない。生まれた時から着てるソレを脱ごうなんて、普通は思わないから誰も気付いてないだけで。
……ってことは、もしかするとルシアが自分で作って身に着けてるように、オレが作らなくてもお手製下着は広まっていく……?
「あ、あのルシア!」
「ふん? なあに?」
「その……あんたが着てるソレだけど」
「ガウン?」
「じゃなくてその下の……」
下着となかなか言えなくて、加えてびしっと指差すことすらできなくて、指先がくるくると宙を舞う。
それでも、何となく視線で伝わったらしい。オレンジの下着を胸元で引っ張りながら、ルシアが頷いた。
「ああ、代替アンダーウェアね」
「代替」
「仮アンダーウェアの方が良い? 急いで縫ったから、アンダーウェアの着心地には到底届かないけど」
アンダーウェアっていうのは、随分と機能性が高いらしい。オレから見れば、ルシアの着てるのは十分な下着――タンクトップとボクサーショーツみたいなもので、動きやすそうに見えるんだけど。
でも、そりゃそうか、生まれてから基本的に脱げないものだもんな。なくなったときの感覚は筆舌に尽くし難いものがあるんだろう。
「で? この仮アンダーウェアが何?」
「いや、その……ソレって、オレでも作れるかなって……」
「そりゃ作れるでしょうけど。でもあんまり良くないよ。何だか魔力がすり抜けてくような感じがするし」
「それ、アルも言ってたなぁ……」
「……やっぱり、アルのアンダーウェアもなくなっちゃってるんだ!」
「あ」
口が滑った。
慌てて口元を押さえたけれど、もう遅い。じっとりと睨まれて、ため息とともに認めた。
「……あの、森にゴブリンが攻めてきた時に、封印が解けたんだ。それで、アルは一番近くにいたから」
本当のこと言えば順序が違うけど、とりあえず誤魔化す。
「なるほどね。勇者の一番近くにいたから、最初に影響を受けたってことね」
「まあ……」
そうじゃないけど、そういうことにしとこう。
「じゃあ、アルも今、アンダーウェアなくて困ってるんだ。ねえ、これってもう戻らないの?」
「はっきりとは分かんないけど……魔王を倒せば戻るかも」
魔王を倒すというより、直接的には、淫欲を封印し直せば、ってことになるか。
まあ、そのやり方をオレは知らないんだけど。勇者なら知ってるかもしれない。
「ふーん。じゃあ、やっぱりアルと君に旅立ってもらうしかないのね。千年前と同じ、魔王を倒す旅に」
「う、うん……まあ……」
「でもさ、それってあれでしょ? 君が男だから、アルは女の子になったんでしょ? だってアルは勇者の伴侶だものね。復活した君に合わせたんだよね」
「いや、そういうワケでもないんだけど……それってあれなの? アルが勇者の伴侶だっていうのは、公然の事実なの?」
「や、そういうワケでもないけど……まあ、アルフヘイムのエルフなら皆知ってるかな?」
そういうのを公然の事実って言うのでは。
「アルが生まれた時に、アルフヘイム王が大喜びで公言してたからね。まあ、ムリもないけど」
「ああ、そういう……」
それで、魔王のちからの源――淫欲の話は広まってなくても、勇者とアルの予言については広まってるのか。
頷いたオレに、ルシアはため息をついた。
「だけどさ……わたし正直、勇者ってもっとこうシャキーンとしてて、ぴかぴか光ってるようなひとだと思ってたよ」
「……悪かったな。だらーんとしてくすんでる男で」
「や、けなしてるワケじゃないけど。もっとこう……立ってるだけで魔力とかびんびん感じるかと思ってたのよ。でも何か、そんな魔力があるワケでもなさそうだし」
それは、今一生懸命上げてるとこなんだって。
今日の裁縫教室でも多少上がったんじゃないかな、って期待してるんだけど、斎藤さんのガイド音声がない今は正直自分では良く分からない。
「あのさ、正直に答えてほしいんだけど」
「何だよ」
「君ってさ、ほんとにアルのこと幸せにするつもり、あるの?」
さっきまでと同じ調子で問われたけれど、目の色が違っていた。
自分のアンダーウェアの話をしてたときよりも、よっぽど真剣な視線で。
だから、オレもようやく気付いた。
ルシアは、これを聞くためにオレを呼びつけたんだって。




