1 ごまかしと改善要求
「そなたが、勇者の再来たる者か」
膝に触れる絨毯は、ふかふかと心地よい。跪いて頭を垂れたまま、何と答えるか考えてみる。
まさか、はいそうです、とは言えないし。
こわごわ顔を上げると、木製の簡素な玉座に腰掛け、こちらを見下ろしている髭のおっさんと目が合った。
アルフヘイムの森の奥に位置するこの宮殿は、白い大理石で作られた美しい建築物だ。真夜中でも微かな月の光が窓から差し込んでくる。その中で――ランジェリをプレイしていた頃、ずっと憧れていた白亜の宮殿の中で、こうしてアルフヘイムの王と顔を合わせられることを、数日前のオレなら喜んだんだろう。
この世界が、現実の異世界だと知らなかったオレなら。
ついでに、お前が勇者かなんて勘違いされてないオレなら。
答えかねて、ちらりと脇を見る。
高校の音楽室くらいの広さがあるこの部屋の中、玉座の王と、向かい合ってかしこまるオレ。そして王の横で腕を組み佇んでいるのは、アルフヘイムの継承者だったアルセイス。
3人だけしかいないけれど、さりとて偉そうなおっさんの視線を一身に受けるオレの緊張が、緩むワケもないのだった。
斎藤さんと莉亜が去った後、複製してあった出来の悪いぱんつを穿いたアルセイスは、オレを王に紹介すると言い出した。
曰く、「これからお前には、俺の身体と解放した下着を戻す方法を考えてもらわなきゃならない。どうするにしても、まずは父に――王に相談してこの先の協力を取り付けよう。そうすれば俺も動きやすくなる」らしい。
――で、ゴブリンが退いた後、戦場から戻ってきたルシアからタイツを借りた。オレのじゃない、アルセイスのだ。
従って、アルはあの輝くように滑らかな生足を隠してしまっているのだが、まあ、その方がオレの精神衛生上は良いのかも知れない。男の足見てドキドキするとか、ちょっと自分の頭のまともさを疑いたくなる。
で、タイツ穿いた後すぐに、王へ謁見となったワケだが……アルと何の打ち合わせも出来ないままのぞんだために、早速答えに詰まっている。
せめてアルだけにでも、話しておくべきだったかも知れない。
……オレは、本当は勇者なんかじゃないんだって。
「えーっと……その、オレが勇者だ……と、はっきりと明言出来るワケでは……」
「王よ。どうやら彼は千年前の記憶の大部分を失っているようです。話を聞いていた限りでは、そこを利用されて、淫魔シトーに偽りを吹き込まれていた節があります」
「勇者としての記憶を失っているのか」
「はい。ですが、その力は本物に間違いありません。俺のこの身体の変化にしろ、下着をこの世界に解放したことにしろ……」
「なるほど。となれば、早めに記憶を取り戻してもらわねばなるまいな」
王のため息を、アルセイスは眉一つ動かさず聞いていた。
どんどん勝手に進んでいく話を聞いて、若干の恐怖を覚える。
いや、オレは決して詐欺を働いてるワケでも嘘をついているワケでもないんだけど……うん、自分でも分かってる。そんなのはただの欺瞞で、本当のことを言わないってことは、騙してるってことと同じだって。
それでも事実を伝えようと思い切れないのは――
「予言のことやら何やらで、正直お前に対しては非常に複雑な思いがある。だが……復活した魔族に対するには、勇者の力が必要なのも分かってる。だから――諸々の俺の非礼は詫びる。お前の力を貸して欲しい」
前に出たアルセイスが、跪いているオレの前に自分も片膝を突いてこちらを見上げてきた。
その瞳があんまり真剣だから、やっぱりオレは黙って頷くしかない。
これだ。このパターンだ。
本当はここに来るまでに解いておくべきだった誤解を、引張り続けた最大の理由。
最初の頃みたいに問答無用で怒りをぶつけてくるなら、オレも苛立ち紛れに「誰が勇者だよ、勘違いすんな」とか言えるんだけど、何かこうやってお前だけが頼りだみたいな感じで下手に出られると、ほら……。何とも言い難い困惑と言うか、気軽にその希望を切り捨てて良いのか、みたいな躊躇がある。
だって……少なくとも、ぱんつ穿かせたのと女の子にしちゃったのはオレの責任なワケで。
かつ、今現在のオレにはその状況を何とか改善する道筋……とまでは言えないけど、方法らしきものが見えてるワケで。
ぶっちゃければ、このまま「勇者さま、お願い!」って言われてる内になんとなく解決して贖罪が出来ないかな、とかそんな……甘いことを考えている。自分でも甘いと分かってても、基本的にオレは事なかれ主義なので、方便でも何でもうまく収まるならそのほうが良いって思ってしまうのだった。「オレは勇者じゃないけど、多分何とかなると思うんで任せてください」って言うよりは「勇者なんで任せてください」って言う方が分かりやすいし信用されやすいよな、みたいな計算が頭を離れない。
いや、でもやっぱ言っておいた方が……?
