6 ルシアちゃんのお裁縫教室2
不自然にオレから視線を逸らすアルセイスとともに昼食を取り、午後から再びルシアの家へ移動する。
昨日約束していた通り、今日は布を縫うことになるのだろう。
指ぬきの使い方、針の持ち方、糸の通し方は夜の内にしっかり復習してきた。
けど……もしかしたら、そんなのはいらなくなるかもしれない。
「ルシア、1つ頼みがあるんだが」
「これからまさに君の頼みを実現しようとしてたところなんだけど」
端切れが並べられたテーブルには、愛らしい赤いハート柄の裁縫箱が置いてある。今すぐにでも裁縫教室は始められそう。
オレとアルは並んでテーブルにつき、背後に立つルシアを見上げた。
「いや、その前に……ちょっと別件で」
「お願いばっかりね」
「裁縫を教えてもらった分も含めて、礼はする。これはかなり重要な問題なんだ」
真剣なアルの瞳を見て、からかう空気だったルシアは軽く目を見開いてから口を閉じた。
知ってるオレからすればただのぱんつのことなワケだけど……まあ、でもやっぱ真剣にならざるを得ないよな。
「今、俺が穿いてる下穿を」
「わたしのだけどね」
「これ、もっと短く出来ないだろうか」
スルーして話を続けるアルの言葉に、一瞬考えてから、ルシアは困惑した様子で応える。
「……短くすると、生足出しっぱなしになるわよ」
「いや、この上からもう一枚普通の下穿も穿く」
「ごわごわするわよ? 何、寒いの?」
「そういうことじゃないが……試す必要性が出来たんだ。早急に」
腕を組んだまま上を見上げてるのは、多分考えてるんだろうと思う。しばし悩んだ後、ルシアは再びアルに視線を戻した。
「……できなくはないと思うけど」
「よし」
「そんなの作ったことないから、ちょっと時間かかるわよ」
「最速で頼む」
「うーん、じゃあ、君たちが練習してる間にちょっと作ってみるね」
「おお……! ありがとうございます」
立ち上がったオレの方を見て、ルシアが問う。
「何で君が喜ぶの? 穿くのはアルなのよね?」
「そうだが……別に誰が穿いても良いだろう」
「良くないわよ。君のなら大体わたしと同じサイズで良いけど、レイヤくんのを作るなら、一からサイズ測らなきゃダメでしょ。……あと、生足見たくて喜んでるってことじゃないわよね、レイヤくん?」
「ち、違います!」
「サイズを測る? そう言えば、仕立てを頼むときはそういう工程もあったな」
慌てるオレの横で、アルがふむふむと頷いている。
なるほど。オレもそんなこと考えたことなかったけど、確かにそういうのあるなぁ。道理でアルの穿いてるぱんつはぶかぶかなワケだ。もし次に作ることになったなら、これは覚えておかなければ。まあ……ルシアの作ってくれたぱんつがあれば、そんな知識は不要になるかも知れないけど。
テーブルの反対側で自分の作業を始めたルシアと向かい合い、並んで座ったオレとアルは置かれた針に糸を通した。
見やれば、ルシアは紙に文字や絵を書き込んでいる。作ろうとしている下穿の計算をしている……のか?
「ま、こっちはこっちでやってるから、君らも昨日の続き練習してて」
「もう針をすかすか動かすのはさすがに飽きた」
「じゃあ、縫ってみる?」
ルシアの指がオレの手から、糸を通し終わった針を受け取った。
「さて、縫うとなったら、もう1つ先に覚えとかなきゃいけないワケだけど」
アルが指先に持った針を振りながら答える。
「あとはこれを布に通すだけじゃないのか」
「通してもそのままじゃ抜けちゃうわよ」
「あ……玉結びだ」
「はい、レイヤくん正解」
糸の先を取ったルシアは、2本のうち1本を右手で摘まんで、左手に持った針先にくるくると巻きつけた。
すっと針を引っ張ると、見事に糸端に玉結びが完成している。
「糸端が多少余るくらいなら切っちゃえば良いわ。さ、やってみて」
言いながら、糸端だけじゃなく結び目ごとはさみで切り落とし、ルシアはオレの手に針と糸を戻した。
早速手を動かしたアルが、小首を傾げつつ背後を見やる。
「ルシア」
「何よ」
「こういう場合は、ここから先を切るのか?」
アルの示した針のお尻から5cmもいかないとこで、見事がっちり結びこまれた玉結び。
これじゃ、針通った後すぐ止まっちゃう……ん、だけど。
「まあ、君はそういうことやるんじゃないかって思ってたの」
「……ごめん、オレもやった」
オレも人のこと笑えない。
手元にぶらりと糸をぶら下げる。糸端から玉結びまでの長さより、針の尻からの長さの方が短いという――まあ、アルとさして変わらない体たらくだ。
「2人とも、糸だって無限にある訳じゃないんだからね」
「失敗したくてしてるんじゃない」
「ごめん」
「ああ、もう。分かったわ。まずは解きやすい紐で感覚掴みなさい」
テーブルに置かれた裁縫道具の中から、太めの針に直径3ミリくらいの紐が通されたものをそれぞれ手渡された。
「えっと……」
「結んで解いて、結んで解いて、繰り返してればそのうち上手くなるわ」
どうやら、今日もそう簡単に縫う工程には入れないらしい……。
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かれこれ1時間くらいの練習の末、ようやく玉結びが出来るようになったオレ達に、1枚の布が渡された。
「おおっ! ようやくこれを縫うのか……!」
興奮気味に針を手に取ろうとしたオレに、ルシアが片手を出して制止する。
「はい、ストップ。縫う前にちゃんと布のカタチを整えないとね」
「カタチ?」
「型紙って聞いたことない?」
「ないな」
「なくはないけど……」
答えたアルとオレそれぞれの手元に、正面から紙がぺらりと滑ってきた。
いびつな六角形のようだけど、左右対称じゃない不思議な形。
「はい、これ。今急いで作ってみたんだけど、ご希望の下穿の型紙、簡単バージョン」
「おお!」
「これを布の上に置いて、マチ針で留めて」
「マチ針……」
そう言われてみればそんなのもあったような。裁縫箱の中、小さな赤いクッションに、尻に丸い球のついた針がたくさん刺さっている。
何か本当、オレって小学校の家庭科の授業以来、なーんにもやってなかったんだな。
ため息つきながら、布の上に型紙を置いた。マチ針を一本取ると、向こうからルシアが言う。
「慣れたら、これぐらいの大きさならマチ針はいらないかもね。ズレないように留めるだけだから」
「そっか、分かった」
「あっ針は内側から外側に向けて刺して。アル、違う違う。端から打つのよ」
「端っこだと?」
「こっちの端っことこっちの端っこ、それから布を真っすぐにして真ん中に」
針を打つ順番まで決まってるらしい。
「こうするとズレにくいからね」
「なるほどなぁ」
こういうのが、知識の蓄積というヤツなのだろう。
それを知らないまま手を出そうとしてたオレは、やっぱり無謀だったのだ。




