8 罪の色
何とかかんとか三つ折りにした箇所にすべて千鳥がけを施した。
とは言っても、アルの分は8割方ルシアが縫ったようなもんだ。アルのあまりの不器用さに、手一杯だったルシアを横目にして、一応は1人で全部やりきった自分について、自分で褒めておく。
でも、これはまだまだ下処理も下処理。この後が大事なのだ。
完成した布地を、ルシアの指示に従って重ねる。
「こうやって、中表に重ねてね」
「中表?」
「布の表側を内側にすること。後からひっくり返せば、縫い代が表に出ないから綺麗になるでしょ」
そう言えば、最初にぱんつを作ったときも、最後はびらびらしたところ――今思えば、これを縫い代と呼ぶのだった――を内側に入れるためにひっくり返したんだった。最後にこうすることが分かってるなら、最初からひっくり返しておけば良いんだよな。そりゃそうだ。
納得して重ねると、次は端っこを指さされる。
「正面とお尻のところを縫い合わせましょ。結構力がかかっちゃう箇所だから、なみ縫いじゃなくて半返し縫いで。正面は紐を通す箇所を開けておくから、端っこまで縫わずにおいてね」
「半返し縫い……」
千鳥がけに加えて、また知らない縫い方が出てきた。ルシアの手がピンクの水玉の布――アルのぱんつだ――を取り、針を通す。右から針を潜らせて縫い始め5mmくらい左から針が出てきた――と思ったら、すぐに最初の縫い始めのところへと、再び針先を潜らせる。
「それじゃ縫い進まないだろう」
手元を覗き込んでいるアルが文句を言うが、ルシアは無言のまま、最初の箇所から1cm程左から針先を出した。
「……で、ここからまたちょっとだけ戻って、最初より先から針を出す。こうやって半分だけ戻すから半返し縫い。分かった?」
「なるほど。言いたいことは分かった」
妙に皮肉っぽい返事は、アルセイスだ。多分、本人的には皮肉でも何でもなく、本当に「言いたいことは分かった」なんだろう。出来るかどうかは分からない、という意味で。
ため息をついた後、ルシアはこちらへ視線を向けた。
「レイヤくんは大丈夫よね?」
「た、多分」
千鳥がけとは違って、基本はなみ縫いとほぼ同じだ。縫う距離で半分返ってくれば良いだけ。多分イケる。
恐る恐るやってみるが、だいぶ慣れた指ぬきのおかげで、指先に針を刺すこともなく縫えるようになった。横で、何故か手のひらに針を刺してるアルにとっては、指ぬきの存在はあまりプラスにはなってないようだが。
「えっと……【創生の光、この手に宿れ ――治療】」
「ありがと」
何度も【治療】のやり取りを繰り返しながらも、オレは順調に、アルはルシアの見守りの元で、正面とお尻に当たる箇所が縫い終わった。
「はい、次は両足を縫いましょう。まずは、この重ねた布の上の布だけ、股下を折り上げて」
上側の布だけ、下半分を折ってピンクの水玉の表側が見えるようになる。
オレが自分の布を同じように折ったことを確認すると、ルシアは、今度は布を縦半分に折りたたんだ。折角見えていた布の表がまた隠れたところで、ルシアの指が端のラインをなぞる。
「次はここからここまで縫い合わせて。これが足の出るところになるから」
「そ、そうなの?」
言われたとおりに折ってるだけのオレには、イマイチ実感がないけど……自信ありげなルシアの態度に従っておこう。
さっきと同じ半返し縫いで縫い付ける。
縫い終わったところで、ルシアがピンクの布地をひっくり返して表を見せてくれた。言われた通り、手元の布をひっくり返すと……見事に、水玉のショートパンツのカタチが出来上がっているではないか。
「……おお」
「ね? これで、後は裾と腰回りを処理するだけよ。さ、縫い代を割って、裾を三つ折りしましょ」
ルシアの微笑みが聖母のようにすら見える。
ぺらぺらの布地が立体的な洋服になる、魔術じみたこの一連の流れにオレは――何だか感動してしまった。
最初に自分で作ったときもそうだけど、この手が一から何かを作り出せるっていう事実が、オレにとっては何だかものすごく楽しいらしい。
出来上がりのカタチが見えてきたところで、オレの手はますます張り切って動くのだった。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「はい、完成」
「おお……すごい!」
「……疲れた」
裾を三つ折りして千鳥がけ。腰回りを同じく三つ折りして、こちらは半返し縫い。
