7 ルシアちゃんのお裁縫教室3
型紙を留め、チョークのようなものを借りて布に印をつける。
ルシアが選んでくれた布は、アルはピンク、オレは青色の小さな水玉柄だった。
「ドット柄なら、柄合わせもそんなに気にしなくて良いからね」
「柄合わせ?」
「縫い合わせた時に、縫い目になる部分の柄が綺麗に合うように合わせること。ほら、縫い目で柄がずれてると、『ここが縫い目です!』ってはっきり分かっちゃうでしょ。ボーダーとかだと顕著なのよね」
「なるほど」
今回は、そこのとこはあんまり気にしなくて良い柄を選んでくれたらしい。
渡された布の上に、まずは1枚、指示された通り型紙をガイドにして線を引いた後、「縫い代」をとるために引いた線の数センチ外側にも線を引いていく。場所によって1cm外側だったり2cm外側だったり、5cm外側だったりするのは、縫うときの工程によるらしい。完成状態が描けてないオレとアルは、ただひたすらルシアに指示される通りに幅を取ってるだけだけど。
1枚の印付けが完成した後は、もう1枚の布にも同じ印をつけるように指示された。オレ達が1枚目の復習を兼ねて2枚目に黙々と取り組んでいる間、ルシアは同じように自分も布に型紙をあてる。だけど、そっちはオレ達が使った型紙よりも、枚数も多いし形も複雑なように見える。
オレの視線に気付いたルシアがこっちを見て微笑んだ。
「君らの作ってるのより、身体にフィットする感じに仕上げるつもりよ。上から下穿穿くんでしょ?」
難易度が高いものを作ってくれているらしかった。さすがです、ルシアさん。
「ま、君らじゃ多分これ縫うの無理だから。そっちの簡単なヤツで練習しなさい」
我慢も何も、つまりそれは簡単な方と難しい方を分けて型紙を作ってくれたってことで、有難いことこの上ない。
さすがのアルも軽く目を見開いてから、小さく呟いた。
「……ありがとう」
「やだ、アルにそんなに素直にされるとびっくりするじゃない」
「俺だって礼くらいは言う」
「やだ、もう……ほら、人の手元見てないで、手を動かしなさい」
照れながら叱りつけられて、作業に戻る。
ようやく印が完成したところで、ハサミを渡された。
「縫い代の取り方が分かったら、これくらいのサイズのものなら、縫い代分の印付けはいらなくなるかもね。実際、わたしは付けてないし」
ルシアの手元にある布は、たしかに縫うべきラインの外側には線が引かれてない。完成形が想像できるレベルになれば、縫い代の幅に差がある理由も分かるだろうし、そうなれば目分量でどのくらい必要なのかなんて想像つくようになるのかもしれない。まあ、今の状況ではそんなレベルに至ることなんて到底想像ができないんだけど。
沈黙するアルセイスとオレを見て、ルシアが苦笑する。
「……どこがどういう風になるのか、ちょっと見てみましょうか」
無言のまま頷くオレ達の動きがぴったり揃った。
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「まず、あなた達の型紙では、右側と左側を作ってるの。ほら、こっちが右足側で、こっちが左足側」
ルシアはアルセイスの切った布を取り、自分の腰に当てて見せてくれる。なるほど、前と後ろを縫い合わせればショートパンツっぽいカタチになりそうだ。
「だから、これから2人にやってもらうことは、まず内ももと正面、お尻に当たる部分の布端を処理すること」
「布端の処理?」
「このままだとここからほつれてきちゃうでしょ。端っこを縫って、糸が出てほどけたりしないようにするの。そうすれば、見栄え良く肌あたりも優しくなるわ」
アルセイスが軽く目を見開いた後に、何度も繰り返し頷いている。
思い返せば、オレが最初に作ったぱんつは布端の処理なんて思いつきもしなかったから……多分、ほつれてきてるんだろう。糸がちくちくする上に布が減ってって困ってるに違いない。
申し訳なさを感じつつ、続くルシアの説明を聞く。
「それから、前と後ろを縫って右と左を合わせる」
ルシアが、2枚の布を正面で合わせてみせた。
「内ももの間をとじた後、裾の布はしを三つ折りにして」
右足を上げて、内側を手で止めてみせる。ここまでくるとだいぶ完成が見えてきそう。
「最後に、腰に紐を通して終わりね」
腰回りを内側に折りたたんで、にこりと笑った。
なるほど、だから腰回りに当たる部分で、縫い代を5cmも取ったのか。
ようやく完成形が見えてきたところで、ルシアは布をアルセイスに返してから改めて型紙を眺める。
「基本的にほぼ直線で縫えば大丈夫よ。ギャザーを入れることもないし、全部直線だから、微妙に入れ込みながら縫うような箇所もないし。股下のところがちょっと縫いにくいかもだけど、まあそんなに難しくはならないと思うわ。我ながら初心者向きにできたと思う」
