interlude 待ちわびた伝説の到来
幕間。アルセイス編です。
ずっと待っていた。
待っていた、はずだった。
幼い頃から何度も言い聞かされていた。
お前は、勇者の伴侶になるのだ、と。
蓋を開けてみれば――その勇者が、コレだ。
俺は、頼りない足つきで隣を歩く人族の少年を、ちらりと盗み見た。
黒い髪に黒い瞳、中肉中背、典型的な人族の姿。昨夜から続いていた追いかけっこと先程の魔族との戦闘であちこち汚れ擦り傷を負ってはいるが、肌は綺麗で手先も荒れていない。人族の庶民とは思えない姿ではあった。
惜しむらくは、その目に力がないことか。
魔王が封印されし時より、千年。
祖レスティキ・ファの遺した予言によると、千年の後、勇者が転生するという。森に立ち寄った勇者は、レスティキ・ファの末裔たる我らアルフヘイムの王族の中から、その伴侶を選ぶのだと。
もしも俺達の代に勇者が来るなら、多分、俺だろうとは言われていた。
次期王としての立場は、兄弟の中で最も強い魔力によるものだ。王家に伝わるレスティキ・ファの肖像画に一番似通っているのも俺だし、聖槍リガルレイアの力を誰より引き出せるのも俺だった。
もちろん最終的には選ぶのは勇者だ。周囲の煽りは半信半疑ながらも……期待していたのは否めない。いつか強く賢く麗しい女神のような女が――勇者がやってきて、俺に手を差し伸べる。
……今思えば恥ずかしい。少年の日の妄想じみた淡い希望だ。笑うしかない。
だが、そういうものが――ぎりぎり実現の可能性があるような突飛な想像が、同年代の子ども達に比べて割にハードだった俺の少年時代を支えていたのも事実だった。ああ、もう……笑うなら笑え。
自分に呆れてため息をついた途端、太ももの間の端切れの塊が気になってきた。
もじもじと足をこすり合わせる俺の動作に何を悟ったか、隣の少年がびくりと肩を揺らす。
「あ、あの……アル、はさ」
「何だ」
口を開くと、まだ慣れない高い声が、己の喉から滑り出た。
反射的に舌打ちする。これが勇猛果敢で鳴らされたアルフヘイムの王子の声か? 信じ難い。
俺の舌打ちをどうとったものか、少年は困った顔をして口を閉じてしまった。困ってるのは俺だ、別にお前に怒ってる訳じゃない。
苦労してため息を喉の奥に押し込め、頬を緩めて見せた。
「気にせずに言え、お前は勇者なんだろ」
勇者、勇者。そうだ、これが――こいつが勇者だ。
先程姿を現した淫魔シトー。そんな名前は伝説上でしか聞いたことがない。そんな上位魔族があれだけ気にかける存在というところからも、彼が勇者で間違いないだろう。
勇者に対するなら、俺もそれなりの態度を見せねば。
頭の中で繰り返し自分に言い聞かせる。
俺がこんな――女の姿になってるのもこいつのせい……もとい、こいつのため。
着心地の悪い変な布を身に着けなければいけなくなってるのもこいつ……の、ため。ため!
