2 ゼロから始めるおさいほう
「――で、オレもちょっとは考えたワケだけど」
「それはありがたい話だな。俺としては一刻も早く改善を望みたい」
王の元を辞した後、宮殿の廊下を歩きながら話しかけると、アルセイスはこちらを振り向かないまま即答した。
声からして、オレの言うことにあんまり期待してないのが丸分かりだ。
「……もっと喜んでくれるかと思ってた」
「元を正せばお前のせいだろ。それに、この世界にないものを作る術など、どうやって上達するつもりだ。不可能とは言わんが、今俺の穿いているモノの絶望的な状態を発展させるとしても、ゼロから始めてそうぽんぽんと改善するものではないということくらいは分かっている」
声にそこはかとない諦めと切なさが含まれている。
オレは頭を掻きながら、その背中に声をかけた。
「それなんだけどさ」
「どれだ」
「上達って話。確かにぱんつはこの世界にない存在なんだけど……あんたらも普通に裁縫はするだろ?」
「服か? 俺はしない」
「いや、あんたじゃなくても良いんだけど。エルフの皆さんでも、この際人間でも良いんだけど、裁縫っていうのはやってるんじゃないかってこと」
「……なるほど」
合点がいった様子で、アルが頷いた。
「つまり、その『ぱんつ』というシロモノを作るに、俺達の裁縫の知識から色々学べるんじゃないか、とそういうことか?」
「そうそう」
「とは言え、『勇者さま』の事情を、誰にでもおいそれと話す訳にもいかないな。箝口令もしいてあることだし」
「……あ、そっか」
事情を説明せずに裁縫だけ習うってのは中々に難しそうな。
オレが肩を落としたところで、眉を寄せて考え込んでいたアルセイスが、嫌そうな声で呟いた。
「あまり気は進まないが……ルシアに頼んでみるか」
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「え、裁縫? そりゃ良いけど……あたし、どっちかって言うと上手い方じゃないわよ」
「構わない。何も知らないのに比べりゃスライムでもマシだろ」
「何でアルってそういう言い方しかできないワケ? 頼むんならもうちょっと下手に出なさいよ」
「すまない、スライムに失礼だったか」
「あたしに! 失礼なのよ!」
ハラハラしながら見てたけど、ルシアはアルの背中を一発殴ると、すぐに普通の顔でオレの方に向き直った。どうやら2人の間では慣れたジョークらしい。
アルに連れてきてもらったルシアの家は、大きな木のふもとに寄り添うように立てられたログハウスだ。通されたのはリビング的な部屋のようだが、外観からすると他にも何部屋かあるらしい。旧版ランジェリの記憶通りなら、アルフヘイムでは一般的な家屋のはずだ。あの壺の中には薬草が入ってたりするはず。
案内されたままにアルとオレは大きなテーブルを囲んで座っている。辺りをきょろきょろ見ていたら、テーブルの反対側からじっとこちらを見据えていたルシアと目が合った。
「……で? アルに裁縫を教えるのは良いけど、何でこっちの子が一緒にいるの? この子がこないだの騒動の原因だったんじゃなかったの?」
エルフ然とした切れ長の形の良い瞳が、真っ直ぐオレを見据えてくる。顔色から何かを見抜かれないかとハラハラしているオレの横から、アルセイスがしれっとした顔で答えた。
「森で捕まえた時もおかしなこと言っていただろう? 記憶喪失なんだそうだ。俺の身体を元に戻すためには色々思い出して貰わなきゃいけないからな。しばらくは俺の監視の下アチコチ連れ回すことになる」
「ふーん……」
うん、(アルセイス的には)嘘は言ってない。隠してることが多いだけだ。
ルシアはイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「裁縫やりたいなんて言い出すから、ついにアルも女の子の身体のまま生きる覚悟をしたのかと思ったんだけどな」
「……最悪の場合はな」
ものすごく嫌そうな顔をしつつも、ひとまず頷いて見せたのは本気でそのつもりがあるワケじゃないからだろう。
そもそも、オレが勇者だという話を隠すために、アルが裁縫を習うというタテマエでルシアに教えを請うているだけで、本人はやる気があるワケではない。協力してくれる気はものすごくあるんだけども。
「裁縫は女性の仕事」という思い込みがあるらしい。女性蔑視とかそういうんじゃなくて、文化的なものか歴史的なモノか慣習的なものか何かそんなんだと思う。この世界の状況を見るに。