最後に腰周りに紐を通すところが思ってたよりも難関だった。紐通しに使ってた棒を内側で行方不明にしたときの焦りと無力感と言ったらもう。行方不明事件を片手の指では足りないくらい繰り返したアルはぐったりしているが、その理論でいけば一番疲れたのはルシアだろう。
何せ、アルの縫う針がとんでもないところから顔を出すのを指摘して針を戻させながら、自分は自分で難易度高めのぴったりタイプのぱんつを縫い進めていたのだ。オレ達のことをあれだけ見てくれていたにも関わらず、完成したタイミングもほぼ同じ。自分のことだけで手一杯なオレからすると、その腕前は驚嘆に値する。
テーブルに突っ伏しているアルを横目に、完成したぱんつをぐるりと回して見た。
正面と尻、内股の縫い目は、細かいドットに目を騙されてそんなに目立たない。
見事なショートパンツ。穿き心地はトランクスに近そうだ。
今まで、「ずり落ちるんだよ」とアルに文句を言われていた腰回りも、紐を通したことで調節可能になった。
これなら、アルも気持ちよく1日を過ごせるに違いない。
心ゆくまで眺めてから、完成したぱんつをアルの方へと差し出した。
「ほら、どうだ。これ?」
「……水玉だな」
自分の作ったものとオレの作ったものをしげしげと見比べてから、ふと笑う。
「……お前の方が上手い」
確かに表返して見ると、縫い目は見えなくなってしまうはずなのに、縫い目がそろっているかどうかが思ったよりもはっきりと現れている。アルの作ったぱんつは縫い合わせた箇所がぼこぼこになっていた。
「2人とも、初めて作ったにしては良い感じなんじゃない?」
オレ達の正面からテーブル越しに眺めたルシアも褒めてくれる。
苦労して作ったものが認められた喜びで、疲れが取れたような気がした。
ルシアの賛辞も、アルの尊敬の眼差しも嬉しい。
「じゃ、これでお裁縫教室は終わりで良い? アルに頼まれてたヤツも完成したし」
手渡され、受け取ったのはルシアの作っていたぱんつ。
見比べれば、こちらはオレ達の作っていたものよりも身体のラインに添っているのが一目瞭然。オレ達と色違いの緑の水玉模様だけど、自分で言っていた「柄合わせ」というヤツをしっかりしているんだろう。一見しただけでは縫い目の位置が分からない。
内側から覗き込んで見ても、縫い代の処理の方法が違っている。オレとアルは三つ折り千鳥がけにした縫い代を左右に倒しているけれど、ルシアはまた違う方法をとっているらしい。布の端が見えないように折り込まれた上で、地になみ縫いで縫い付けられている。
「折り伏せ縫いって言ってね、縫い代を内側に縫い込んじゃうの。布を重ねて縫うから時間かかるし、アルにはまだちょっとね」
名指しされたアルは、さして嫌な顔もせずしげしげとオレの手元を覗き込んだ。
「確かにな」
そこはあっさり認めちゃうらしい。
変なひとだ。最初会ったときは怒りっぽいすぐキレるタイプなのかと思ってたけど、こうしてるとそうでもない。どっちかと言うと、オレのやった諸々のことを水に流して付き合ってくれるとか、優しいんじゃないだろうか。ああ、でも……これって勇者効果なんだろうか。アルはオレのこと、勇者だと勘違いしたままになってるから。
そう思うと、本当のことを言わなきゃいけないんじゃないかという気持ちと同時に……このまま言わないままでどうやったら最後までごまかせるかって考えちゃう思いも湧き上がってくる。だって、もしアルの優しさが「勇者さま」に対するものだとしたら――それを失ったとき、オレはどうなるんだ。
つらつらと考えてる間に、ルシアとオレと自分で縫った三色のぱんつをしっかりと胸に抱いたアルが、ルシアを見上げてお礼を言っている。
「その……色々、ありがとう」
「わー、王子さまから直々にお礼言われるなんて、すっごーい」
「……お前」
「冗談よ」
しれっと手を振るルシアに向け、ため息をついたアルが踵を返した。
「宮殿からも礼になるようなものを届けさせる」
「はいはい、ありがと」
「……じゃあな」
あっさりとした別れの言葉1つで、部屋を出て行く。慌ててその背中を追いかけようとしたけれど、後ろからシャツを引かれて足を止めた。振り向けば、恐ろしいほど真剣な目をしたルシアが、オレのシャツの背中を掴んでいる。
「君とさ、ちょっと話がしたいんだけど、レイヤくん」
「えっと……アルがもう先に行っちゃってるし」
「そうね。じゃあ、今夜、夜が更けたらもう一度ここへ来て。1人でね」
何の話をするのかなんて、想像もつかなかったけれど……オレに断るなんて選択肢があるワケなかった。
だって、何も知らないはずのその視線には確かに、オレを断罪する色が混じっていたから。