確かに伴侶に選ばれるとは聞いていたが、まさか自分の性別まで変えられてしまうとは思っても見なかったが……いや、やめよう。言っても仕方ない。
待たれているんだ、勇者の再来は。
俺だって待ってた。それは事実だ。
勇者なんだ、この男――と呼ぶにはまだ少し頼りない少年が。
俺は彼を支え、力づけ、そして勇者として大成するのを見守らねばならない。多分、俺が。……これを。
黙りこくってしまった少年に再び視線を向ける。
「……お前が訊かないなら、俺から訊くけど」
「お、おう」
「お前、どこに住んでた人族なんだ? 一口にラインライア王国と言っても広いだろう。それに、ここに来た目的は、聖槍リガルレイアと、俺、を……」
俺を伴侶にしに来たのか、とは何となく聞きづらかった。何か別の言葉を探そうとしている内に、少年の方が先に答えを口にする。
「いや、それがオレも全く今の状況を分かってないんだ。オレ、これから何すれば良いんだろ……?」
「は?」
「いや、まずあんたのぱんつ作らなきゃとは思ってるけど、それはオレがしたいからするんであって……何て言うのかな、宿命とかクエスト的に何をすべきとかはよく分かってなくて」
「何だそれは」
「その……ここには斎藤さん――淫魔シトーに無理やり連れて来られたようなもので、古の淫欲を解放するとかいうのもよく分からないし、そもそもオレ、自分にどんなことが出来るのかも正直、よく……」
「おま……本気か?」
さすがにこの答えは予想していなかった。思わず足を止め、こめかみに指をあてる。
待て。俺は千年前の悲願とやらを勇者と共に叶えなきゃいけないんじゃなかったのか。何をどうすれば良いんだ、これは。
「お前、千年前の記憶とかあるんじゃないのか」
「いや、うーん……ゼロではないけど、ゲーム分の知識しか知らないし、あの様子だと斎藤さんは本当の話だけでゲーム作ったワケじゃなさそうなんだよな」
「げえむの知識?」
「あ、ごめん。淫魔シトーから伝え聞いた、くらいに解釈して」
「つまり、お前自身の記憶はないってことか?」
「そういうことになる……かな」
「なるほど」
つまり、「勇者のサポート」という仕事は、この時点で既に始まっているらしい。
想定外のケースだが、やりがいがある、とも言える。
魔王の復活を阻止するためには何をすべきか、考えて勇者を育てるのも伴侶の仕事らしい。
納得して頷くと、きょとんとした目で見つめ返された。
「何だ?」
「いや、あんたこそ……オレのこと怪しまないのか? 信じちゃって良いのか?」
「だってお前が勇者なんだろ。お前がそう言うなら俺は信じる」
思った通りを答えたつもりだが、少年――レイヤは顔を歪めた。それがまるで今にも泣き出しそうな、ひどく痛々しい表情に見えた。思わず近づいて覗き込もうとすると、びっくりした顔で一歩引かれる。
「近いよ! いきなり何すんだ!?」
「何って……どこか痛いのかと思ったんだが、その様子なら大丈夫みたいだな」
「泣くワケないだろ……」
「平気なら良い。じゃ、行くか」
再び歩き始めた俺の後を、慌てた様子でレイヤがついてくる。
「い、行くってどこへ!?」
「アルフヘイム王の元へ。さっきのクラーケンの説明もしなければいけないし、何より……お前について報告しないと」
「オレ……?」
「ああ。これからお前には、俺の身体と解放した下着を戻す方法を考えてもらわなきゃならない。どうするにしても、まずは父に――王に相談してこの先の協力を取り付けよう。そうすれば俺も動きやすくなる」
言いながらも、薄々分かっていた。俺の身体も下着も、元に戻ることなんて多分ない。
封印は解かれた。勇者は来たのだ、伝承の通りに。
そしてきっと、その伴侶となるのは俺だ。
次期王位継承者の地位と天秤にかけることすら許されない――アルフヘイムの王位は直系の男子にのみ継承権があるのだ。今の俺を、父は王子とは認めないだろう。
王になった暁、やってみたいことがなかった訳じゃない。しかし、失ったものを数えるような趣味は持ち合わせていない。
選択肢なんて、いつだってあってないようなものだ。生まれたときからずっと、己の望みは民の望み、幸福は民の幸福だ。そう生きよと教えられてきたし、そう生きてきたつもりだった。
だから、勇者が――レイヤがそれをもたらしてくれるならば、それに殉ずるのはある意味では何も変わらないのかもしれない。
隣のレイヤからは、提案に対する返事はなかった。
だから、俺はそれを肯定と取って、そのまま王の元へと向かったのだった。穿き心地の悪い何かを股に挟んで歩くのももう良い加減、我慢の限界が近づいているところでもあったし。
――本当は、ここできちんと問い質しておくべきだった。
そうすれば――いや、そうしたところで、何が変わった訳でもないにしても。