自画自賛だが、本当に初心者のオレとしては同意するしかない。頷いて見せると、ルシアは照れたように視線を逸らし、テーブルからピンクの水玉の布――アルの縫うべきぱんつの布を持ち上げた。
「……さっ、くだらないこと言ってないで、早く始めましょ! レイヤくんも布持って。ほら、アルは左足!」
「もう持ってる」
「じゃあ、行くわよ! こうして正面に当たる部分、お尻に当たる部分の布端を三つ折りしていくの」
折り込む部分を示したルシアの指先が裁縫箱へと向かい、中から取り出された小さなヘラがアルとオレそれぞれに渡された。
「まずは端を内側に向けて折りたたんで、上からヘラでしごく。はい、アルも」
「お前は?」
「いつも爪先でやってるのよね」
親指の爪で折った布をしごいているルシアを見ながら、オレ達も布を折ってヘラを動かす。布の裏側に向かって、端っこを5mmくらい織り込む感じだろうか。
「で、折りたたんだところをもう一度折りたたむ。上からもっかいヘラでしごく……と、三つ折りの完成ね」
「なるほどなぁ」
綺麗にヘラで型をつけてしまえば、元が薄目の綿素材だから、三つ折りしてもさして分厚くはならない。ヘラを勢い良く叩きつけすぎて、うまく折り目をしごけずにヘラ先がどっか他のとこへ向かってるアルを横目に見ながら、ルシアはオレに向けて三つ折りが終わった布端を見せた。
「後は、三つ折りの上から千鳥がけしていくわよ」
「千鳥がけって……?」
尋ねている間に、ルシアは裁縫箱から取った針にぱっと糸を通し、あっという間に玉結びを作ると、すいすいと針を刺していく。
三つ折りの手前側から出てきた針が、後ろ側の布へと通り、1mmほど左から出てきた後、また手前の袋――最初に針が出てきた箇所より1cmほど右側へと刺さる。こうして糸をクロスさせながら、左から右へと進んでいく。
オレの知ってる縫い方――は、なみ縫いしかないんだけど、なみ縫いだと右から左へ縫い進めていくので、左から右に縫うっていうのは何だか変な感じ。
「ね、こうすると三つ折りが綺麗に止まって、布の表からも糸はそんなに見えないから良いでしょ? 順番はもっと後だけど、裾の部分もこのやり方で縫うからちゃんと覚えておいてね」
確かに、ルシアの言う通りこれだと布の端が出てこなくて綺麗だ。
……針を通す順番さえ、ちゃんと覚えれば。
「ま、待って」
「なに?」
「もっかい! 内側がこういうクロスの縫い目になることは良く分かったけど、針がどう動くのかさっぱり分からん!」
「え? だからこうだって……で、最後はちょっとだけずれたところで玉ドメ」
すっすっすっと調子よく縫っていくルシアの手元を必死で凝視する。
手前から出て奥、奥から出て手前の右、ちょい左の手前から出て奥――繰り返される糸の交差で、頭が混乱してくる。何とかわかったのは最後の玉ドメだけだ。何度も玉結びを作った経験から、玉ドメっていうのはそれを布の上、飛び出た糸のぎりぎりでやるってだけなんだっていうのが分かった。
糸端を切ったルシアの手が止まったところで、オレも針に糸を通し、練習を重ねた玉結びを作った。さすがにもうあんまり落とさなくなった指ぬきを装着してから、布に針をくぐらせる。
布の手前から針を出し、奥へ刺して――あれ、この針先はどっから出せば良いんだっけ? 右? 左?
混乱するオレの横で、アルが舌打ちする音が聞こえる。
「どしたの、アル」
「……ヘラが指を挟んだ」
「やっ!? どんだけ力いっぱいヘラ引いたのよ……血豆、血豆になってる! 三つ折りするだけで怪我するひとなんて初めて見たよ。何で君、そんなド不器用なの?」
「ほっとけ」
膨れるアルの手を横から掴む。
「何だよ」
「これくらいなら……【創生の光、この手に宿れ ――治療】」
アルの中指に一瞬光が灯り、消えた後は血豆もきれいさっぱり消えていた。
「……ありがと」
「わっ、アルがお礼言ってる! えっ何? 今日のアル、すごい素直!」
「俺だってそれなりのことがあれば礼くらい言うんだよ!」
半ギレで再びヘラをつかむアルは、不器用だけど根気だけはあると言うか何と言うか。
三つ折りと格闘する姿を眺めてから、今の騒ぎの間に手元で絡まった糸に視線を戻した。
オレだって別に器用なワケじゃないのだ。どう見ても千鳥がけじゃない、完全にワケの分からない縫い目が出来上がってる。
もう戻しようがない糸をハサミで切ってから、ぱしん、と片手で自分の頬を張り気合を入れる。
正直、投げ捨てたくなる気持ちだってあるけど、アルが頑張ってるんだから、オレも頑張らなきゃいけないのだ。