「えっと……あのさ、アル――」
「――王よ、俺に考えがあるのですが」
こわごわ話しかけた言葉は、アル自身の声で遮られた。
跪いたまま振り返ったアルの視線を受けて、アルフヘイム王が促す。
「何だ、アルセイス?」
「下着が解放されてしまった今、再び封印を行うには、勇者の記憶を取り戻すことが必要です」
「確かに」
「そのためには、記憶を戻すきっかけになるようなものを――例えば、我が祖先レスティキ・ファから代々伝わる書など見せてみてはどうかと思うのです」
「そうだな。よろしい、それは許可しよう」
「ありがとうございます」
「ところで、先の話によると、お前は彼が力を解放した下着を既に身に着けているということだが」
「……はい」
そこはかとなく頬を赤らめている表情は、可愛……いや、そこはどうでも良いんだけど。
「伝承の通りであれば、下着を身に着ける者は、解法された色欲の大いなる力を扱えるという。お前はどうだ?」
「……正直に申し上げれば、この姿になってから身体が軽く、以前より攻撃は重いように感じます。それに……下着を纏っている間は、この身体でも【聖光翼刃斬】を使うことが出来ました」
「何と!」
身体が軽いとか攻撃が重いなんて話は今初めて聞いた。
ぱんつ穿くだけで、そんな力があるのか。
「……と、なれば、記憶を取り戻すよりも先に、再来した勇者には下着を大量に作ってもらい、それを穿くことで我らの能力の底上げを図り、魔族への対策とするべきではないか? 何なら私が率先して穿いても良いぞ」
「え?」
「げ……」
待て。何か変な話になってる。
や、それって王様のぱんつ始めとするこのアルフヘイム中のエルフのぱんつ作れってこと?
うーん、複製出来るから、そんなに難しくはない……のか? いや、枚数だって1日かけてもそんなに複製出来るわけじゃないよな。しかも男物? オレ、何日かけて男のぱんつ作らなきゃいけないんだ。
「無理」とは咄嗟に言い出せず、黙って口をぱくぱくさせていると、オレより先にアルセイスが自分の父親を止めた。
「お待ちください」
「どうした」
「実際に身に着けているからこそ申し上げますが、今の時点でこの下着や勇者が再来したことを皆に広めるのは時期尚早かと思います」
「どういうことだ」
アルセイスがきっと顔を上げる。
「1つには、我々以外はまだ誰も下着が解放されたことを知りません。魔王の侵攻が続く中、民草に無用な不安を広めるのは、得策とは言えません」
「確かにな」
「もう1つは……」
と、そこでアルセイスはちらりとこちらを見た。
言うか言わぬかしばし迷ってから、王の顔を見ないままぽつりとつぶやいた。
「……もう1つは、その……とても気持ちが悪いのです」
「ん? 何だと?」
「あの……それが、この下着、ぱんつというものらしいのですが、その……とにかく穿き心地が悪くて。解放されるまでは何をどうしても脱げなかったのですが……解放されてからは脱ぎ着も出来るようになり、更に少し動くとずれるし糸が切れるし落ちるしであの……全く落ち着かないのです」
「……そう、なのか?」
未だに黒いアンダーウェアを纏っているために、感触がよく分からない王が得心のいかない表情を浮かべた。
確かに、宮殿まで戻る間、アルは何度も服の上からあの縫い目のヤバいぱんつを引き上げてた。そうか、解放されたことで、ぱんつは脱ぎ着出来るようになり――なったからこそ、ずり落ちるようになったのか。
となると、多分、黒いアンダーウェアも脱ぎ着が出来るようになってるんだろう。今までにないことだから、まだ人々は誰も気付いていないだけで。
「あの、なので……その方法を取るなら、まずは勇者のぱんつ製作の腕をもっと磨き、ある程度、勇者の力量に民が信頼をおけるようになってからの方が良いかと……でないと、戦いどころではありません、これ」
指先でぱんつをずりあげる元王子の言葉に、王もまた同情の滲む表情で頷いたのだった。