フリだけでもアルが教わることにしよう、というのもアルの提案なんだが、その前の段階で、1人ものすごく悩んだ結果の台詞でもあるのだった。
「……え? 本当にこのまま生きるつもり? まさかそこで頷くのは予想外なんだけど」
「いや、甘んじてこのままにするつもりはないんだが」
「でも、今……」
「よく聞けよ。最悪の場合だって言ってるだろ」
「うーん、女の子も悪くないわよ?」
「俺は嫌だ」
本人的はやっぱり元の性別に執着がある様子。だから本当は裁縫も覚えたくない、ってこと。男女分業と言うか……まあ、そういう文化なんだと思う。ルシアも戦場に出てたりしたから、分業の基準は、外からきたオレにはまだよくわからないけど。
「ま、もしものことだってあるってのは確かよね。もし戻らなかったら、君、お嫁に行かなきゃいけないんだもの。そうなったら君は自分で花嫁衣裳を縫うことになるワケだし」
「だから、お前な……」
黙り込んだアルを眺めつつ、オレはぼんやりと把握した。花嫁衣裳ってのも手縫いらしい。分かんないと思ってたけど、こうして色々会話聞いてるだけでも、それなりに文化って分かってくるものだなあ。
アルはしかめ面をしているが、そんな渋面の元王子をよそに、笑顔のルシアは再びこちらを向いた。
「じゃ、とりあえず始めるわね。君は――えっと」
「あ、レイヤです」
「レイヤくん、ね。よろしく」
ほっそりした手を差し出された。その手を取ると予想してたよりも――硬い。
「……君、ずいぶんやらかい手ぇしてるねぇ。剣とか握ったことなさそう……どころか、毎日のご飯も自分で作ったことないんじゃない?」
「作ったことない」ワケではないが、まあ大体は母さんが作ってくれてたのは間違いない。自分の力で自分の生活を支えているひとに対して、逆ギレ出来るような心の強さもない。ただただ恥じ入るばかりだ。
ルシアの言葉を聞いて、アルが興味深そうにオレの手を掴んだ。
「本当だな。手荒れもタコも汚れもしみもない。爪もキレイに切られているし……お前の住んでいたところはよほど平和で豊かな場所だったんだな」
しみじみとそんなことを言うアルの手は、手のひらの膨らんだ部分がタコになっている。竹刀――じゃない、剣ダコ、というヤツか。細い指先の桜色の爪はつやつやしているが、同級生の女の子の手に比べれば手のひらは荒れている。
ゲームだと思っていた頃は「リアル」の一言で済ませていたのかもしれないが……。堪えきれなくなってそっと手を引くと、ルシアがぽん、と手を打った。
「おーけー。ま、どうせ君はアルの監視下になきゃいけないみたいだし、そこに座って見ててよ。それとも、一緒に練習する?」
「えっと……他にすることないので、できれば」
「うん、まあそうね。その様子じゃ戦うことはもちろん、力仕事が出来る訳でもなさそうだし」
見てるだけでも勉強にはなるだろうけど、できれば一緒に練習させて貰えれば上達も早いだろう。その選択肢を貰えるなら迷わず頷く。たとえ「お前、何もできないだろ」って遠回しに言われてても……まあ……事実だし……。事実だからこそ凹むってのもあるんだけど……うん、今のオレが言えることじゃない。
「うん、じゃあ3人でやりましょうか。まずは、針の持ち方からみっちりやるからね」
「え? 持ち方……?」
針にそんなものあるの? オレは右利きだから、右手でつまんで左に針先を出せば良いだけだと思っていたけれど。
隣を見れば、アルもまたオレと同じように軽く目を見開いて、ルシアを凝視している。
「針を通すだけなら何だって良いんだけど……変な持ち方してると指先刺しちゃうし、何より時間かかるしねぇ」
そう言われて見れば、最初に作ったぱんつ。
1箇所につき5〜6回針をくぐらせただけだったはずなのに、3箇所縫うのに1時間以上かかった。指先を刺した回数も数知れず。大したことないのはチクっとして終わりだけど、その度に手が止まるしこわごわ針を伸ばすもんで、全く進まなかった。
「慣れもあるんだけど、どうせこれから慣れるなら、先々早く縫えるようになるやり方に慣れた方が良いと思うのよ」
確かにそうかも。
アルは相変わらず嫌そうに眉をひそめていたけれど、ルシアはさして気にした様子もなく、棚を開けて裁縫道具を取り出した。
「さ、じゃあ。ルシアちゃんのお裁縫教室、始めましょうかね」




